第11話 はにかんだ



「割り切られて当然か」



 僕は綺麗になった部屋の中で、一人で佇んでいた。

 ケントの帰りを待ち構える作戦であり、もし、ケントが帰ってこなければ、この家を燃やすつもりだ。


 警察に追われないようにしつつ、僕が奪われたものを回収するとなれば、家ごと燃やし尽くしてしまうのが一番だろう。


 もしかすると、あの2人も焼死扱いになるかもしれない。




「少し離れたところでアヤカさんは隠れてるんだろ」



 僕は窓の外から街並みを見る。


 どこにアヤカさんが潜んでいるのかは分からないけど、理屈的にも、そこまで遠くに行っていない可能性が高い。


 そこまで遠くというのは、ここが見える範囲内ということだ。

 なぜなら、アヤカさんは、僕を勇者特定のための罠として利用するつもりだからだろう。



 家を燃やすほどの魔法を使えば、おそらく、僕は勇者に捕捉されるだろう。


 そんなことも気付かないほど残念な奴だと思われたかのか、それでも自分のものを持ち帰ると言い張る協調性のなさを残念だと思われたのか…


 いずれにせよ、僕を有効利用しようと考えたのだろう。




「…来るとは限らない。けど、それならそれでか…」



 トオルさんが勇者であれば、すでに襲撃は終えているため、この市内のどこかで息を引き取っている筈だ。


 トオルさんが勇者なら、魔法で家を燃やしても、魔王がいる可能性を踏まえて、参加者は誰も駆けつけては来ないだろう。



 しかし、逆に、誰も駆けつけて来なければ、勇者はトオルさんだった可能性が高いということになる。

 勇者からすれば、誰が魔王なのか知る手がかりとなるのだから、高い魔力の波動を見逃すはずがない。



 つまり、襲撃した人の役職までは掴めないため、家を燃やした時に勇者が駆けつけてくるかどうかで、トオルさんが勇者だったのかどうか、それなりの精度で確かめようという考えなのだろう。




「…時間だ」



 僕はスマホの時刻が午前2時を表示したのを確認すると、一階の厨房にまで降りていく。

 店内の灯りは怪しまれないために消してあった。



「不思議だ。不思議と…冷静だし…躊躇もない」



 僕は暗く静まり返った厨房で、僕は暗闇へ向けて手から真っ黒な炎を灯す。

 黒い炎に照らされて、ぼんやりと厨房の輪郭が見えてくる。




「…ファイア」



 僕がそう呟くと、黒い炎は真っ赤な火を生み出し、その火はだんだんと炎へと勢いを変え、やがて家全体を飲み込んでいく。




「…ははは」



 僕は真っ赤な炎に包まれながら両手を広げて笑う。



「あははははははははは!!!」




 勇者


 生きていてくれ。

 トオルさんじゃなくて別の人が勇者であってくれ。



 それで、僕を見つけてくれ。

 それで、殺してくれ。





「あはははは!!!あはははははははははは!!!」




 僕の中で込み上げてくる殺意

 これは、もう…


 僕じゃダメだ。

 僕を…僕自身じゃ止められない。






ーーーーーーーーーーー





「おい…聞いたか?」

「ああ…ケントの家…全焼だってな」


「妹と弟が焼け死んだかもしれないってな」

「…あいつ…溺愛してたよな」




 ポツリと教室に座る僕

 その周囲でみんなが口々にケントのことを話していた。



「…」



 僕は、木下先生の腕の骨を折ったことが騒ぎになっていないのが不思議であった。

 確かに、トピックスとしては、ケントの家が全焼したことの方が話題性は高いだろう。



「ん?…おい!何、見てんだ?ああん?」



 教室内を見渡していると、僕と偶然に目が合ったのは、ケントの連れの1人である男性だ。



「…ごめん…たまたま目があっただけだよ」

「ちっ!気持ちわりぃんだよ!」




 …僕が木下先生の腕の骨を折ったと広まっていれば、本当は小心者のあいつらが僕へあんな態度を見せるとは思えない。


 つまり…木下先生のことは伏せられている?





 もうじき、始業のチャイムが鳴る。

 あと2分もないだろう。


 そんな時だ。




「…おはよう」



「「ケント!?」」


「お…おい!良いのかよ!?」

「よせ!!」

「っ!」


「…今はソッとしておいてやろうぜ」

「ああ…」


「そうね」

「うん」




「…」



 目の下にクマのあるケントが教室に入ってくる。

 どこか正気が抜けている印象だが、足取りはしっかりとしており、そのまま自分の席へと座る。



「…」



 ケントはそのまま無言で天井を見つめていた。

 そんな彼に教室の誰もが声をかけることができずにいた。



 しばらくすると、チャイムが校舎全体に鳴り響き、1人の女性教諭が教室に入ってくる。

 ショートカットの癒し系の女性だ。

 一部の男子生徒から人気のある若い教師だったと思う。



「…はい、ホームルームを始めます。全員、席に着いて」


「あれ?こっちゃん先生?」

「どうしたんっすか?」

「わー!今日の髪型も最高っすね!」



「茶化さない!!…えっとね…うん」



 こっちゃん先生と呼ばれている彼女は、教室の奥にいるケントを一瞥する。




「諸事情で…今日は私がホームルームを務めます」



 どうやら、担任はケントの家の対応で駆り出されており、こうして別の若い教師がホームルームを受け持つことになったのだろう。


 確かに、マスコミやら警察やら、色んな機関の人達が今朝から学校に出入りしていたしな。

 ベテラン教師が対応するのが自然なのかもしれない。



「それと、今日の体育の授業は自習になります」

「「ええーーーー!!」」



 自習と聞くと誰もが喜ぶのだが、それが体育となると別のようだ。




「実は…木下先生が腕を疲労骨折してね。まだ病院なの」


「骨折したんすか?」

「そういえば、昨日、救急車が来てたよな」

「あー!あれか…」



 木下先生の件、疲労骨折ということになっているのか。

 それで、僕のことは誰も注目すらしないわけか。



 ホッと安堵しつつ、どこか苛立ちを覚えている僕へ

 女性教諭が視線を向ける。



「それと…スズキ ユウタくん」

「…はい」


「ホームルームが終わったら職員室まで来なさい」

「はい」



「おいおい…ユウタが何かやらかしたぜ?」

「昨日の虫事件のことじゃね?」

「…」





ーーーーーーーーーーーーーーーーー




 すでに授業は始まっていた。

 そのためか、職員室には僕達だけしかおらず、僕はこっちゃん先生とあだ名を付けられている女性教諭と1対1の状況になっていた。



「…ユウタくん!木南先生から聞きましたよ!画像の件!」

「…」


「ケントくん、今、すごーく大変なの!」

「…」


「わかるよね?そんな悪戯したらダメだよ」



 僕へ微笑みかけながら優しく諭そうとする女性教諭

 こいつも何も分かってないな。



「…」

「ユウタくん?」



 僕は目の前の女性教諭に向かって腕を伸ばそうとする。

 それだけの動作で、ただの人間など吹き飛んでしまう。


 それは実証済みだ。




「…」

「待ってください!!!」


「…っ!?」



 僕が超高速で腕を振って、目の前の女性教諭をバラバラに吹き飛ばそうと思った時だ。

 教室に大声で入ってくるのは1人の女子生徒だ。




「キリュウインさん?」

「あ、あの!!古津先生!」


 キリュウインという珍しい名前の女子生徒は、少し内気そうなメガネの女子だ。

 同じクラスの生徒であり、1人で職員室へ乗り込んで来る度胸なんてあるようには見えない。



「す…スズキくんは…本当の…」



 キリュウインは何かを主張しようと女性教諭の前に立つ。

 しかし、モジモジとしている彼女へ、女性教諭が逆に質問を始めた。



「どうしたの?それよりも…授業は?」

「あ、え、えっと…」


「キリュウインさん!真面目な貴方が抜け出してきちゃったの!?」

「い、いえ…それは…その」


「貴方らしくないわ!今すぐ、教室に戻りなさい!話なら後でちゃんと聞くわ!」

「違うんです!!」


「違う?」

「今じゃないと…ダメなんです!!」


「何がダメなの?」


「スズキくんは…本当のこと…言ってます!!」



 キリュウインは僕の隣で顔を真っ赤にさせながら、僕を庇うようなことを大声で叫ぶ。




「え…」



 彼女の行動に僕の心臓が鼓動を早めるのを感じる。



「スズキくんはすごく優しい人です!嘘なんて言いません!」

「キリュウインさんまで何を言うの!?」


「横くんが大変なのは知っています!!でも!…でも!!」

「落ち着きなさい」


「でも!!!スズキくんが…こんなこと…ひどいです!」

「分かったから…キリュウインさん…落ち着いて!」


「分かってくれたんですか?」

「…ええ、そうね…貴方がそう言うなら…そう…なのよね」




 女性教諭がどこかキリュウインに甘い気がする。

 甘いというか、本心、どこかで怯えているような感じがある。


 この女子生徒…

 何かあるのだろうか?




ーーーーーーーーーーーーーーーー




「…どうして助けてくれたの?」

「あ…えっと…その…」



 職員室から教室への帰り道

 僕はキリュウインさんと少し話をすることができた。




「…私も…その…横くん達がタバコ…吸うところ…見た…から」

「そうだったんだ」


「それで…昨日…木下先生と木南先生と話しているのを…聞いて…それで…」



 手を震わせながら、顔を紅葉させながら、キリュウインさんは僕へ話してくれた。

 呼吸も荒く、人と話すことにかなりの苦手意識があるようだ。




「助けなきゃ…って…そう」

「ありがとう」


「…うん」



 僕がお礼を告げると、キリュウインさんは嬉しそうにはにかんだ。


 それが、僕もどこか嬉しくて、一緒になってはにかんだ。

 彼女といると、どこか僕の中の殺意が収まっていくような、そんな気がした。


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