第11話 糸を吐く蜘蛛

「寂しい、ですか?」


 これまた予想外の質問だ。キョトンと目を瞬きながらアウルが返せば、「だってよ」とジュードが言葉を続けた。


「家族経営つっても、結局2人ぼっちである事には変わりねぇんだろ。こんな林の中で、母親と2人だけで宿屋の経営とか、俺だったら絶対飽きるっつーか、つまらなく感じ、」

「人様の家庭事情に口出ししてんじゃねぇよ、口軽男」


 ゴンッ、とジュードの頭をバディが叩いた。


「いって!」とジュードが声をあげる。そうして涙目になって頭をさすりながら、バディの方に振り返った。


「ちょっち、バディ。人の頭殴り過ぎ。俺の脳みそが、お馬鹿になってくれちゃったらどうするのよ。責任取ってくれんの」

「安心しろ。最初からなってるものを、それ以上どうにかする事は俺にもできねぇ」

「な~るほど! って、誰が大剣振り回す以外に特技のない脳筋馬鹿だっつーの!」

「そこまで言ってねぇわ、阿呆が」


「被害妄想のレベルが阿呆過ぎる……」とバディが、呆れたように呟いた。

 う、うぅん、とアウルもフォローの方法が浮かばず、思わず苦笑を顔に浮かべた。


「とりあえず、備えつけのシャワーはいつでもお湯が出るようにしてあるので、よかったらお使いください。あ、お食事の方も用意させていただきますので、お時間になりましたらお呼び致しますね。それまではどうぞ、ごゆっくり、ご自由にお過ごしください」

「え⁉ うっそ。飯の用意までしてくれんの⁉」


 ジュードがアウルの言葉に、嬉しそうに声をあげた。

「もちろんです」とアウルも頷き返す。


「お2人には、命を助けていただきましたから。当然のことです。あ。でも、その、私の手料理になってしまうので、あまり豪華な物はご用意できないのですが……」

「いい、いい! 全然いい! むしろ女子の手料理、大歓迎だぜ! 俺ら2人とも、まともに飯の用意もできねぇ、缶詰頼りの野郎共だから超助かる~」


 ジュードが感極まったように声をあげた。

 そのままアウルの手を掴もうとしてきたが、バディが「だから血がつくだろが」とその手をはたき落としたので、先の二の舞になるような事はなかった。思わず、ホッとアウルも胸をなでおろす。


「んじゃま、とりま早速シャワー使わせて貰いますわ。お世話になりま~すっ、と」


「俺、一番乗り~」と言いながら、ジュードが2階へ続く階段の方へと走っていった。ドタドダと走っていくさまは、まるで小さな子どもようである。「公共の施設で走るなっ」とバディが、ジュードを叱るように、その背中に向けて怒鳴った。


(本当、大剣を振り回していた人と同一人物だと思えないなぁ)


 アウルの頭の中に、あの林での愉快な殺戮コンサートの光景が甦ってくる。

 喋りたがりなところや、あぁやって直ぐに手を握ってこようとする辺り、彼がとても感情豊かな人間である事がよくわかる。きっと、自分の気持ちに素直なタイプなのだろう。本当に、幼い子どものような少年だ。


 ……そんな彼だから、「寂しくはないのか」という問いかけを、アウルにする事ができたのかもしれない。


(寂しい、か)


 言われてみれば確かに。母と2人っきり、こんな滅多にお客も来ないような場所で、宿屋を経営しているなど、傍から見たら寂しい光景に違いない。


 だが――……。


「そんなの、考えた事もなかったな……」


 そうポツリとアウルが呟いた時だった。


「おい」

「へ」


 いつの間にか、アウルの前にバディが立っていた。


 思わずアウルの目が丸くなる。てっきり、ジュードの後を追って部屋の方へ向かったとばかり思っていたのだが、そうではなかったらしい。

 奇っ怪なゴーグル越しに、無言でこちらを見下ろしてくるバディの威圧を前にし、アウルは心の中で、ぴぇ、と小さな悲鳴をあげた。


「あ、あの、何か……」

「動くな」


 覚えのある台詞を言われたかと思った次の瞬間、バディの手がアウルの方に伸びてきた。


 え、え、なに⁉ と唐突の事態に、思わずアウルの体がすくむ。思わず、ビクッと体を震わせば、バディの動きが止まった。

 しかし、それもほんの少しの事だ。ゴーグルの上の眉を潜めながらも、再びバディの手がアウルの方に伸ばされる。


 そしてその手が――、アウルの顔の横にある、何かを掴んだ。


「…………蜘蛛だ」

「へ、へあ……?」

「蜘蛛がいた」


 ぐっ、と握った拳を、バディが自分の方に引っ込めた。

「蜘、蛛……」とあ然とアウルが呟けば、バディが「あぁ」と頷いた。


「お前の顔の横に浮かんでいた。大方、天井にでも居た奴がぶら下がって来たんだろう。見たいなら見るか」


 バディが拳をアウルの方に差し向ける。「い、いえっ」と慌てて首を横に振れば、「だろうな」と言ってその拳が引っ込められた。


「あとで部屋の窓からでも逃しておく」

「あ、は、はい。ありがとうございます」

「……こういうタイプの蜘蛛はよく出るのか」


 己の拳をジッと見つめながら、バディがアウルに訊ねてきた。

 彼の視線に呼応してか、ゴーグルのレンズ部分が、チキチキとやはり奇妙な音を鳴らしながら伸縮をし始めている。


「え? こういうタイプ、ですか?」

「こういう糸を吐くタイプの蜘蛛だ」

「? えぇ、はい、そうですね。よく見かけはしますね」


 糸を吐くタイプの蜘蛛って……、妙な訊き方をしてくる人だな――、唐突なバディからの質問に、少々戸惑いながらもアウルは言葉を返した。


「周りが木ばかりの場所だからなのか、どこからかよく入ってきてしまうみたいなんです。一応見かける度に外に逃がしてはいるのですが、それでもいつの間にかまた出てきてしまって」

「巣を見かけたことは」

「ありますよ。天井の梁や天窓等の高いところにいつもできるので、掃除するのが大変なぐらいです」

「そうか」


 こくりと、バディがアウルの返事に頷き返した。

 そうして無言で、再び蜘蛛を握る拳を眺め始める。


 一体どうしたんだろう。蜘蛛に何か気になる事でもあったのだろうか――。首を傾げながら、アウルはバディを見返した。


 と、


「…………睡蓮ニンファーと蜘蛛、か」


 ふいにポツリと、バディがそう呟いた。


「? 今、なんと?」

「……なんでもない」


「気にするな」そう言って、バディがくるりと、アウルに背を向けた。

 そうして、バディの言動の意味がわからぬまま困惑しているアウルの視線など気にした様子もなく、そのまま2階の寝室へ向かって行ってしまったのだった。

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