乙女ゲーの世界観にそぐわない山中山

@M_Chikafuji

§ 花鳥祭

第1話 二年一組の山中山


 私の通う高等学校は私立の歴史あるところで、由緒正しき金持ちの家柄や、もはや金しかない高貴なご子息や、あくまでも金をもうけ続ける名家の跡取りといった、超絶な育ちの生徒が集う。


 女子生徒の挨拶あいさつひとつ取っても深淵な文化を感じさせるほどだ。



「はよー」


「いけませんわ、女性がそんな言葉を使っては」



 私のような者には伏魔殿に等しい。



 一年と少しが経過した今では上品なフリにもわずかな上達が見られるようになってきたものの、人には向き不向きがあるという現実を日々痛感させられる。

 




 五月のある日、午前中の授業をこなして昼食の時間を迎えた。


 学内のレストランやカフェテリアは、内装、客層、私が貧相といった問題で入れないため、大衆的に弁当を持参している。紅茶の一杯さえが手痛い出費だ。


 そして自作弁当を当校の食事処しょくじどころに持ち込むのは、フォーマルな三ツ星レストランにて三パック組の激安納豆をいただく感覚に近い。どう好意的にみてもいただけない行為であり、隠れた場末ばすえを選ぶ必要がある。


 新入生の頃に担任に泣き付いたところ、職員室に指導室なる小部屋が併設へいせつされているという情報を入手。都合のいいことに、当校の指導室は物置に相当した。




 職員室の中を通り、物置のドアを開ける。

 すると、珍しく先客がいた。




「ごきげんよう、見かけない制服ですけれど、どちら様でしょうか」


「あ、あのっ! 私、来週からこの学校に編入する姫山ひめやま かなでって言います。その、ここでお昼ご飯を食べるようにって先生に言われてて」



 座りながらもじもじと指を合わせて言う彼女。



「四月も過ぎた時分に大変ですね。私は当校二年一組の山中山やまなかやまと申します」


「二年生なんだ、私と同じだね!」



 明るくにこやかに答える彼女。



「今日は何かの手続きですか?」


「うん、制服とか受け取りに来たのと、テストやらなきゃいけなくて。もう午前中だけで疲れちゃった」



 うぅー、と机に突っ伏す彼女。




 何なんだこいつは。

 これが最初に抱いた感想だ。



 当校ではまず見られない庶民力からは転入生の複雑な来歴がうかがえる。他人の事情に興味はないが、彼女が私のアジトで昼を過ごす予定が組まれている事実が気になった。それが私に知らされていないことが特に。


 これは教員側の職務怠慢にほかならない。職員室の茶葉やコーヒー豆のたぐいが全部いためばいいと思った。



「ところで、姫山さんのご昼食はどちらにあるのでしょうか?」


「先生がお弁当頼んでくれてるって言ってたよ。それより!」



 立ち上がって丸っこい目でまっすぐに私を見る姫山。私も昆虫に似ていると中学で評判をはくした両眼で応じる。



「私のことはかなでって呼んでね!」


「…かなでさん、ですか」



 何事かと構えるも、単に名前で呼べという話らしい。それほどまでに苗字が気に入らないのだろうか。確かに自分の苗字が姫山であったら萎縮いしゅくする。しかしそれは昆虫系女子たる私の考えで、彼女ならまったく問題はないように思う。



「名前を教えて頂いたところ恐縮ですが、当校では名字に敬称をつけての声掛けが推奨されています」


「そんなお上品なんだ……。はぁ、やっていけるかなぁ」



 ふと、綺麗な木目のドアを叩く音がする。二回。次いで長身のスマートな人物が入ってくる。銀縁眼鏡がトレードマークの若手教員、我らが岩見担任だった。



「失礼。遅くなりましたが姫山さん、昼食が届きました」


「は、はい。ありがとうございます!」



 漆塗うるしぬりの重厚な弁当箱に驚きつつも礼を忘れない姫山。感謝を示すことは良好な人間関係を築く上で重要だ、と先日学んだ現代文に書いてあった。この意見は姫山の人当たりの良さを支持する。


 岩見担任は続いて私を見つけると口を開く。



「山中山さん、もう来ていましたか。こちらの姫山さんは公立の高校から転入されます。昼食をとりながら本校の特色を教えてあげてください」


「岩見先生、突然おっしゃられましても、私は何の準備もしておりません」


「私が行う予定でしたが、臨時の担任業務が入ってしまいました」


「お疲れ様です」



 「臨時の担任業務」というのは問題児わたしの監督責任を教頭からとがめられることを指す。学級担任のお仕事は大変だ。

 ところで、くだんの評論ではこうも主張されていた。感謝や謝罪をするのは当然と思えるかもしれないが、その当たり前ができない人が増えてきている。私のことだ。



「姫山さん、山中山さんは本校では珍しい外部入学生で公立中学校出身です。参考になる面白い話がたくさん聞けると思います」


「そうなんですか、楽しみです!」


「岩見先生、ハードル上げるの止めてもらってもいいですか」


「山中山さんも、そのようにくだけた形で話して頂いて結構です。私はこれで失礼します」


「はい、ありがとうございました!」


「……」



 去りゆく岩見担任に立ち上がって挨拶あいさつをする姫山。座ったまま首で会釈えしゃくだけする私。机の上には美しい漆塗うるしぬりの重箱が蓋を開けられるのを待っており、机の下のかばんにはボロ臭いアルミの弁当箱が仕舞われている。







*****







「――ということで、とにかく挨拶あいさつだけきちんとしとけば大丈夫だと私は聞いたよ」



 私は手作り弁当を食べながら講釈こうしゃくを垂れる。姫山は外注弁当(七千七百円)に伸ばす箸をそろそろ置こうかというところだ。


 私は話の中で、これまで経験してきた失敗を軸にして、気を付けるべき点と対策を盛り込んだつもりだ。


 話の種は家庭菜園を優に超えるレベルで所持していたので、無事にひと通りの説明を終えることができた。姫山も笑いながら聞いていたようだし、収穫はあったと言えよう。これなら岩見担任から成果を問われることはないはずだ。



「私も山ちゃんと同じクラスなら明日からもいろいろ聞けるのに」


「クラス分けは前の学校の成績と今日のテストで決まるんじゃないの」


「あぅー、自信ないなあ」



 この高校は表向きには学力に応じていくつかのコースに分かれている。そのため、幼少より英才教育をほどこされたエリートから、家柄に胡坐あぐらをかいた語るに値しないヒト科生物まで、幅広く金持ちがそろっている。



 つまり学費が高いということだ。

 本当に高い。そこらの一軒家なら買えるんじゃないかと思う程に。



 しかしながら、学力特待生のわくとして、私のような育ちの良くないやからにも入学の機会が与えられている。


 私の場合、中学で嫌いだった奴が志望していた枠だったため、それを握りつぶすために猛勉強して受験し入学を決めた。教室のすみで悔しそうに私の悪口を吐く様は傑作だった。


 ただし、他人の心を存分に害した代償としてか、校風に合わず困難な高校生活を送るはめになったのが残念なところではある。



「もし同じクラスになっても、音楽とかの実技系の授業については助言できないから」


楽譜がくふわたされてすぐに歌ったりするんだっけ?」


「そう。二年になってからは管弦楽の演奏をやってる」


「うぇー、難しいでしょ。やったことないのに」



 私などはおかあえぐ小魚と言って良い。


 いわゆる五教科だけではなく、音楽、美術といった実技科目でも苛烈な授業が展開されるのが当校の教育制度の特徴の一つだ。不純な志望動機で潜り込むべき学校ではなかった。



「それじゃ、そろそろ次の授業の準備をするから戻るよ」


「そうなんだ。いろいろ話してくれてありがとう! 頑張ってね!」



 姫山は午後も試験を続け、終了しても事務手続きがひかえているらしい。ご苦労なことだ。そして私の次の授業は音楽だ。ええ、ご苦労なことですとも。


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