第3話 ゴリラ界隈ではイケメン


 僕が住んでいる町はお世辞にも栄えているとは言えない。

 なんせ、国道を逸れれば田畑が広がり、風景を遮る建物など何もない。

 そんな町に存在する唯一の高校に僕は通っている。


 まぁ地元の友人の大半は都会である隣町の高校に行っているけどね……

 僕みたいな天才は選べる高校が限られているから後悔はしていない!

 決してしていない!

 本当だよ?


 自転車を20分ほど走らせ、ようやく学校にたどり着き校舎の中へと入る。

 新鮮な気持ちでこれから通うことになる二年二組の教室へ向かう際、柊一の声が聞こえてきた。


 僕は声を掛けようと近づこうとしたが、柊一と話している人物を見て、すぐに身を隠した。

 教室の前で話している相手は春咲さんだったのだ。


 柊一の反応はわからないが、僕からは春咲さんの表情がよく見える。

 こちらには声がよく聞こえないが、僕目線では良い雰囲気に見えた。


 まさか、春咲さんの好きな人って実は柊一なのではないか?

 僕ははらわたが煮えくりかえりそうだったが、自分が可愛いので、柊一の腸を煮詰めてやろうと心に決めた。

 物理的に!




 「藍崎あいさきくん、どうしたんですか?」


 声を掛けられてふと我にかえる。

 目の前では春咲さんが心配そうに僕を見つめていた。

 どうやら、柊一との会話は終わったようだ。


 「は、春咲さん! 僕は……そ、そう、歯ぎしりの練習をしていたんだ!」


 僕はいったい何を言っているんだ!

 気が動転して訳がわからない事を言っていた。

 正直、気持ち悪がられても仕方がない。


 「歯ぎしりは頭痛や肩こりの原因になるので、控えたほうがいいと思いますよ?」


 春咲さんは柔らかな笑顔を向けてそう言った。

 これは天使だ……

 もう人間という存在を超越している……


 しばし、二人の間に沈黙が流れる。

 それはそうだ。

 昨日あんなことがあったのだからいつも通りにはいかないのである。

 この空気に耐えられず僕は言葉を発していた。


 「春咲さんの好きな人ってさ、どんな人なの?」


 なにを口走っているんだ僕は!

 自分で自分の傷をえぐりにいくなんてただの頭がおかしいやつだ!


 唐突な質問に一瞬びっくりしたようだが、春咲さんは口を開く。


 「そうですね……まずは顔がカッコいいです!」


 照れながらも自信満々に彼女は答える。

 こんなに好かれているだなんてうらやましい!


 「そうだね。ゴリラ界隈かいわいで言えば、確実にイケメンだね」


 柊一の顔が良いのは認めるが捉え方は人それぞれだから!

 僕も負けてないから!


 「私は、ゴリラが好きなわけではないですよ?」


 春咲さんは僕の言葉にアタフタしている。

 恋は盲目もうもくというが、顔もしっかりと視認出来なくなっているらしい……

 

 「他にはどんなところがあるの?」


 「いつも元気いっぱいで毎日楽しそうにしているところも好きです! 私は病気がちなので憧れてしまうんです……」


 彼女は頬を赤らめてモジモジしている。


 「でも、ゴリラは繊細な動物でストレスでよくお腹を壊したりしてるよ! その感情は幻想なんだ!」


 「私、ゴリラの話はしてないですよ?」


 春咲さんは困惑しているように見える。

 どうやら僕の話が高次元すぎたみたいだ。


 「そして、なによりも優しいところです!」


 次は僕が困惑してしまった。

 柊一が優しいだって?

 あいつはきっと悪魔の生まれ変わりだ!


 そう思ったが、彼女の真剣な顔を見て何も言えなかった。

 そうだ……僕は何をしているんだ!

 彼女のことが本当に好きなのであれば応援するべきだろ?

 例え、相手が僕でないとしても応援してやるべきだ!


 「その想い、あいつに届けば良いね!」


 「え?」


 春咲さんから間の抜けた声が聞こえた。

 もしかして、変なこと言っちゃったかな?


 「そ、そうですね! ありがとうございます」


 彼女は取り繕うように言葉を発したあと、僕から背を向けた。

 もう時間ですから教室に行きましょうと言われ、春咲さんについて教室へと入っていく。


 春咲さんはなぜ、あんな反応をしたのだろう?

 最後のやりとりにモヤモヤして、その日はずっと上の空であった。


 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る