第28話 サトレ


「それで、恋愛相談って……?」


 吉田さんは一言そう訊ねられただけで頬に朱が差していた。


 随分と惚れこんだ相手がいるらしく、もじもじとした後に、


「す、好きな人ができて、ですね……まず、彼の好きなものとか、そういう、情報収集的な……」


 ごにょごにょと呟いた。


 美華はなんともいえない顔で俺と吉田さんを交互にみる。


 そうかそうか。


 恋愛経験ゼロの美華さんはもうギブアップですか。


 ……いや俺もねぇけども、『年齢=恋人いない歴』の同志として助けてやらないわけにはいかんだろう。


「そうか。ちなみに、好きな人って?」


「ちょっと、中村!? アンタがそれを聞くの!?」


「だって、聞かないと始まらないだろ」


「それはそうだけど……」


 驚異的なものを見る目を向けられたけれど、吉田さんが好きな人とやらの情報収集をしたいと言う以上は、誰のことなのかを教えて貰わないと話にならない。


 俺が吉田さんに視線を向けると、彼女は耳まで真っ赤にしながらも、ぽそりと呟いた。


「りょ、遼太郎くん、です……!」


 なるほど。


 イケメン、マッチョ、高身長。


 短い付き合いだが、わりと小ざっぱりした性格だし、遼太郎を好きになるのもうなずけるというものである。


 というか落ち着いて考えたら遼太郎以外の誰に惚れる要素があろうか。


 百合百合しい感じであれば美華とか静城先輩も対象にはなるだろうけど、同性だとまだまだ偏見もあるからこんな簡単に相談なんてできないだろうしなぁ。


「……遼太郎君?」


「……はい」


 美華は何に驚いているのか、キツネに摘ままれたような面持ちで確認を取っていた。


 止めろ美華、そういうことをすると恋愛経験がないのがバレるぞ!


 俺の心配をよそに、何故だか美華は喜色満面となった。花でも咲いたかと錯覚するほどの笑みを浮かべた彼女は、真っ赤になった吉田さんに視線を向け、ニヤニヤし始めた。


「そっかそっか。遼太郎君のどこが好きなの?」


「いえ、あの、えっと」


「ほら、良いから良いから。ここまで言っちゃったんだし、もう隠す意味ないでしょ」


「その、えっと、あの」


「私も、多分無力だろうけど中村も協力してあげるから」


「おい」


「え? 何か役に立つアドバイスできんの?」


「……なんでもない」


 急に上機嫌になった美華はあの手この手で吉田さんから情報を搾り取った。


 女子ってのは恋愛相談が好きらしく、散々口ごもっていた吉田さんも観念していかに遼太郎がかっこいいのかを語っていた。


 高身長で自分に覆いかぶさるほどの大きな影ができるのがツボだとか。


 すごくキリッとしてるのに話している内容がべたっべたのホラーものなギャップが可愛いとか。


 口の中に砂糖をぶち込まれたような気持ちになるけれど、言えることもないので静かにしているのみだ。


 せいぜいが、遼太郎の好み――といっても飲み物とか読み物に関して――をリークするくらいしか手伝ってあげられない。


 俺の見立てでは美華も同レベルのはずだが、やはり女子でギャルなだけあって知識は多いらしい。あーでもないこーでもないと、好き勝手な意見を述べていた。


 いや、別に良いんだけどさ。


 まぁでも聞きかじっただけの知識でアドバイスとかを繰り返してると、そのうちバレるんじゃないだろうか。


「とにかく、まずは遥先輩よ! 将を射るにはまず馬を射殺して首晒せって奴ね」


「首晒してる間に将は逃げるだろそれ」


 物騒度合いがマシマシになってるけども、まぁそういうことらしい。こくこくと頷く吉田さんに、微笑みながら少し不満そうな視線を向ける。


「そもそも、なんで中村に相談しようとしたの? どう考えても経験ゼロでしょ」


「お前なぁ……」


「何? あるの? 彼女とか居たこと」


「な、ないけど……」


 そりゃお前もだろ、と言いたくなるけれど、流石に吉田さんにアレコレ言った直後にそういうことをバラされたら美華の立つ瀬がなくなるだろう。


「いえ、あの、中村先輩はすごい人ですし、男性だから遼太郎くんに一番詳しいかな、って思いまして。男性視点じゃないとわからないこともありますし」


「あー、うん。それはそうかもだけど、中村は一般的な男性じゃないから……孤高の陰キャぼっち気取ってるし」


「気取ってねぇよ。っていうかそもそもお前らがいる時点で俺はぼっちじゃねぇ!」


 俺の言葉に、美華は何故か微笑んで頷いた。


 すっげぇ納得いかねぇ……!


「うんうん。そうね。そろそろぼっちは卒業してただの陰キャ気取りよね。右目か右腕に邪神が封印されてる系の」


「ええ? 鴇田先生はもっと捻りますよ。こないだの短編だって脊髄に封印されてましたし」


「いや、あれはコズミックサイコホラーコメディだから……まぁ全然読まれなかったけど」


 ちょっと狙いがブレブレになったせいで評価で貰える☆彡ホシも五段階の2か3あたりが多かったしあんまりPVが伸びなかったけれども。


 そもそも題名の「邪神ちゃんが脊髄チュルッ☆彡と復活を目論むものの宿主の腹黒ショタ王太子と姉のヤンデレ令嬢に東京タワーで討伐されるまで」がカテゴリーエラー過ぎた感があるんだよな。


 もっと厨二感全開で行かないと俺のことを定期的にチェックしてくれてる人たちには刺さらないだろうな。何しろデビュー作から今回までほとんどが厨二病だから。


 今度、『読者が作者に、どんな作品を求めているか』なんて話でもするか、と美華に視線を向けると、そこにはむぅ、とむくれた感じのギャルがいた。


「へー、そうですかー。850ポイント貰っておいて『全然』ですか。書籍化作家様は言うことが違いますねぇ」


「ぐっ……そりゃ、それまでの活動があるんだから違いはでるだろうよ」


「そーですねー。書籍化してコミカライズする先生さまと私じゃ全然違いますよねぇ」


「そうじゃねぇよ。まぁ、今度話するから」


 あまり納得がいっていない感じだったけれど、吉田さんが相談にきた手前、創作の話ばかりするのもどうかと思うので無理矢理話を変えた。


 正直、遼太郎と知り合ってからそれほど時間が経っているわけでもないのでそれほど言えることはないのだけれど。


 結局、あまり上手なアドバイスはできなかったけれども吉田さんは良い笑顔になったので良しとしよう。


 夕方になり、解散してから美華に内緒でメッセージを送りつける。


なかむら:美華さ、経験ないのによくあんだけアドバイスできたな


♡美華♡:? 何の話?


なかむら:吉田さんの恋愛相談。なんかすごいアタフタしてたし、経験ゼロなのが見てて分かった


なかむら:というか俺たちに相談する恋愛って時点で相手は遼太郎しかおらんでしょうに


 何故か美華からはジト目で溜息を吐くフクロウのスタンプが送られてきた。


なかむら:えっ、何その反応


♡美華♡:別にー


♡美華♡:ホッとしたりムカついたり、いろんな感情がごちゃ混ぜになってだけですー


なかむら:なにその微妙な心境……何があったん?


♡美華♡:なんでもないです


 ぽつんと送られてきた反応に、何となく不機嫌そうな気配を感じる。


 いやまぁそりゃそうか。


 全日本ギャル選手権上位に入れそうな美華が、まさかの恋愛ド素人だってのがバレてしまったわけだから気持ちもわかるけど。


なかむら:恋愛経験ないとか言ってごめん


なかむら:俺もないから安心して


なかむら:あとだれにも言わないから許して


♡美華♡:なんだろう


♡美華♡:ムカつくとか呆れるとか通り越して


♡美華♡:ことばにできない複雑な心境


なかむら:それをことばにするのが作家なのよなぁ


♡美華♡:頑張れプロ作家


 美華が風呂に入ると宣言をしたところでやりとりが途切れる。


 特に理由もなくもやもやしたけれど、特にできることもないのでパソコンへと向かった。


 さて、書くか。


 ちなみに、後日、遥先輩に遼太郎を攻略する方法を訊ねたところ、あっさりと吉田さんのことだとバレた。どうやら普段の態度から遼太郎に思いを寄せているのでは、と推測していたらしい。


『んー……幽霊になったりとか、できる? 怨念多めの』


 とのことでした。


 無理すぎるだろう!?


 前途多難な吉田さんの恋がうまくいくことを、心の中で密かに祈っておいた。

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