第七話『ヒロイン』

 今日は休み明けの学校だ。

 今までは一週間の始まりというのは苦痛以外の何でもなかったけど、今の私にはそんなことはない。だって私には――


「おはよー」

「おはよう」


 友達がいる。

 昨日は雨が振っていたので、家で一日中勉強なんて思ったりもしたけれど、望がそうはさせてくれなかった。

 朝から晩までやり取りをしていたけど、友達とのメッセージのやり取りってどのタイミングで終わらせればいいんだろう?

 私は楽しいから良いけど、相手がどう思っているのかなんて分からないので、嫌われたらどうしようと不安になってしまう。

 他人と深く関わることを避けてきたし、私と望では釣り合わないということはちゃんと理解しているけれど、望にだけは嫌われたくないなぁ……。


「どうしたの? 暗い顔して」

「望に会えなくて寂しかっただけだよ」

「えっ、急にどうしたの? え?」


 上辺だけじゃなく本当の友達になるためにもっと親しくなりたい。

 だから私は変わるって決めた。

 貰ってばかりの関係じゃなくて私だって望に何か与えたい。

 むしろ貰う以上に与えたい。

 一日会えない時間がそう思うようにさせた。


「してほしいこととかないの? 何でもするから言って」

「今日の朔ちょっと変だよ?」

「私は望に何かしてあげたいの!」

「急にそんなこと言われても……」

「何か思いついたら言ってね」


 望は普段からしたいことをすぐにしてしまうせいであまり欲が無いのかもしれない。


「そうだ! 見て、ストラップ」


 本当にペンケースに付けてくれたんだ。

 でもこれも望から与えられた物だ。

 私からも何か与えたいのに。


「璃垣さん、今ちょっといいですか?」


 望と話していると、一人のクラスメイトが会話に割り込んでくる。


「えーっと、ごめん、まだクラスメイトの名前覚えられてなくて」

結月ゆづきです」


 結月さんはこのクラスの副委員長でキラキラした綺麗な人だ。

 望を除けば、普通に何度も話しかけてくるのは結月さんくらいなんだよね。


「今クラスTシャツ代ありますか? あとサイズも教えて頂きたいです」

「クラスTシャツ?」

「来月、文化祭があるんです」

「文化祭って秋にやるイメージだけど違うんだ」


 何を以て秋と思ったのかは分からないけど、うちの高校の文化祭は六月だ。

 そんなことより二人の話を聞いているのは、なんだか盗み聞きでもしているみたいで気まずい……。


「これに記入すればいいの?」

「はい、お願いします」


 望はクラスTシャツ代とサイズの記入をして結月さんに渡す。


「ありがとうございます。それと安良城さん」

「えっ、はい」


 急にこっちに振らないでよ、びっくりするじゃん。


「前にも言った通り、次のテストは絶対私が勝ちますからね」

「あ、うん、頑張ってね?」


 それだけ言い残して結月さんはその場から立ち去る。


「朔って頭いいの?」

「悪くはないけど、どちらか言うとこの学校のレベルが低いが正しいかな」


 中学時代でいえば約二〇〇人いる中でいつも二〇位から三〇位といった感じだったので、ものすごく勉強が出来るという訳ではない。

 勉強が得意な人はわざわざこの高校を選ばないというだけ。


「確かに。私でも入れるくらいだし」

「勉強苦手なの?」

「やれば出来るよ」


 それやらない人とかやらなきゃ出来ない人が使いそうな台詞だけどあってる?

 そっか、望は勉強が苦手ってことは――


「次の席替えで離れ離れだね」

「えっ、なんで!?」

「テストの順位で席順決めてるから。だから望がいる席はたぶん次は私の席」


 今までは空席だったけど、望が学校に来るようになったことで、順当であれば席が一つずれることになる。


「せっかくヒロイン堪能してるのに! まあ主人公席は朔みたいな子に相応しいよね」

「主人公席って何?」

「漫画とかで朔みたいな特別な人に与えられる教室の一番後ろの席のことだよ」


 それって空気のような人間をクラスの端っこに追いやるってことだけど、もしかしていじめ?

 でも居ないものとして扱われた方が暴力や暴言を吐かれたりするよりは幸せなのかな。

 望に『ばい菌が伝染るから近寄らないで』なんて言われたら絶対泣く。


「私、汚くないよ! 毎日ちゃんとお風呂入ってるよ!」

「本当にどうしたの? もしかして熱ある!?」

「汚くないし健康だよ。だからいつでも抱いていいからね」


 望はすぐに抱きついてくる癖があるから、もしそれが望のしたいことなら大人しくさせてあげるべきだ。

 人前は恥ずかしいけど、それくらいなら私でもしてあげられる。


「み、皆見てるからっ! 一旦落ち着こう、ね?」


 ただでさえ目を引く望が真逆の私なんかと話しているのが物珍しくて余計に目立つのだろう。

 けど、私と違って望が周囲の目を気にするとは思えない。


「人目があるところで二度もしたのに、何を今更なこと言ってるの?」

「誤解を招くからっ!」


 誤解も何も事実なんですが……。


「もしかして私のこと嫌いになった……?」


 望のために何でもすると決めたばかりなのに、望に相応しくない私が嫌になったのかもしれない。

 そう考えるだけで胸が苦しい。


「違っ、そうじゃなくて……」


 あれ? 望の顔がすごく赤い。

 ……そっか、本当は望が熱っぽいから気を遣ってくれたんだ。

 一昨日から体調悪そうだったし、私が気に病まないようにわざわざ隠して……。

 望ってなんでこんなに優しいんだろう。

 私も望みたいに他人のことをもっと考えられるようにならないと。

 そう思い、鞄の中からチョコを箱ごと取り出して望に渡す。


「あげる」

「チョコ?」

「うん、身体に良いって保健の先生が教えてくれたから」

「朔が食べ物をくれるなんて……。傘持ってきてないや、どうしよう」

「……やっぱり返して」

「やだ! ホームルーム始まるから静かにして」

「もう……」


 朝から望と話せただけで、なんでこんなに嬉しいんだろう。

 鞄から取り出したペンケースに付けたお揃いのストラップを見て、より一層心が温かくなるのを感じた。

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