第4話 魔王は怪しむ

  ユイシス・アンヘル・シラン。


 この鬱陶うっとうしいダンジョン暮らしで思いがけず出会えた旅人であり、僕の友と呼ぶべきこの男。いちいち言うまでもないが、行動が大変怪しいのである。


 朝陽──もっとも転生してからはダンジョン内の擬似太陽しか見ていないが、とにかく朝陽のようなのだ──を溶かし込んだような蜂蜜はちみつ色の髪。驚くべき色白の肌、初夏の青空のような瞳。体格は貧相ではないものの、ゴリゴリに鍛えられたそれでもなく、どうしてこんな地下の階層に地上の王子様然とした男が遭難してくるのかが不思議でならない。何処から入って来たんだ、お前は。


 容姿だけではない。その能力にもいくつか怪しいものがあった。細腕で聖剣の贋作がんさくと言い張る大剣を振り回し、数多の技能スキルと呼ばれる魔法とは全く異なる力を、いとも簡単に操る姿はとてもじゃないが人間のそれではない。ただの人間にはあり得ない力、耳慣れないが何らかの意味が込められた発言や突然叫ぶ必殺技の数々、そして魔法を多量に放っても飄々ひょうひょうとする余裕たっぷりのその姿──。


 この男、まさか……そんな疑惑が胸の奥で渦巻いていた。なんなら出会った当初から、結構常から怪しんでいたのだ。


 と──。


 事実、この世界において魔王が一人ではないことがある。ある時は共同領主として、ある時は力を高めあう為の競争相手として、二人目ないし三人目の魔王候補が生まれることがあると、そういった話も聞いたことがあった。

 この場合、僕が魔王なのは決まっているので、彼は魔王ということになる。そんな彼がもしも唯一無二の魔王になることを目指していたとすると、下手に口にすることで弑逆しいぎゃく沙汰になりかねない。あるいは僕が大変在位の短い魔王で、彼が次期魔王で、その育成こそが此度の転生の最大の理由であるとか、そんな話かもしれないが……。


 聞く機会は幾度とあったが、なにぶん間違えた時が怖いのである。相手が魔王であれば、力でねじ伏せれば良い分まだマシだ。拳をぶつけることで培われる友情もあるものだから。ただ、この男が見た目通りの愉快な人間なのであれば、魔王なんて畏怖の対象でしかないだろう。

「おのれ魔王……!」

といった反応も困るし、

「ひぃ、魔王なんて恐ろしいぜ……!」

なんて言われても困るのだ。

 人間にとっての魔王とは未知で、畏怖の対象で、恐怖の根源なので致し方ないところはあるのだが、友達ユイシスにそんな態度を取られたら凹みそうだ。やはり下手なことを言うのはやめておいた方がいいだろう。ユイシスとは対等な友人関係のままでいたいのだから。


 僕たちは岩を切り崩しながら、狭い道を進む。

 こういう時、ユイシスの魔法はとても役に立つ。大剣を懐中電灯に見立てて足元を照らし、先導する──その背後で僕はこっそり虫や苔を集めながら追うのだ。なぜこっそりか? そりゃあ、一度だけ袋一杯に虫を詰め込むのを見られた時があって、だなんだと騒がれたことがあるからだ。あんまり嫌がるものだから、それ以来は見えないように収集するように心掛けていていた。


 人形ひとがたの墓守は食べない習慣もまだ続いていた。僕としては別物だと割り切れば気にならないが、やはり人間は繊細だ。どうしても気になるらしい。

「あんなの、加工して食っちまえばわかんねえだろ。本当に人間食うわけでもあるまいし」

「それはそうだけどよ、マイアには倫理観とかねえの⁈」

「なぜ僕にそれを求めるんだ」

「え、求めてもいけねえの⁈」

打てば響く、つくづく愉快な男である。そういう個性や心情も慮ってやれる優しい魔王な僕は、仕方なしに人形だけは完全に闇魔法で跡形なく消すようにしてあげた。そうすれば食用にしようがない。それはそれで不評なのだが、そこまで求めるのはユイシスのわがままだろう。


 そんなこの男がまたもやアホなことを言うもんだから、ふと、魔王について聞いてみたい心持ちになったのだ。そもそもこの男が最初に提起したのだから僕に罪はない。

 もしも勇者なら──ユイシスは単に戯れに口にしただけであろうが、これを利用して正体を探るのも良いだろう。

 そういうことなので、さり気なく(あくまで僕基準でさり気なく)話を切り出すことにした。

「なあ、もしもの話だけどさ」

「なんだよ、藪から棒に」

「もしも──もしも僕が魔王だったら、お前どうする?」

「は?」

先を行くユイシスが突然止まるものだから、間違えて拾った虫を落っことしてしまった。ああ、貴重なおやつが……。ユイシスはぶつけられた虫にギョッとした後、酷く冷めた目で──そんな目ができるとは驚きなのだが──此方をめ付けた。……しまった、僕は話題を間違えたらしいと慌てて気がつく。しかしこの男、まるで仇にでも遭ったような顔をしているな……。


「なに、マイアは魔王でしたって言いたいのか?」

そう聞かれると困る。

「あー、いやいや、冗談だけどさ。さっきお前が言ってたじゃないか。もしも王様だったらってやつ」

「なんでよりによって魔王なんだ……本当なら俺の異世界救済譚が地下で完結するところだぞ」

「ん? 今なんて?」

「いや、なんでもない。まあ、お前が食い意地の張ったヤベエ奴ってのは確かだけどな」

「その評価は不服だな」

大変納得し難い。第一、料理に凝り出したのはユイシスと出会ってからで、それまではせいぜい保存食の作成くらいしかしてなかったのである。

「安心しなよ、あんたが魔王じゃねえのは知ってるよ。魔王が地中深くで料理なんて……ははは、そんな奴が王だなんて、いくらなんでも魔族に同情しちゃうだろ」

「……」

事実なのでぐうの音もでない。いやほんと、魔王復活を待ってる皆には申し訳がない。──しかしこれは僕のせいでもないのだから、恨むのであれば僕をこんな地中深くに転生させた悪神を恨むべきであろう。


 狭い岩場を抜けると、ようやく道が開けた。微かな水の香り──上の階層に近い証拠だ。ユイシスの技能スキルでも同様の結果が帰ってきたようである。……本当に羨ましい力だ、あの技能スキルと呼ばれる力は。人間なら誰しも使えるのか──ユイシスが特別なのか。羨ましくて見つめていると居心地が悪そうに背を向けた。


 背中越しに、ユイシスは酷い台詞を吐いた。

「──そういやよ、もしもお前が魔王だったら、出会い頭に叩き斬ってただろうな。ついでに魔法全部上乗せして木に縛り付けてた」

「お、お前、魔王がそんなに嫌いなのか⁈」

「だって魔王はそうするもんだろ。見つけたらたおす。見つけなくても見つけ出して斃す。奴への対応はただ一つ、先手必勝だ」

「いくらなんでも対話ひとつしないとは! 人間は対話する動物とかぬかしてなかったか⁈」

「いや、逆に考えろ! 人間を滅ぼすって言われてる魔王に心酔している人間がいたら、そっちの方が怖いじゃん!」

……こちらとしてはそちらの方がやり易いのだが、それは彼に言うことではない。

──よかった、魔王だって言わなくて!

こっそりと嘆息する。危うく友情の危機を迎えるところだった。


 しかしこの迷子ユイシス、やけに魔王退治に意欲的だったな……?

 旅は続くが、謎はますます深まるばかりである。

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