第6話 命と実力がものを言う世界

 この世界がどのように誕生し、どのような歴史を紡ぎ、そしてなぜ、この名前で呼ばれるに至ったのか。それを正確に知る者は、この世のどこにもいない。


 ある者は、この世界には『端』が存在しているという。そこには底が見えない滝だとか、大口を開けた化物だとかが待ち構えているのだそうだ。

 またある者は、そんな『端』なんてものはなく、この世界はボールのような球体の形をした世界なのだという。歩き続けてもまたいつか元の土地に戻ってくるように作られており、永遠にループする世界なのだそう。


 その他にも巨大な死体の上に出来た世界だとか、2人の超人が腹を痛めて生み出した世界だとか、なにもない空間で生まれた卵が爆発して生まれたとか、じゃあその卵を産んだのは誰なのかだとか、そもそも巨大な死体になった生物や2人の超人というのは一体どこで誕生したのかとか、色々な説や話がずれた議論が存在している。


 しかし結局のところ全て根拠らしい根拠は何もなく、正解は誰にもわからない。空隙都市においても、そこが一番栄えている『とされている』状態なのは、このように、カタスヨの園に関する事が、謎に包まれたままだからだといえる。

 だが、だからといってそれを確かめようとする者もまた、この世界には誰1人としていない。


 なぜならそれは、この世界が『』だからである。


 街を歩けば、1秒前まで隣にいた筈の者が消えている。道を歩いていたら、いつの間にか下半身がなくなっていた。家を出ようとドアを開けた瞬間、ブラックホールが口をあけて待っている。しばらく使っていなかった鉛筆が大木に育ってしまい、住居を破壊。近隣との喧嘩に発展して、数時間後には街が1つ消失。朝食の目玉焼きを食べようとしたら黄身からひよこが孵る。昨日まで子どもだった相手が今日は老人で、今日は老人だった相手が明日は胎児になって、羊水で布団に芸術的絵画を描き出している。エトセトラ、エトセトラ。


 この程度の超常現象は、このカタスヨの園では、日常茶飯事だ。挙げればキリがない。

 先のアウルが足をひっかけた根っこだって、この超常現象の1つだといえるだろう。


 とはいえ、その殆どの現象の原因は不明であり、なぜそのような事になったのか、わかるだけ奇跡である。死んだ理由も知らぬままに死ぬ者など、大勢いるだろう。


 否、正確には、死んだ事に気づかずに死ぬ者といった方が正しいかもしれない。

 いつどこで何が起きるかわからないこの世界では、自分が死んだ、とはっきりわかって死ねる者の方が、必然的に数が少なくなる。


 生き残りたければ、己の『実力』でこの世界を乗り切り『命』を守るしかない――、それが、実力と命がものを言う、カタスヨの園の実情だ。


(私も……、ジュードさん達が来てくれなかったら、死んでたんだよね)


 今更ながらに、死への恐怖がアウルの中に甦ってくる。

 一度は死を覚悟したとはいえ、生き残ってしまえばわきあがってくるのは恐怖の2文字だ。運も実力の内とは、まったくもってよく言ったものである。


「えぇっと、その、つまりジュードさん達は、その突然音信不通になった調査員さん達を探している……って、事ですか?」


 ジュードの説明を頭の中で整理しながら、アウルはジュードに尋ねた。

「いっえ~す! その通り」と、ニカッとジュードが満面の笑みをその顔に浮かべる。


 ようやく理解出来た事情に、アウルは、なるほど、と心の中で頷いた。

 つまり、この2人は、最初から目的があってこの林の中に居たらしい。

 そこで、たまたまアウルが大鴉に襲われているのを見かけたので、助けに入ってくれた。それが事の次第らしい。


「本来なら、調査員がいなくなろうがなんだろうが、俺達、宝探し屋の知るところじゃねぇんだけどよぉ。どうやらこれが、一度や二度って話じゃなくて、もう何度も起きてるんだと。おかげで、うちのオババがブチキレでよー。調査員用意するのも簡単じゃないのよぉ~って」

「お、おばば……?」

「そう! あ、オババって、うちの受付嬢兼組合取締役ね。要は上の人よ、上の人。受付嬢とかって自称してるけど、もう嬢とかって枠じゃねぇだろって感じのオババでさー」

「はあ」

「んで、そのオババから事件調査の白羽の矢が立てられちまった可哀想な宝探し屋が、俺とバディってわけ。ったくよー、朝からちょーっとバディと喧嘩して暴れただけで、こんな仕事押し付けられるんだからたまもったもんじゃねぇよなー」


「そりゃあ、その辺にある食器を武器代わりにしたのは謝んけど、別に喧嘩ぐらい他にもやってる奴いっぱい居るし、食堂半壊させてる奴だっているじゃん、みたいな?」と、口をすぼめながらブツブツと続ける。


(いや、それは自業自得というやつなのでは……。というか、喧嘩ぐらいって、え、なに、宝探し屋の組合ってそんな暴力的な場所なの)


 いや確かに、こんなこの世の混沌が全て煮詰まったような世界で、『宝探し』なんて稀有な事に身を投じている者など、変わり者の一言でしかないのだろうが。

 先のジュードの戦い方といい、どうやら宝探し屋というのは、なんとも物騒な人々の集まりのようだ。アウルの頬を、先刻とは違った意味の恐怖が冷たい汗となってつたっていく。


「にしても、嬢ちゃん。なんだってあの大鴉共に襲われてたんだ?」

「え」

「確かに鴉目タイプの獣は気性が荒い部分はあるが、比較的理性的な奴らの筈だぜ。こっちから手を出さなきゃ、あぁまで怒るっつー事は、そうそうねぇ筈なんだがなぁ」

「それは……」


 どうしよう。どこまでこの(物騒な)人達に自分の事を話しても大丈夫なんだろうか――ジュードの問に、アウルが逡巡した時だった。


「おい」


 新たな声が、その場にあがった。

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