GW1日目 後編


 師範に連れてこられた先は道場の隣にある離れの居間だった。


「ここで待っておれ」

 そう言うと師範は台所へ消えてしまう。

 仕方ないので俺は大人しく待っていることにする。

 しばらくすると師範がお盆に丼を乗せて戻ってきた。

「ほら出来たぞ」

 と言いつつ卓に置いたそれは牛丼だった。


「いただきますっ!」

 俺は即座に箸を取った。

 一心不乱に食い続ける俺を見て師範が言った。


「相変わらずよく食う奴よのう。

 しかしそんなに腹が減っていたならわざわざこの家なんぞに来る必要もなかったのではないか?」

「親父は祭事でいないし相変わらず小遣いも少なくてね。爺さんの作る飯は上手いから」

「ふん、おだてるのが上手くなったものだ。

 それと師範と言えこの馬鹿弟子が」

 と、言いつつもまんざらでもなさそうに髭をさすっていた。


 そしてふと思い出したように

「ところでお主、今は高校生じゃろ? 学校の方はどうなんじゃ?」

「あー、……それがあんまり芳しくなくて、困っているんだよね……」

「ほう、何故?」

「えっと、その……」

 と言葉を濁す俺を急かすことなく待つ師範。


「あの、なんていうか、 ぼっちなんだよね。俺は…………はぁ~。

 俺が何をしたというんだよ、何も悪いことはしていないじゃないか」


 溜息混じりに愚痴る俺に師範が笑いかけてくる。

「まぁ、お主のような人間嫌いに友人を作るのはなかなか難しいじゃろうな」

「だから師範には言われたくないって……。まったく、雪にも新しく友達ができたらしいのに」


「雪……? ああ、立花の所のお嬢か」

「俺、昔からずっと独りでさ、本当にこのまま一人寂しく高校生活を終えるのかなとか思っちゃったりするわけですよ。

 あいつも同じタイプだと思ってたんだけどな」


「そう言えばお主、学校ではどんな感じで振舞っているのじゃ?」

「普通だよ。無口で目立たない地味な生徒」

「なるほど。つまりお主にはコミュニケーション能力が欠如しているということか」

「ぐっ」

 痛いとこ突かれて思わず黙ってしまう俺。


「人と会話をするのを恐れているから人と接するのに抵抗感があるというか、怖じ気づいているのだろう。それが原因だと自分でも分かっているんじゃないか?」

「う、うん……。確かにそれはあるかもだけどさ……」

 図星だった。友達ができないのは俺に問題があるからだと思っている。


「ならばまずはその恐怖心を克服することだ。

 幸いお主は武術を修めておる。

 喧嘩になったとしても負けることはあるまい。

 嫌われる事を恐れるな。

 むしろ嫌われても構わないというつもりで相手に全力でぶつかってみろ。

 そうやって出来た友人は一生ものの友人になるだろうよ」


「そっか……そういう考え方もあるのか。

 ありがとう爺さん。参考になったよ」

「ふん、師範と呼べと言っておろうがこの馬鹿弟子が」

「ははは」

「くっくっく」

 二人で笑う。


 こういうやり取りも久しぶりだった。


「さて食い終わったなら道場に行くか、久しぶりに修行をつけてしんぜよう」

「えっ、まだ食ったばかりだし。

 それに師範に扱かれるとその後しばらく動けなくなるんだよ」

「何、今日は連休の初日。動けなくなったところでなんら問題はあるまい。

 久しぶりだ今日は徹底的にやるぞ」

「ひいっ。お、お助け~」

「逃がさんぞ。ふははは」


 それから日が傾くまで、俺は爺さんのサンドバッグにされるのだ。


****


「おー痛て、まったく酷い目にあった」


 日が傾きだす頃。俺は暴力爺のサンドバッグ役からようやく解放されて家路についていた。


「それにしてもやっぱり強いよな、あの爺さん」

 と呟きながら歩いていく。

 師範の構えは隙がなく攻撃に転ずる動作も早い。

 さらに一撃必殺とも言える強烈な突きを放つのだ。

 あんなものまともに喰らってしまっては体に穴が開いてしまう。

 しかしそんな猛攻に晒されながらも俺は師範に傷一つ付けることが出来なかった。

 俺の攻撃は全て見切られ防がれてしまう。

 それでも師範が本気になっていないのはすぐに分かった。

 おそらく師範にとって俺はまだまだ未熟者なのだろう。


 そんなことを考えつつ歩いているとあっと言う間に家に着いてしまった。


「ただいま」

と言いつつ玄関で靴を脱ぎ居間の襖開けるとそこには一人の小学校高学年ぐらいの女の子がテレビを見ていた。


 巫女の格好をして、肩までの黒髪に白い肌、整った顔立ち。そしてこちらを向いたその鳶色の瞳はとても綺麗だ。

でも、誰だこの子?


「遅かったの」

「誰?」

「なんじゃお主は、神官の子のくせに自らが奉仕する者もわからんか」

「いや、何言ってるの?」

「全くもう、仕方のない奴め。

 妾はこの地の守護を務める、雪姫である。

 神前であるぞ、控えおろう!」


 その時俺の脳裏には今日も会ったばかりの幽霊系幼馴染の姿が思い浮かんだ。

「えっと、雪……?」

「如何にも! してお主の名は?」

「……宍戸孝之」

「ふん、つまらぬ名じゃのう。

 もっとこう、気合の入った名を持たぬのか」


「うるさいな、全国の宍戸孝之さんに謝れ。

 それよりお前、一体何だ?

 俺にしか見えない幻覚とかじゃないんだよな?」

「失礼な奴じゃな。まあよい」

 そう言うと彼女は立ち上がりこちらに向かってくる。


 そしてつま先立ちで俺の顔を両手で掴むとじっと見つめてきた。

「な、なに?」

「ふ~ん、なるほどのう……。お主、力の使い方に日頃から悩んでおるのか?」

 すると雪姫は目を細めて嬉しそうな笑みを浮かべた。


「お主には素質があるかもしれぬの。

 妾の分身を抜けたのも納得じゃ」

「あの、何の話?」

「お主、妾が見えるのだろう?」

「ああ、バッチリ見えるけど」


「ならばお主は今日から妾に仕える身となるのじゃ。宜しく頼むぞ」

「はぁ!?」

「お主が気に入ったのじゃ。

 だから一緒に頑張るがよい」

「いやちょっと待てよ。勝手に決めるなよ」

「嫌なら良いのじゃ。その代わりお主は一生孤独のまま生きていくことになるだろう」

「なっ……」


 なんだそれ。冗談でも聞きたくない言葉だ。


「ほほほ妾は神ぞ、人ごときの心の内などお見通しじゃ!!」

「……」

「どうするのじゃ?」

 雪姫は挑発的な目で見てくる。

「わかったよ、やってやるよ」

「くっくっく、それでこそ我が僕よ!」


 自称神様とそんなやり取りをしていると、玄関から物音がして足音が近づいてくる。

 どうやら親父が帰ってきたようだ。やがて居間の襖を開けて親父が顔を覗かせた。


「ただいま 。……お前そんな所で何してんだ? 一人で突っ立って。

 直ぐ夕飯にするからテレビなんか見てないで手伝え」

「一人? 親父、見えてないのか?」

 俺は雪姫と親父を見比べながら言った。


「? 何言ってんだ、大丈夫か?」

 親父は不思議そうな顔でこちらを見ている。

 雪姫もその隣で不思議そうな顔をしている。


「孝之?」

「親父。俺今日、頭強く打ちすぎて幻覚が見えるようになったみたいだ」

「こりゃあ! 妾は幻覚などではないぞ!!」


 目元を片手で覆いながら親父にそう告げると、そんな雪姫の叫びが明瞭に聞こえるのだった。


 ****


 ハッと気が付くと、親父とともに食卓を囲んでいるところだった。

 どうやらしばらく意識が飛んでいたらしい。


 大皿に盛り付けられたカレーを雪姫が俺の横から指をくわえて眺めながら、

「うまそうじゃのー」

 と呟いている。

 黙ってカレーを食べていた親父がふとこっちを向いて尋ねた。

「それで今日、立花の所には行ってきてくれたか」

「ああ、おじさんはいなかったけど雪から貰ってきたよ。

 一体今回は何を見つけてきたんだ?」


 雪姫がわしが何じゃというような目で見てくるのを無視してそう答える。

「何でもこの神社にまつわる言い伝えを見つけたらしい。

 知っての通りこの神社は歴史は古いらしいんだが、マイナーすぎて何の神様を祀っているのかも分からなくなってしまっているんだ。

 その口伝をまとめたものがどっかから出てきたらしい。何でも神様の名前が……」

「……雪姫?」

「何だ雪ちゃんから聞いたのか?

 ああ、そうらしい。詳しくはまだ解析していないらしいから俺が見てみるがね」

「本当だったのか……」

 俺は雪姫を見てそう呟く。ちなみに雪姫はまだカレーを物欲しげに眺めている。


「孝之大丈夫か? さっきから何か変だぞお前」

 親父が心配そうにこちらを見る。

「いや、今日久しぶりに師範の所にも行ったから。

 相変わらずバカみたいに強いよ、あの爺」

「そうか伊東先生の所に。お元気だったか?」

「元気も元気。まだまだ死なないよあれは」

「そうか、奥様が亡くなった時は気落ちしてらっしゃってそのまま亡くなってしまいそうだったんだがな」

「えっ、師範って結婚してたの?」

「ああそうだぞ。奥様はお前が生まれる前に亡くなってはいるが、 娘さんもいて確かお孫さんもいるんじゃなかったかな」

「初耳だ。そもそも何で親父はあの偏屈爺と知り合いなの」

「こら、あまりそんな風に言うんじゃない。

 先生は俺と立花の高校の時の先生なんだよ」

「げっ、師範って高校教師だったのか。良く勤まったな」

「厳しいが立派な先生だった。

 だから母さんが亡くなった時もあの人にお前を預ければ大丈夫だと思ったんだ」

「そうだったのか……」

 知らなかった事実が次々と明らかになっていく。


「まあとにかく、食事を続けよう。続きは明日だな」

「ああ分かったよ親父」

「う~む、うまそうじゃのう」

 二人同時に返事をして(雪姫の声は親父には聴こえていないが)食事を再開するのだった。


 ****


 食事を終え自室に戻ると雪姫もついてきた。


「しかし本当に神様だったとはな」

「初めからそう言っておろう。

 ……とはいえまだ目覚めたばかりで力も弱く、出来ることも少ないがな」

「目覚めたってことは今まで寝てたのか。何で起きたんだ?」

「……お主、刀を抜いたろう?」


 俺はドキリと体を震わせた。

 今朝の事だと。あれはやはり夢ではなかったのだ。


「あの刀は持つに値する人間が現れ、かつその人間を世が必要としている時に姿を現すのじゃ。

 そして刀を抜いた者を依り代として妾が顕れる訳じゃ」

「持つに値するって……、そりゃ剣術はそこそこやるけど ……。

 そもそも一体俺に何をやらせようってんだ?

 それにあの刀は何処行った?」


「腕はさほど重要ではない。

 大事なのは心根の持ちようよ。

 世がお主に何をさせようとしているかは、それは妾にも分からん。

 刀はもし必要とするような状況になったら自然と現れるだろうよ」

「分からんのか……。

 頼りないな。」


「仕方なかろう!

 妾がもし全知全能の神であったのならばそもそもこの社はこのように廃れてはおるまい」

「それもそうだな」

「それで納得するな!! この不信心者め!」

「悪かったよ。どうしろってんだよ一体」


「フム? ならば妾に捧げ物をするのが良いと思うぞ。

 具体的には先程お主らが食しておった茶色くドロドロしたク…」

「カレーな」


「うむ! そのかれーとやらを持ってこい」

「カレーなんか食えるの? そもそも神様ってもの食べるの?」

「神だからな、食べなくても問題は無い。だが食べても問題は無い。

 それにあのかれーとやらは美味そうな匂いがした。食べてみたい!!」


「何だか良く分からない理屈だけど……、分かったよ。用意してくるから待ってろ」

 そう言い残し俺は部屋を出た。


 ****


 台所に行き冷蔵庫を開け、 牛乳をコップに注ぐ。

 最近はラッシーなんて洒落た飲み物があるらしいが、やはりカレーには牛乳だろう。これは譲れない。

 そして温め直したカレーと共にお盆にのせ部屋に運ぶ。らっきょうも忘れずに。


「持ってきたぞ……って何してるんだ!?」

 雪姫はベッドに寝転がり部屋に置いてあった漫画をめくっていた。


「大儀じゃ!

 この絵草紙? は、なかなか面白いな。よう分からんが。

 先ほどの動く絵といい現世には珍奇なものが多い」

「動く絵? ああテレビのことか。

 それよりもカレー持ってきたぞ。冷めないうちに食べちゃえよ」


「うむ! おーこれじゃ! まるでう…」

「カレー」

「う、うむ……。では早速かれーとやらを食するとしよう」

 そう言うと雪姫はちゃぶ台に置いたカレーの前に座り、スプーンを使い頬張りだす。


「!! うむ、これは旨い。刺激的な香りに複雑な味わい、まったりとしたコク。やはりこれは旨い!」

 カレーにはしゃぐ様子は端から見ればただの子供の様だ。


「そうか、それは良かった」

「こっちの白い飲み物は何じゃ?」

「それは牛乳。牛の乳を搾ったものだ」

「ほう、牛の乳か。なかなか雅なものじゃな」

 そう言うと雪姫はスプーンを置いて牛乳を一口飲む。


「ほう! このぎゅうにゅーとやらもなかなか旨いの」

 そう言うというと雪姫はあっという間に、大人一人前分は十分にあったカレーを一皿ペロリと平らげてしまった。


「ふぅ、馳走になった。実に良い味だった」

「満足してくれたようで何よりだ。……俺は皿片付けてくるから」

「うむ!」

 そう言うと雪姫はまたベッドに横になり漫画をペラペラと捲り始めた。


「食べてすぐ横になると牛になるぞ」

「妾は神じゃ、牛になぞならん!」

「まったく……」

 まるで手のかかる妹みたいだなと俺は思わず笑ってしまった。


 だがその後皿を洗い終わって部屋に戻ってみると雪姫はどこかたともなく居なくなってしまったのだ。

「なんだ? 何処行ったんだ、あいつ?」

 しかしいくら待っても戻って来ない。

「やっぱり夢か何かだったのか?」


 そう思いながら俺は風呂に入り寝ることにした。

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