GWと週末の合間に 後編


「ここか」

「ああ、あれだよ」

 雪姫を現場に連れてきて、俺達は五メートルほど離れて瘴気を観察している。


「なるほどのー、 まださほど溜まってはおらんが密度が違うの」

「密度?」

「人の怒りの感情でも弱いものから強いものまで様々じゃろう?

 そこから生まれ溜まった瘴気とて同じことよ。

 よほどこの場に集まる若者の生きが良いのじゃろうな~」

「そういうもんなのか……」


「では祓ってみせよ」

「どうやって……」

「まずは刀を出せ」

「だからどうやって?」

「こう出ろーと念じれば出てくじゃろうが!」

「そんな無茶な!」

「全く世話の焼ける、……なぜお主は剣を取った? その理由を思い浮かべてみよ」


 俺が剣を取った理由? 剣の修行に打ち込んだ理由は後悔だった。母親の死を理由にからかわれ怒りに任せて行動した事を後悔したからだ。


 だから俺が剣を取った理由。それは……

「怒りに身を任せずに正しくあるため」

「……ふむ。 左手を見てみるのじゃ」

「これは!」

 俺の左手には鞘に入った日本刀がしっかりと収まっていた。

一体どういう事だ?


「それを抜け。構えんで良い、ただ抜くだけじゃ」

「あ、ああ」

 雪姫に言われた通り剣を抜く。そうすると今まで淀んでいるだけだった瘴気がこちらに寄り集まって俺にまとわりついた。


「なんだこれ!! おい雪姫どうするんだこれ!?」

「……瘴気とはもはや一つの思念体じゃ、そやつも祓われたくないからのぉ。お主を取り込みに掛かるぞ。

 ほれ、お主はどうする。何を答える?」

「なん……だと……」


 俺の中に様々な負の感情が流れ込んでくる。

 怒り、悲しみ、苦しみ、妬み 、僻み、なんで俺ばっかり、なんであいつばっかり、私が、俺が、 なんで…、なんで…

 ……このまま感情の渦に飲み込まれて理性が飛んでしまいそうだ。


 だが……それでも俺は、

「それでも俺は正しくありたい!!」


 そう叫んだ瞬間、むき身の刀身から白い光が溢れ出した。

 俺にまとわりついていた黒い靄はその光を浴びるるとまるで溶けるように消えてなくなっていった。

 それと同時に流れ込んでいた負の感情もきれいさっぱり消え去っていた。


「……まあ、及第点かのー」

 思わず膝をついた俺に向かって雪姫はそうつぶやく。

「なあ、雪姫……こういう大事な事は先に言おうぜ」


「……お主は刀に選ばれたのじゃ。

 世がお主に何をさせようとしているか、妾にはそれは分からん。

 じゃが、選ばれだ以上お主は何かに立ち向かわなければならん。

 その時になっておたついておっては、お主」


 雪姫はそこで言葉を切ると、ズイと顔を近づけ、

「死ぬぞ」

 と言った。


 その表情はとても冷たく。いつもの無邪気な雪姫の面影はどこにもなかった。


「…………」

 俺はすっかり気圧されてしまって言葉が出てこなかった。

 が、 それも一瞬のことですぐにいつもの雪姫に戻ると、

「さて用も済んだことだし、妾はもう帰るぞ。まんがの続きも気になるしの~」

 と言い出した。


「か、帰るって、一人でか?

 迷子になら無いか?」

 ようやく立ち上がった俺は何とかそれだけ声を絞り出す。

「アホー! 自らの神域を見失う神がおるか!!

 お主も早く帰ってきて、妾への捧げ物を用意するのじゃぞ!!」

 と言いながら立ち去ってしまう。


 ちょうど五時限目の終わりのチャイムが聞こえたときだった。


 ****


 しれっと参加した六時限目の授業が終わり帰りのホームルームも終わる。

 五時限目は結局出れなかったが特に教師に呼ばれることもなく、放課後を迎えることができた。

 もともと教師にも注目されていないのかもしれない。


 にもかかわらず明美さんを筆頭にこちらをチラチラと見るクラスメートが幾人かいる。

 大方学食での件が噂になったのだろう。

 大半はいじめの被害者を傍観する様な視線だ。


 そんな視線に嫌気がさしてさっさと帰ろうと席を 立とうとすると、またしても明美さんに呼び止められた。

「孝之君、大丈夫なの?

 昼休み不良の人達に連れて行かれたって聞いたよ!?

 五時限目も戻って来ないし……。

 私、凄く心配して……」

 良く見ると明美さんは涙目になっていた。


 よっぽど心配していたのだろう。

 なんだか申し訳ない気分になってくる。

「あー大丈夫大丈夫。

 ちゃんと(肉体言語で)話をしたら分かって貰えたから」

「本当……?

 怪我とかしてない? お金とか取られてない?」

「本当に大丈夫だから。

 むしろ心配させちゃってごめんね」

「ううん。平気なら良かった。

 それでなんだけどね、もしよかったら一緒に途中まで帰らない?」

 そう言って上目遣いでこちらを見てくる。


 ……これは何と答えればいいのだろう?

 もちろん俺的にはイエスと答えたい。女の子と下校するなんてリア充体験一度でいいからしてみたい。

 だがそう答えるとキモいとか、がっついてるとか思われないだろうか。


「駄目……かな……」

「いや!……駄目じゃない」

 ……しまった反射的に答えてしまった。

 でもまあ結果オーライかな。


 何時だったか師範も言ってたし、当たって砕けても男には砕けていい玉が二つついてるから一回だけだったら大丈夫だって。


 ****


 ……気まずい。

 会話が無いのだ。


 俺には期待するだけ無駄。

 明美さんも校門を出たきり黙り込んでしまった。 

それからからずっとこんな感じだ。


 とりあえず明美さんは電車に乗って帰るということなので二人で歩きながら駅前に至る道を進んで行く。俺は途中で分かれ道を行くが。

「あのさ、今日はありがとね」

 不意に沈黙を破るように明美さんが口を開いた。


「え、どうしたの急に」

「孝之君は優しいよね。

 私を助けて不良の人に絡まれて。

 なのに恨み言も泣き言も言わないで」

「別に助けたわけじゃなくて、ただ自分がしたいと思ったことをしただけだよ」


「それでもだよ。私は嬉しかった。今まで誰かに庇って貰ったことなんて無かったから。

 それにあんな風に人に立ち向かうところを見たのも初めてだったし」

「……」


「ねえ、どうしてそんなに強いの? どうやって強くなったの?」

 その質問に俺は少し考えてみた。

 そして答える。


「……腕力の強さ自体には大して意味なんか無いと思うんだよ。

 でも明美さんが言ってるのはそういうことじゃないんだろ?」

「うん」


「……母親が死んだ時、感情に任せて行動した事を俺はずっと後悔している。

 単純に友達がいなくなったとかそういう問題でもない、自分の内面の問題なんだよ。

 母親が死んで悲しむのも、それをからかわれて怒るのも人として当然のことだと思う。だって人間には感情があるんだから。

 それでもずっと後悔してる。他にやりようがあったんじゃないかって今でも考える」

「…………」


「明美さんが何故そんな事を聞いたのか、それは俺には分からない。

 だけどね人の心に限って言えば絶対の強さ、もっと言えば正しさ、そんなものはこの世に存在しないと思うんだ。

 あるのはただ正しくありたい、強くありたい、そう無様に足掻く人間の心だけなんじゃないかな」


 自分の中でも纏めきれず、理由にもならない理由を吐き出していく。


「……でもそんな風に考える孝之君を、とても強い人だと私は思う」

 思わず明美さんの顔をじっと見つめる。

 そこに浮かんでいた笑みに俺は一瞬見とれてしまった。


「あっ、俺はこっちだから……

 それじゃあ……」

「うん。また学校でね」

 ヘタレた俺はそう言ってぎこちなく明美さんと別れ、自転車を漕ぐ。


「……しかしいい子だよなぁ、是非もっと仲良くなりたい」

 そう独り言を呟いているとゾワリと悪寒が背筋を走る。

「ヒッ、……何だ今の?」


 まあいいや、早く帰ろう。帰ってのじゃロリ女神様に捧げ物を作らなくっちゃな。


 ****


 ―立花雪の回想―


 私のお母さんは、私が小学校に上がった頃に亡くなりました。

 それ以来私は笑わない子供になりました。

 学校で無性に悲しくなって泣いていると、それを見た友達に笑われました。

 それ以来私は髪を長くして表情を隠すようになりました。

 そんな私を不気味がり友達も段々離れていきました。


 でも私は一人にはなりませんでした。タカ君がいたからです。


 タカ君はお父さんのお友達の人の息子さんです。

 学校も同じで、よく家にも遊びに来てくれました。

 タカ君は私を気味が悪いと突き放すこともなく色んなお話をしてくれました。

 いつしか私はタカ君のことが好きになっていました。


 小学校高学年のある日、タカ君のお母さんが亡くなりました。

 お母さんのいない私のことをぎゅっと抱きしめてくれる優しい人でした。


 学校に来たタカ君はいつもより元気が無く時折涙を流していました。

 私と一緒だ、私が慰めなくちゃと思っていると、 クラスの男子がそんなタカ君をからかい始めました。

 不思議な感覚でした。タカ君が可哀想だという気持ちと、私も味わったんだざまあみろという気持ちがせめぎ合っていました。


 そんななかタカ君は驚くような行動に出ました。


 男の子達を相手に喧嘩を始めたのです。

 たった一人で何人もの男の子たちを相手に。

 打たれても蹴られても立ち上がり相手に掴みかかって行きました。そして最後まで立っていたのはタカ君だったのです。


 あぁ、この人は私とは違うんだ。私よりもっともっと強い人なんだと、そう感じました。

 その時かもしれません私の淡い恋心が執着に変わったのは。


 ……執着。そう執着です。

 タカ君の全てが欲しい。タカ君の全てになりたいそういう気持ちが胸一杯に広がりました。


 それが出来るのは私だけだという確信も。


 それはとても良いことですよね。

 そこにはタカと私しかないどこまでも純粋で混じりけのないものなんですから。


 案の定タカ君は学校で孤立して行きました。

 タカ君は辛そうでしたが、私は黙ってそれを見ていました。

 タカ君の全てがポッキリと折れてしまった時にこそ、私の全てを受け入れてくれると思ったからです。


 でもタカ君は折れませんでした。

 剣術を習い始めたタカ君は友達がいなくても気にしていないようでした。

 それは小学校を卒業し、中学校に入りまた卒業した時も変わりありませんでした。

 タカ君の芯は折れる所かむしろずっと太くたくましく育ってるように見えました。


 それで私がタカ君を嫌いになることはありませんでした。この気持ちを諦めることも。

 だってそういうタカ君にこそ私はこの気持ちを抱いたのですから。


 でも焦れてきていたのも事実です。

 だからでしょうか、私がタカ君と違う高校に入学したのは。……何か変化が欲しかったのでしょう。


 実際に変化は現れました。高校に入学して一月、お父さんのおつかいでタカ君が家を訪ねて来ました。

 その時、タカ君が友達は私だけだと軽口を叩いたのです。

 軽口です。もちろん私だって分かっています本気じゃないことは。 嬉しかったのは事実ですが。


 でも、剣術の修行しか頭にないようなタカ君です。一体どういった心境の変化でしょうか?

 その後も変化が続きます。


 あの家と学校と道場の往復しないようなタカ君が休みの日に街を楽しそうに散策していたのです。

 夕方には体に女の子の匂いを二人? 分もべったりとつけていたのでした。

 人数を断言できないのは私の女の勘もまだまだということですね

 でも、別に女の影を心配しているかとかではありません。

 信じていますから、タカ君を……ではありません。あの時感じた私の確信を、でしょうか。


 まあどちらにしろ、もう少しタカ君を見守りたいと思います。

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