第30話 文化祭の窓辺
季節はあっと言う間に流れ、いよいよ文化祭。
いや、もう一学期の行事がテストしかないの、ホントに何とかして欲しい。勉強するか小説書くかの二択で眼精疲労と肩こりが酷かった。
ちなみにテスト前は静城先輩が受験を控えていることもあって部活はお休みだ。
二回ほど、『ルポワール』で勉強しようと思って美華とかち合ったけども。
ああ見えて美華は成績が良い。
見た目はギャルだけど、根が真面目でマメな性格をしているので、予習や復習もけっこうしっかりやってるんだろうな。
静城先輩と遼太郎も成績は優秀なので、文芸部で一番できないのは、俺か吉田さんということになる。俺は理系教科がからっきしで、吉田さんは数学と英語が壊滅的なんだそうだ。
閑話休題。
文化祭が始まり、一般客が入場してきたけれど、俺と遼太郎は暇なのでブースに座ってぼけっとしていた。
何しろ俺たちの店が開くのは文化祭開始から一時間後なのだ。
理由は単純。
「あー、着付けって難しい」
「これは飽くまでも和服っぽい、ってだけなので本当の和服はもっと大変ですよ?」
着付けというか衣装監修というか、亜香里がいないと着替えられなかったからだ。すでに色んな店が開店しており、中庭ではたこ焼きや焼きそばと言った調理系の出店から良い匂いが漂っていた。
「で、何か感想は?」
更衣室で着替えてきた美華、静城先輩、吉田さんがニヨニヨしながらくるっと一回転。どこから引っ張ってきたのか、見物客らしき生徒やら一般客から歓声があがる。
ちなみに美華はピンクの矢羽根柄に、ホワイトブリムからはねこ耳の衣装。
静城先輩はあずき色の七宝柄に、ホワイトブリムからはうさ耳の衣装。
吉田さんは辛子色の組亀甲柄に、ホワイトブリムからはリス耳の衣装。
正直リス耳は言われないと何の耳だかまでは不明だったけれど、可愛いことには間違いなかった。
看板娘というには豪華な三人が、声を揃えて客引きを始める。
「「「それでは、文芸部のブース『文化祭の窓辺』、開店しまーす!」」」
可愛らしい三名の店員さんのおかげで、とんでもない勢いで売れ始めた。俺と遼太郎は、あくせくと裏方作業である。
***
部誌の印刷数は、結局40部となった。
印刷やら入稿に関するトラブルも特になく、支払いもきちんと出来た。
静城先輩が、趣味でイラストを書いている友達に挿絵を頼んでいたのはちょっとズルいと思ったけれど、表紙も綺麗なイラストをつけてもらえたので良しとした。あと吉田さんはイラストを自分でつけていた。イラスト描けるってすげぇな。
〆切りギリギリまで悩んでいたのは美華と吉田さん。美華は〆切りまでにせっせと書きまくっていたのでどれを掲載するかで悩み、吉田さんは今まで読み専だったので執筆そのものに苦しんでいた。
そのうち五部は俺たち自身が購入し、『ルポワール』の店主さん用に一部、そして部室で保管するように一部、残りは販売という形だったんだけれど、思った以上に売れ行きが良かった。
本当ならばそこまで売れるようなものじゃないはずなんだけども、美華たちのコスプレ衣装を見に来て、飲み物やらアイスを買うがてら買っていてくれる人がそれなりにいたのである。
もちろんアイスやジュースの方が売れ行きとしてはずっと上だけれど、二日目の午前中に全部掃けてしまったのは嬉しい誤算であった。最終的には相当悩んだものの、欲しいと言ってくれるお客さんのために俺の分も販売した。
読んでくれる人がいてこその小説だし、部室の保管用を読めば内容的には把握できるからな。
その後、アイスやジュースだけ追加購入することも検討されたものの、儲けを出すことが目的ではないので結局はやめになった。
今更追加しても、部誌の値段に還元できないなら意味がないと結論づけたのだ。
そんなわけで、予定外に暇になってしまった俺たちは三々五々、好きなように過ごすことにしたのである。
それぞれが学級での出し物やら出店をサポートしたり、友達のやっている店を覗きに行ったりと動き回っているはずである。
俺はと言えば、完売の貼り紙をして扉を閉めたブースの中で、一人まったりと読書を楽しんでいた。
学級の方は昨日のうちにシフトを終えていたし、友達なんていない。
もう一度言うが、友達なんて、いない。
なので暇なのだ。
わいわいと熱を感じる喧騒をBGMに、今まで積読していた本を読んでいく。最近は読む時間があまり取れていなかったこともあって、久々の読書は非常に楽しい。
「あれ? ここは、文芸部のブースじゃないんですか?」
不意に、やや渋みのある男声がした。
顔を上げると、ベージュのチノパンに紺色のポロシャツを合わせた40絡みの男性がいた。スッキリした印象で、きっと誰かの保護者だろうな。イケオジというか、若い頃はさぞモテたであろう整った顔立ちをしている。
「はははっ、はい。でっ、でも、完売っ、しししちゃっ、まし、た」
「それは残念です。君は部員ですか?」
マジか。
目的は達したはずだろうし、今ので会話終了にならんのか。
そう思いながらも無視できないので肯定すると、ニカッと笑みを浮かべた。
「いつも春日部美華がお世話になっています。美華の父です」
「なな、なんでも券、のっ!?」
「おお? 美華から聞いているんだね。そうだよ、去年まではずっとくれてたんだけどねぇ」
思わず口走れば、何故かパパさんは寂しそうに微笑んだ。
……およ?
去年まで?
今年も強請られたって言ってなかったっけ?
「昔はパパと結婚するって言ってくれてたんだけど」
話が見えない。
何かがずれている気がする。
「ええ、と、あの、こ、今年っ、は?」
「ああ。今年は貰えなかったんだよ」
何でも、あの券をあげるのは大切な人ひとり限定なんだとか。
二人以上にあげて、万が一にでもお願いごとがブッキングしたら困る、というのが理由だとか何だとか。どっちを優先するとかそういうのができない、という理由がなんとも美華らしい。
それから、パパさんは聞いてもいないのに美華の昔話をすごい勢いで語り出した。いや、楽しかったけれど、『ええ』とか『はい』くらいしか相槌を打てないくらいの勢いで、正直ビビった。
「いやぁ、話し込んじゃってごめんね! それじゃ、頑張ってね!」
颯爽と去っていったけれど、俺も面白かったので良かったことにする。
なんとなく読書の気分ではなくなったので、スマホを取り出してポチポチいじる。
『コラーゲンはこらげからとれるの?』
一言送っただけなのに、速攻で着信が来た。
『もしもし中村!? パパ来てるの!?』
「ももも、もう、帰っ、た、ぞ?」
『あー最悪! 余計な事聞いてないでしょうね!?』
「だだだ、ダンゴ、ムシの、はなっし、と、か?」
電話越しに絶叫があがった。
う、うるせぇ……!
『忘れなさい! 全部忘れなさい! 他には何を聞いたの!?』
「さ、さて、なな何で、しょっ、か」
はぐらかすと、通話が切れた。
どうしたものかと思案している最中、バシンとブースの扉が開かれる。
走ってきたのか、和装のままで息を切らした美華が立っている。
「な・か・む・ら!」
つかつかと詰め寄ってきて、
「忘れなさい! いますぐ! 忘れるの! 良いわね!?」
なんかゴリ押しされた。
本当は竹馬ホームラン事件とか砂場水泳とか面白エピソードはまだまだたくさん聞いていたんだけれど、美華の剣幕に押されて思わずうなずいてしまった。
「あの男……ホント最悪! ママに言いつけてやる!」
美華は唇を尖らせて愚痴ると、気を取り直したように俺へと向きなおった。
「ね、中村さ。自分の分の部誌、売っちゃったでしょ?」
「おおお、おう」
「これ。昨日の夜、頑張って全部読んできたから、売ってあげる」
「いいい、いい、のか?」
「うん」
……普通に原価取られた。
まぁでも、思い出の品になるであろうものを普通に売ってくれたのはありがたい。俺はあとで部室の一冊を写メに収めようと思っていたくらいである。
ぱらりと開くと、中に文章以外のものが見えた。
吉田さんはイラストも描くのでそれかとも思ったけれど、カラーっぽいそれが入ってるのをみて、もう一度チェック。
美華お手製の、『なんでも券』であった。
俺がそれをまじまじと眺めていることに気付いたのか、美華は頬を染めながらそっぽを向く。
「と、特典SSよ。限定販売だから」
「そ、そ、そりゃ、あああり、がったい。額っ、ブ、ち」
軽口を叩きながらも、頭の中である妄想が生まれた。
――生まれてしまった。
陰キャで根暗なお前なんぞが、と俺を止める理性。
バカもう間違いないだろ普通に考えてそれしかありえないだろ、と俺を煽る感情。
二つが俺の中でせめぎあった。
恥をかきたくないのでその妄想を振り払おうとするけれど、こんなときに限って静城先輩に言われた謎のアドバイスが脳裏をよぎる。
『チャンスを見つけたら、迷わず飛び付くべし』
陰キャで根暗でぼっち。おまけに吃音の俺にとって、これはチャンスじゃないだろうか。それも、人生で最大、唯一の。
俺の中の理性と感情がせめぎあう。
「み、みか」
「何?」
「おおお、おれっと! つ、つつ、つき、あって、く、っだ、さいっ!」
声が裏返る。
つっかえる。
恥ずかしい。
一瞬で火傷したかと錯覚するほどに顔が熱くなる。
「券、使うの?」
「つ、つつ、使っ、う!」
「そっか。券を使うのね。それじゃあ――」
美華は、頬を染めながらにっこり笑った。
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