新しい日々

学校生活は唐突に


 月曜の朝。普段なら憂鬱なだけのこの時も、今日はウキウキとして陽気な気分になってくる。

 なぜなら学校に登校すれば最近お近づきになった 、明美さんとまた話を出来るかもしれないからだ。


(いや、あまりがっつくな俺。がっついてると思われたら引かれてしまう……)

 そう思ってはいても自然とニヤニヤと笑いがこみ上げてくる。


 それを食卓の向いから眺めていた雪姫が不思議そうに訪ねてくる。

「 どうしたんじゃお主そんな気色の悪い顔をして」

「え、俺そんな変な顔してたか?」

「うむ、なんと言うか妾も危機感がこみ上げてくる表情じゃったな」

「…………気をつけよう」


 せっかく出来かけた友達をそんなくだらないことで失いたくない。


 そんな話をしているうちに食事を済ませ、後片付けを済ませると、洗面台で身支度をする。

 いつもより入念に身支度をし、ついでに髪型なんかも気にしてみる。


「良し!」

 なかなかいい感じだ。

 自室に戻り制服に着替えて鞄を持つ。そして雪姫に尋ねる。


「俺は学校行ってくるけど雪姫はどうする?」

 雪姫はベッドにうつ伏せになって漫画のページをめくりながら言う。

「今日もここでまんがを読んでるのじゃ」

「また今までと同じの読んでるのか?」

「いや今は別のじゃ」

「……ちなみに何?」

「鷹を従えた男が帆船を操り仲間と共に戦う話じゃ!」

「ああ、それも面白いよね」

 操船の描写がすごいリアルで俺も手に汗握って読んでたな。


「……まあいいや、行ってくるな」

「行ってらっしゃいなのじゃ」

 部屋を出て階段を下り玄関の引戸を開ける。

 雲ひとつない晴れ渡った空が俺の事を祝福してるような気がした。


 ****


 自転車でのんびりと道を走る。


 路上には学校へ向かううちの生徒も多い。その中に俺は明美さんの後ろ姿を見つけた。

 一人で登校しているようだ。

 勇気を出して俺は話しかけてみることにする。


「おはよう明美さん」

 すると彼女はこちらを振り返り少しだけ笑みを見せる。

「おはよう孝之くん」


 話しかけたはいいものの何の話題も考えてなかった俺は、少し気まずくなって先に学校に行こうとする。

「……じゃあ俺は先に学校行ってるから。気をつけて……」

「あ、待って!」

 自転車を走らせようとする俺に明美さんがそう呼びかける。


「なんだい?」

「よかったらなんだけど、私と一緒に登校しない」

 願ってもない話だ。

「もちろん良いよ!」

 俺は自転車を降りて明美さんの隣に並ぶ。


「ふふっ、ありがとう…… そういえば今日数学の小テストあったよね、孝之君勉強してきた?」

「げっ、そうだっけ。すっかり忘れてたな」

 そんな普通の高校生ならば当たり前の会話を楽しむ。


 こんな事でも今まで友達のいなかった俺には新鮮な行為だ。

(そうだよ俺はこういうことがしたかったんだ!!)

 明美さんと会話を楽しんでいるとあっという間に学校の校門前まで着いてしまった。


 すると校門前にこの間しばき倒してやった不良五人組が屯しているではないか。 登校する生徒はそんな彼らをを遠巻きにして目を合わせることなく校門を通りすぎていく。

 彼らと目が合う。すると彼らがこちらに向かって駆けて来た。


 すわ、この間の復讐かと思い明美さんをかばって俺は身構える。

 だが彼らは俺たちの手前二メートル程まで来ると一列に並び九十の角度で頭を下げる。

「「「 おはようございます兄貴!!」」」


 周りの生徒が何事かという目でこちらを見てる。

 ……こいつら何言ってるんだ?。

「お、お前ら何言ってんだ!?」

 俺がそう怒鳴ると、不良その一が顔を上げ言った。

「俺ら兄貴に惚れました! これから一生付いて行きます!!」


 …………違う、違うよこれは。こんなの俺は望んでないぞ!


 ****


 場所を移して今は、校舎裏のこいつら不良の溜まり場。この間俺が瘴気を祓った場所だ。


 あの後、周りの生徒はヒソヒソ話をしているし、明美さんはドン引きしているし、仕方がないので

「明美さんごめん、先に教室行ってて。……おいお前らは付いてこい!」

 と言って事情を聞くために自転車を駐輪場に置いた後、こいつらをここに連れてきたのだ。


「…………で? 一体これはどういう事だ!?」

 するとまたもや不良その一が答える。

「 俺らは兄貴に惚れたんス!」

「それはさっき聞いた! だからなんでそうなるのかを聞いているんだ!!」


 すると不良その一は、 一拍置いてから訥々と話し出した。

「俺らは昔から何をやってもダメで、親にも教師にも見下されながら、ダメ出しされながら生きてきました。それは同い年の奴らでも一緒ッス。

 だから俺たちは突っ張って、悪がって虚勢を張ることでしか生きてこれなかった…………」

「…………」


 まあ、こいつらなりにもがき苦しんで生きて来たって事なんだろう。 それを否定する事は俺には出来ない、俺も一緒だから。


「だけど兄貴は違った! 俺らを色眼鏡で見ること無く肯定し、その上で諭してくれた。

 そこに俺らは惚れたんス!!」

 そんなつもりは毛頭無い。

 俺はこいつらに腹が立ったからぶちのめして、ついでに説教してやっただけだ。全部自分のためだ。


「待て待て! 俺はお前らをどつき回した挙句裸に剥いて写真を撮って脅した男だぞ、惚れる要素がどこにある!! 普通むしろ恨むだろ!?」

「一人で俺ら五人をしばき倒した兄貴マジかっけーッス! そのおかげで俺らは目を覚ますことが出来たんスから、恨む所なんか一つもありません!!」

 そう不良その一はキラキラした眼で俺のことを見る。


 これは駄目だと思った俺は、不良その二その三らにも声をかける。

「お、お前らはそんなことないよな……」

 だが不良たちは口々に、

「いえ俺達も兄貴に惚れたんス!!」

「 兄貴マジかっけーッス!」

 と言う。


「……………………」

 これはもうあれだな。

 ほっとこう、それしか無い。

 キーンコーンカーンコーンと鳴るチャイムが遠くからぼんやり聞こえてくる。


 ****


 チャイムの音を聞き俺は、なんだか勝手に感動している馬鹿五人をほっておいて、急いで教室に向かった。


 HRには間に合わなかったがなんとか一時限目の直前に教室に入ることができた。

 ガラッと扉を開けると教室中から好奇の視線を向けられた。それはそうだろう、大衆の面前で不良五人が俺に頭を下げて挨拶をしていたのだから……。


「なあ、あいついつも黙ってる地味な奴だよななんであいつら頭下げてたんだ?」

「知らねーよ! でもあいつこの間不良共に呼び出されてなかったか……?」

 クラスの男子がそうヒソヒソと囁きやっている。


「…………ねぇ、私聞いたわよあいつ小学校の時五人ぐらい病院送りにしてるって」

「私も……もしかしてヤクザの息子とか?」

「ちょっと怖いわね……」

 その隣ではクラスの女子もそう囁きあっている。


 どうやら虚実入り混じった噂話が急速に広がっているようだ。


 明美さんもこちらを心配そうに眺めていたが俺と目が合うとついと視線を逸らしてしまう。

 終わったな…………、さらば俺の青春。俺は机に突っ伏して絶望に打ちひしがた。


 ****


 昼休みになり俺は屋上に寝転び、空を見上げ黄昏れている。

 授業が終わると俺はクラスメイト全員の視線から避けるように逃げ出したのだ。そしてそのまま屋上まで来たというわけだ。


「……はぁ」

 俺は深い溜息をつく。

 これからどうやって過ごせばいいのか……。

 明美さんはもう俺のことを怖くて話しかけられないだろうし、学校でもこんな状況じゃ友達なんてできるはずもない。


「くそぉ……なんで俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだよ」

 そうなんどめなるかわからない愚痴を言っていると 扉を開けて誰かが屋上に上がって来た。

 明美さんだった。


「えっと、あの、その……」

 俺は彼女の顔を見ると気まずそうに下を向いてしまう。

「……お弁当一緒に食べませんか」

 そんな俺に彼女はそう言って弁当箱を差し出した。


「……ありがとう、頂きます」

 俺は彼女の心遣いに感謝しながらそれを受け取って蓋を開く。中身は綺麗に彩られており、とても美味しそうだ。

「いただきます」

 味わって食べよう、最後の晩餐みたいな物だ。

「はい、召し上がれ」

 俺は箸を使って卵焼きを口に運ぶと、それはほんのり甘く、優しい味がした。


「うまい……どうしたのこれ?」

 俺の言葉を聞いた途端、彼女もぱあっと笑顔になる。

「よかった! 今朝頑張って作ったんだよ!」

 何でも今彼女は料理の勉強をしていて。俺に食べて感想を言ってもらおうと今日、弁当を持ってきたんだそうだ。


「本当においしいよ」

 俺は素直に思った事を言ったのだが、

「本当? 嬉しいっ」

 と言って、満面の笑みを浮かべる。

「……」

 そんな彼女に、思わずドキッとしてしまって、目をそらすために夢中で弁当を食べてしまう。


「ふぅ、おいしかったよ」

 俺は完食すると、そう告げて手を合わせる。

「お粗末様でした」

 そう言うと、俺の隣に座ってきた。

「……」


 俺が無言のまま座っていると、

「ねえ、さっきはごめん」

 と彼女が謝ってきた。

「どうして明美さんが謝るの?」

「私は孝之君が悪い人だとも悪い事をしているとも思わない。だけど私は皆にそれを言えなかった……」


「何だそんな事か、それが普通だと思うし……。 でも良かった明美さんに怖がられなくて」

「 怖がったりなんかしないよ! 孝之君が優しい人だっていうのは助けて貰った私が一番良く知っていることだから!」

 そう力強く言い切った。

 その言葉を聞いて、俺は嬉しくなって頬が緩む。


「ありがとな、そう言ってくれるのは明美さんだけだ」

 俺はそう明美さんに礼を言った。


 ****


 その後、明美さんと俺は色々な話をした。

 なんでも朝のHRの時に、新しい先生が来てその挨拶をしたことだとか、それがとても綺麗な女の先生だったことだとか、色々だ。


 そんなことを話している内に昼休みも終わりに近づく。


 俺と明美さんもそこを片付け教室に戻る。扉を開けるとまた多くの興味深そうな視線を向けられたが、さすがにもうあれこれと騒ぎ立てるクラスメイトはいなかった。


 むしろ興味は俺と一緒にいる明美さんに移ったようだ。


 勇気を出して周りに聞こえないようこっそりと明美さんに話しかける。

「ねぇ明美さん。放課後、また一緒に帰らない?」

 俺は明美さんにそう声をかける。

「うん! 喜んで」

 明美さんはそう元気よく返事をした。


 ****


 授業が終わり、帰りのHRも無事に終わった。

 生徒たちも 三々五々教室を出て行く、 残っているのは掃除をする生徒と俺と明美さんぐらいだ。

「……じゃあ一緒に帰ろうか貴之君」

 そう言って明美さんが近寄ってくる。


 するとガラッと扉を開けてガラの悪い男達が入って来る馬鹿五人組だ。


 それを見て掃除のために残っていたクラスメイト達も我先にと逃げ出していく。

 明美さんは逃げ出せなかったが真っ青になってガタガタと震えている。


「兄貴、一緒に帰りましょう!!」

 そう、馬鹿その一が言った。

「なんで俺がお前らと帰らなきゃいけないんだ、俺は今日は明美さんと一緒に帰るんだよ」


 俺がそう言うと馬鹿その一が、

「この女と?」

 と言って明美さんに向かって凄む。

 明美さんは可哀想に、

「ひっ」と言って縮こまってしまった。

 さすがに俺もブチ切れる。


「おいお前らいい加減にしろ!! 俺が言ったこと忘れたのか? 自分がやったことは自分に返ってくるって言ったよな……………… 特にそこの馬鹿三人、お前ら明美さんに言うことあるんじゃないのか?」


 そう言うと五人組はびしりと直立不動になり、その中でも特に先日明美さんに絡んだ三人が明美さんに向かって、

「あ、あの時はすいませんしたっ」

 と、頭を下げる。


 すると明美さんもちらりと俺を見ると、少しほっとした様子で

「もういいですよ」

 と言った。


「よかったなお前ら」

 俺がそう言うと馬鹿その一が、

「は、はいッス。でも言い訳させてもらえるならあの時は本当にちょっとからかってやろうと思っただけで、…………と言うか俺たちそういう事したことも無いですし、どちらかと言うと女の人に踏まれたりする方が………」

 なんて言い出した。


 明美さんの顔が真っ赤に染まる。


「馬鹿!? 何言ってんだ!!」

 俺がそう怒鳴ると 馬鹿五人はまた直立不動になる。 明美さんは真っ赤になって黙ったままだし、どうすんのこの空気…………。


 全くどうしようもない奴らだな、……でもなんか憎めない。

 俺はため息を吐いて外を眺める。

 見上げた空をカラスが一羽飛んで行った。

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