第3話 どんな命も皆仲良く『平等』に

 ズドオオオオオオオオオオオンッ‼ と、大地震にも似た衝撃が、周囲を襲った。


 地面が大きく揺れ、アウルの視界にあるもの全てが輪郭を失ったかのようにブレる。

 木々が揺れ、あまりの衝撃にバサバサと化物達が激しく飛び立った。黒い無数の大鴉達が、途端アウルの頭上、その上空を埋め尽くす。ギャアギャア、バサバサ、ギャアギャアと、騒々しい合唱が林の中をこだまする。


(こ、今度は何⁉)


 アウルは、震源地――、謎の少年が降ってきた方を見た。

 瞬間、目の前に広がっていた予想外の光景に、アウルはその目を瞠る事となった。


 そこにあったのは、化物の上に乗る少年の姿だった。

 黒髪、黒服、黒のパンツに黒の靴。全身を黒で覆った、細身の少年。顔には奇妙なゴーグルが装着されている。まるで目元のみを覆う金属製の仮面に、望遠鏡レンズを取り付けたかのような、見たこともない形のゴーグルだ。チキチキ、チキチキと、忙しない音をあげながら、レンズ部分が伸縮を繰り返している。何かを細部まで見定めようとするかのように伸び縮みを続けるその動きは、まるで本当に望遠鏡のレンズのようだ。


 奇っ怪な装飾品を身に着けた少年。

 だが、それ以上にアウルの目を惹いたのは、彼が手にしている物の方だ。


 少年の手中――、そこには1振りの大剣が握られていた。


 ドス黒く幅の広い刃を持つ大剣。大剣というよりは、大剣型に切り整えられた鉄の塊と言った方が合っているようにも見える。それでも辛うじてそれが大剣だと認識できるのは、少年の手中で金色に光る柄の存在があったからだろう。金色に輝く派手な柄に、不気味な程にドス黒い鉄の刃。なんともアンバランスなデザインの大剣だ。


 そしてそんな大剣の刃が、化物の首を貫いていた。


 巨大で、極大で、アウルの事など丸呑みしえしまえそうな程の化物の太い首を貫き、その巨体を地面の上に縫い付けている。化物は白目柄を向いており、意識がない事がわかる。この状態だ。どう足掻いても生きてはいないだろう。


 しかし、少し前までは自分を殺そうと躍起になっていた筈の相手が、一瞬で息絶えているという現状を、アウルは理解しきる事ができなかった。ぽかんと間抜け面をさらす事しかできない。


 少年が「ふぃ~」、と息をついた。ぐいっと、頬を手の甲で拭う。

 その頬に付着していた化物の血らしきものが、薄っすらとした跡だけを残して拭き取られる。


「よぉ、バディ。無事に嬢ちゃん助けられたみてぇで、よかったじゃん」


 少年が言いながら、アウル――、正確にはアウルの前に立つ少年の方へと、顔を向けた。

 ニヤリと、意地悪げに少年の口が弧を描く。


(『バディ』って、あの『相棒』のバディ?)


 と、いう事は、この2人は知り合い同士ってこと? おそるおそる、アウルは目の前の少年の背中を見上げた。


「来んのが遅ぇ」


「いやん、そんなツレねぇこと言うなよぉ。これでも、スーパー超特急で駆けつけてやったんだぜ? このデカブツ背負って木登りすんの、結構骨が折れんだからな?」


「知るか。んなの、その獲物を使ってるテメェが悪ィだけだろが。それから、超とスーパーは同じ意味だ、馬鹿たれ」


 バディ、と呼ばれた少年が苛立たしげに、自分に話しかけてくる少年に言葉を返す。

 が、少年の方は意を介していないらしく、「ありゃ、こりゃ失敬」とケラケラとバディに笑い返している。チッ、とバディが舌打ちをする。


(な、なんかあまり仲が良くないのかな……)


 相棒、と呼ぶわりにはあまり仲が良好ではなそうな2人のやりとりを前に、アウルの中に先刻までとは違う、一抹の不安が横切った。


「あ、あの……」


 あなた達は一体なんなんですか。そうアウルが2人に向かって訊ねようとした時だった。


 ――ギェエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアッ!


「!」


 周囲の鴉達が一斉に鳴き声をあげ始めた。


 ――長ガゴロザレダ、ゴロザレダァ

 ――ユルズナァアアアアアアッ

 ――殺ジダヤヅ、殺ス、殺ス

 ――敵、敵ヲウデ、仇ヲウデェエエエエエエエ


 鳴きわめきながら、鴉達が一斉に少年の方へ飛びかかる。

 まるで巨大な槍の雨のようだ。思わずアウルの口から「危ない!」と悲鳴にも似た声があがる。


 が、


「あ。忘れてた」


 そんな軽い声と共に、鴉達の方へ振り向いた少年がブンッと大剣を1振りした。


 ザシュッ! と何か斬れる音。「え」と、アウルがその音に瞠目した次の瞬間、少年の方へ飛びかかった鴉達の頭が一斉に吹っ飛んだ。


 ブシャアッと、鴉達の首から血が吹き上がった。ごとん、ぼとん、と地面に鴉の首、ついで体が雨の如く落ちていく。緑で彩られてた地面が、赤黒い色に塗り替えられていく。

 幸いにもアウルの方に、その血と死体の雨が降ってくる事はなかったが、しかし予想外を超える光景にアウルは叫ぶ事も忘れ、唖然とその光景を眺めた。


 少年の大剣を逃れた他の鴉達も、断末魔すらあげる事なく死体と化していった仲間達に唖然としてか、物言わぬまま、少年の頭上で立ち尽くし――この場合は飛び尽くしだろうか――ている。


「いやぁ、悪ぃ、悪ぃ。デケェの一発KOできてテンションあがっちまってたから、まだお前らが残ってんことすっかり忘れてたわ。命あるもん相手にする時は、最後まできちんと面倒見ねぇとな。途中放棄なんてしたら、全世界の動物愛護団体に怒られちまうぜ」


 少年が、からりと明るい声で言いながら、大剣を持ち上げた。柄の部分を自分の肩の上に、担ぐように乗せる。刀身の部分にべっとりとついた血が、その刀身から滑り落ち、ぼとりと少年が乗る大鴉の上に落ちる。


 場にそぐわぬ声音と、動物愛なんとか、とかいう聞いた事もない単語。この少年は何を言っているのか、とアウルの上に大量の疑問符が浮かびあがる。

 鴉達も同じ事を思ったのだろう。ナニ゛ヲ゛イ゛、イ゛ッ゛デル、ナン゛ダオ゛前、ナ゛ン゛ダ、とギャアギャアと騒ぎたて始めている。


 そんな鴉達に、少年が「あり? わからねぇ?」と不思議そうに首を傾げた。


「ほらよく言うじゃん? 命は対等なものってよ。どんな命も皆、この世でたった1つしかないもの、だから決して差別やいじめなんかはしちゃいけないってさ。てことはつまり、どんな命も皆仲良くってことだ」


「それってつまり、お前らの命も、こいつらが報われないし、仲間はずれにされて可哀想だろって話」――そう言って、にっこりと口元に満面の笑みを浮かべると、少年はもう片方の手を大剣の柄に添えた。


 ――次の瞬間、林の中は阿鼻叫喚の大会場と化した。


 ザシュッ、バキッ、ブチュッ、ドシュッ、ガキッ、と様々な暴力的な音が、「ギ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア‼」「ギェエエエエエエエエエエエエッ‼」と化物達の叫び声と共に林の中に響き渡り続ける。少年が大剣を1振りする度に、化物達と彼らに振るわれる暴力の音が大合唱を巻き起こす。


 時折バキバキバキバキッ、と林の木が音を立てて倒れた。まるで惨劇のスパイスだというように、その太い幹で化物達を押し潰しては、断末魔というバックコーラスを追加していく。


 時々、その間を縫うように「ヒィヤッッッッッフゥウウウウウウウウッ‼」と楽しそうな少年の声も聞こえ、様々な叫喚が、林の中に響き渡り続ける。


(な、なにこれ……)


 圧倒的なまでに一方的な暴力。

 己を殺そうとしていた筈の化物と、その仲間達が次々と殺戮されていく光景を、アウルはぼんやりと眺め続けた。というよりは正確には、それ以外にできる事がなかった。繰り広げられる残酷な光景に、アウルができる事など何もない。


 その間、バディはずっとアウルの前に立ち続けていた。微動だにせず、その顔をしっかりと、目の前で繰り広げられている光景に向けられている。


「あ、あの……」とアウルは思わずバディに声をかけた。

 バディの方へと、軽く身を乗り出す。


 すると、


「動くな」

「え」


 シュッ、とアウルの鼻の上を何かがかすめた。

 ピリッとした痛みがアウルの鼻の上に走る。その痛みに思わず「いっ」と声をあげながら、アウルは鼻に手をやった。微量ながら血が出ている事がわかる。


 何がかすめたのか、それを確認しようと、アウルは自分の足元辺りに転がっている、その何かに目を向けた。


「ひっ!」


 転がっていたのは、鴉の頭だった。どうやら、一部の鴉の頭がこちらに向かって飛んできたらしい。地面に上嘴を突き刺す形で刺さっている。ぽっかりとあいた下嘴は、カパカパと揺れており、そこからダラリとやけに白く濃い涎を、血と共に垂らしている。


 目は見開かれ、黒く光のない目の中に、アウルの恐怖で引きつった顔が映し出される。


「死にたくなきゃ、そこから1ミリも動くな」


 続けられたバディの言葉に、アウルは無言でコクリと頷いた。

 今度は、バディの言葉の意味がしっかりとわかった。


 愉快な惨劇は、まだまだ続いている。「Yeahhhhhhhhhhhh!!!!」と少年の叫ぶ声。続いて聞こえる、斬撃音と化物達の断末魔。終わる気配は一向に見られない。


(い、一体全体、本当になんなの――⁉)


 声に出せない絶叫をアウルが胸中であげた瞬間、ガギャアアアアアア! とまた新たな絶叫が、林の中を木霊したのだった。

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