第1部 第1話 §2  その名はドライ その2

 街はもう直ぐ其処だ。盗賊達も単独ではその警備範囲にまで近づくことはない。再び徒党を組み、襲ってくるまでには、今しばらくの時間がある。

 彼等はリスクを冒してまで、女一人を追いかけることはしない。十分時間は作った。


 ローズは、女性を残したまま森の中を駆け行く。

 その方向は、先ほどの盗賊達が向かって来たと思われた方角だった。


 暫く行くと、途中壊れて扉の開いた四人乗りの馬車キャリッジがあり、その周囲には、数体の死体が転がっているのだった。彼女の証言と一致する。


 ローズはその位置から、足音を潜めて歩き出す。もしかしたら、まだドライ=サヴァラスティアが、近くにいるかも知れないという期待の元での行動であったが、逆に襲われるかもしれないという警戒感もあった。一瞬気を緩めたのは少し迂闊だったと思い、もう一度気を引き締めにかかる。


 ローズは夜襲を得意としていたため、暗がりには慣れていた。松明などが無くとも、周りを見ることが出来るほど、夜目が利くのである。


 しかし、やはり周囲が暗い。後方、左右を警戒して歩いていると、足下がおろそかになり、何かを踏んでしまう。

 ドライという言葉に、ローズは周囲の観察をする集中力をすっかり欠いてしまっている。心が落ち着いていない。


 一瞬ドキリとして、心臓が飛び跳ねてしまいそうになる。

 それでも、どうにか心を落ち着かせ、自分の足下を確認するのだった。


 感触からして固くて太い丸太のようなものだとも思ったが、感触が歪だ。

 暗がりの中、その陰影を確かめるが、どうやら丸太でも木の枝でもない。


 「なに?これ、足……?誰のかしら……」


 軽く足で転がしてみる。脚の形状をしているが、明らかに堅い。


 「いや、義足だわ」


 気にはなったものの、辺りの警戒を解いている暇がなく、更に周囲の探索を進める。夜目が利く彼女とはいえ、盗賊団とドライを同時に対処することは難しい。まずどちらかの位置を把握しなくてはいけない。


 その時何かを焼いている臭いがする。風に乗って臭いが漂ってきたのだ。色々な臭いが混ざっており、渾然一体となっている。


 それでも近づくにつれ肉の焼ける香ばしい香りがよりハッキリと漂ってくるのが解る。

 どうやら誰かがキャンプを張っているようだ。更に詳しく状況を把握するために、息を潜めそちらへ近づいてみるのだった。


 もう少し足音を潜めたまま森の中を歩く。すると熱源を感じる明かりが、暗い森の木々の隙間からローズの方へと届き始める。ゆっくりと茂みに身を潜めながら、灯りの方角を覗き込む。


 くべられた薪に火が灯り、その周囲に置かれた石や丸太に腰を掛け、盗賊共が座談していた。焚き火には串刺しになった肉類が掲げられており、彼らは食事をしている最中のようだ。焚き火に直接当たることが出来ず、その周囲に取り巻いている者も沢山おり、其処には序列があるように思われる。


 一人、周りの盗賊達と違い、強奪したであろう立派な装飾品を体中に纏っている男が居る。恐らく其れが彼らのリーダーであろう。


 彼らは団を成しているようだ。人数が多いためか緊張感もなく、大きな声で、無警戒に話をしている。


「それにしても、あのドライを殺れるとはなぁ……」


 リーダーの前で一人の男が得意げに、其れを口にした。


「しかし、誰か死体を確認したのか?」


 当然伝説的な男の噂を知っている彼らは、一様にそれを盲信するだけではなく、慎重な意見を持ち出す者もいる。もし殺し損ねていたときの事を想像するだけで、震え上がる思いだ。今にもドライが出てくるのではないだろうかと、彼は恐る恐る周囲を警戒する様子を見せる。


「いいや、だが彼奴、矢が三本も胸に打ち込まれたんだぜ、それで生きている奴がいるかよ」


 もう一人は、安易且つ希望観測的に、常識的な判断をする。ヘラヘラとしながら、目の前の食事を貪るのだった。


 話の内容から、どうやら彼等は、本当にドライと接触したようだ。しかも手傷を負わせているらしい。死んだと思っているようだが、死体は確認してはいない。


 兎に角、死体でも良いから彼を確認しておきたい。ローズはの心は、真偽の狭間で、焦りと動揺で揺らぐ。


 だがもう一つ彼女は考えた。この盗賊団を、このまま放っておく手はない、と。賞金首となる盗賊が集まっているのだ。


 ドライが生きていると仮定し、彼との対決の最中、余計な邪魔が入られては困る。


 そして彼女は、一撃で片を付けることを考えた。今なら敵が無警戒であり動く気配も見られない、それに自分の存在も気づかれていない。全滅を狙うには絶好のタイミングだ。彼等を仕留める準備のため、暫く両の掌にエネルギーを集中させる。そして、両手を天に突き出し、呪文を唱える。


「サウザンド・レイ!」


 すると、エネルギーは光弾となって、盗賊達の上空に飛び上がった。そして、彼女が両手を大地に振り下ろすと、光弾は、幾千もの赤く光る豪雨となって、次々に盗賊共を襲う。無警戒だった彼等は、上空の深紅に降り注ぐ光の雨に気がついた時には、息も着くこともできず、それを躱すことも出来ず、貫かれ、ただ血の海にその身を沈めた。


 光の雨が降り終わると、ローズは木陰から身を乗り出し、盗賊共の死を確認する。これで追うべき獲物はドライだけとなる。


 もし、噂通りのドライなら、この騒動に姿を現す可能性がある。恐らく彼の目的も盗賊狩りのはずであり、商売敵がいるとすれば、必ず接触を図り、その手並みを知ろうとするはずだからだ。


 だが、盗賊狩りの勝負に関してはローズに軍配が上がったことになる。


「これだけの人数を証明するのはホネね、めぼしい奴のだけにするか」


 そして、賞金稼ぎとしての仕事を忘れる事はない。


 一つの死体が、彼女の目に留まる。そのあからさまにボスだと言わんばかりの貴金属と装飾品を身につけている死体は、権力、武力を主張するかのように、年代物の厳つい青龍刀を握りしめていた。彼がこの一段の首領で間違い無いようだ。


 だがローズは美術品には目もくれず、ボスの首をすんなりと刈り取ってしまう。


 少し、その場で待機しているが、ドライらしい気配を感じる事も無い。どうやら彼は来ないらしい。であるならば、今から接触を図るのは、難しいだろう。


「ふぅ、ドライは見つからなかったけど、お金は出来たわね、こんな間抜けな奴等に、伝説の男が殺られるわけないか……」


 盗賊共の話しはデマだったのか、真実だったのか……。死体であるなら、確認は日中のほうがいい。

 追い求めるべき獲物ではあるが、執着をしすぎると、自らの足下を掬われる結果になりかねない。気持ちや判断の切り替えは、この職行には必要な事だ。


 出来れば、ドライは自分の手で仕留めたい。複雑な気持ちで彼の生を願った。何より一度目を離した獲物を深追いすると、碌な事はない。


 次の情報を待つ方が、奔走させられるよりも、よほど効率的な方法だろう。その間は、街にでも滞在して、休息の時とするのも、一興だ。


 ローズは、元来た道を歩く。こちらを観察するような視線は感じられない。

 それから松明を一本失敬する事にする。やはり暗いより少しでも明るい方がよいと思ったのだ。先ほど通りすがりに見た馬車キャリッジの位置まで来る。


「あれ?確かさっきは……」


 通りすがりに見ただけなので、詳しい情景が頭にあったわけではないのだが、開いていたと思われる筈の馬車キャリッジの扉が、閉まっていたのだ。


 抑も脱兎の如く逃げる間際に、誰が丁寧に馬車キャリッジの扉など閉めて行くのか。物色した盗賊達が、丁寧に馬車キャリッジの扉を閉めたのか?そんなはずがない。何かのために閉められたと考える方が自然だ。


 感覚的に周囲の状況を把握する彼らにとって、やはり不自然な配列、在り方というのは、心の騒めきとなって、足の向く方向を決めるのだ。


 この時はどうしても立ち去ろうとすると、足が前に動かなくなった。賞金稼ぎとしてのローズの勘がそうさせたのだ。

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