第五夜『自然の中にある人達-Back to Nature-』

2022/05/15「森」「少女」「最弱の世界」ジャンルは「大衆小説」


 森の中に村があった。その村は科学技術を嫌っていた訳でも、環境開発を嫌っていた訳でもないが、自分達は自然であるべきだと考えていた。

 村の中の一軒家に老人とその孫娘が暮らしていた。本来なら孫ではなく子がその老人と暮らすべきだと言う人が居るかもしれないが、この村の人達にとって余所の家の事情に口を挟むのは自然ではなかった。

 老人の孫娘は十に届くか届かないかという年齢で、老人や友人や近所の大人達と日々を過ごしていた。この村では言うまでもなく、それが自然だからだ。


 ある日、村に青くて背の高い人が訪れた。こう言う事は年に二回かもっとあり、村にとってこれが自然な事だったから誰も驚かなかった。

 老人の孫娘を始めとした村の子供達は、その青くて背の高い人の事が何だか分からなかった。大人達は青くて背の高い人の事を『ゴセンゾサマ』とか『シュゴレイサマ』と呼んでおり、子供達にはそれが何の事か理解しかねていたが、大人になれば理解できる事だと教えられ、それが自然な事だと受け入れた。

 青くて背の高い人は村に訪れると酒を呷り、村で乱暴を働き始めた。大人達は青くて背の高い人の乱暴から逃れるべく距離を取り、被害は建物や公共の場にのみ及んだ。村の人達が速やかな退避をしたのも、この村ではそれが自然だったからだ。

 老人の孫娘はいよいよもって青くて背の高い人の事を不自然だと思い、老人からもしもの時は使いなさいと習わされた石弓で青くて背の高い人を撃った。この村では老人の様な教育は自然な事だった。

 青くて背の高い人は膝から崩れ、その場で倒れた。村の子供達は青くて背の高い人が死んだのか興味を持ち、まだ息がある事を知ると老人の孫娘同様に大人達から習った各々のやり方で青くて背の高い人に武器を向けた。

 薪割り用の斧や、農業用のフォークや、洗濯用の竿で強かに打たれた青くて背の高い人は呼吸を止めた。呼吸を止めた青くて背の高い人は地面に溶ける様に消えた。

 大人達は子供達の勇敢な行ないを、自然な事だ! と誉め、青くて背の高い人を恐れて逃げた子供達の事もまた、自然な事だと評し怒る事は無かった。この村ではこれが自然だった。

「また次の時節に村を訪れますよ」

 どこからともなく、そう優しい声が聞こえた。老人の孫娘は声の主はどこかと首をかしげたが声の主は見つからない。この村ではこれが自然な事だった。


 ある日、村に旅の男が訪れた。旅の男は宿と食事を求め、うちには空き部屋があって客人をもてなす事が出来るからと、老人が旅の男を家に泊めた。

 旅の男は商人でもあり、食事をとると村の人達と商談を始めた。村の人達は旅の男からあまり大金を取るのは自然じゃないからと、ささやかな金額を受け取ったり、或いは価値のある物で物々交換をして、その日の村は眠りについた。


 老人の孫娘が村の外れの、村と森の境にあたる場所を歩いていた。村の人達は獣道には用がない限り入らず、村と森の境には虫や獣が避ける香草が生えていた。これも村の人達にとって自然な事だった。

 老人の娘はこの村と森の境にある香草を取りに来ていた。作物と土壌にもそれが守るルールがあり、これを破ると土が痩せたり植物が育たなくなる。これも村にとっては自然な事だった。

 そこに先程の旅の男が訪れた。旅の男は老人の孫娘が一人で使いをしている事に感心し、この村では一人で村から離れる事は普通なのか、大人の目の届かない場所へと使いへ出されるのはよくある事なのか、他の子供達もそうなのか、危険な事は無いのだろうか。と質問をし、老人の孫娘はその都度、この村ではそれが自然な事です。と説明した。

 旅の男は老人の孫娘の話を興味深そうに聞き、周囲の様子を窺って、人が居ない事を確認すると、老人の孫娘に襲い掛かった。

 老人の孫娘ははっとしたが、旅の男の動きは子供からしてどうしようも無く速く、体格の差も言うに及ばずであった。

 老人の孫娘は地面へ押しつけられ、蔽いかぶされ、そして、その手に持っていたバスケットから石弓を素早く取り出し、旅の男の喉元へ矢を撃った。このような事態はこの村では不自然だった。

 矢は旅の男の喉に刺さり、出血こそ多くなかったが、その命を奪うには充分な損傷を与えた。

 老人の孫娘は重くなった旅の男の体の下から這い出て、息をしていないのを確認した。旅の男の体は青くて背の高い人の体とは違い、地面に溶けるように消えることはなかった。

 老人の孫娘は、血の気を失って青くなった旅の男を見て、この人とは二度と会いたくはないな。と思った。

 優しい不思議な声は今度は聞こえなかった。


 森の中に村があった。その村は科学技術を嫌っていた訳でも、環境開発を嫌っていた訳でもないが、自分達は自然であるべきだと考えていた。

 村の中の一軒家に老婆とその孫息子が暮らしていた。本来なら孫ではなく子がその老人と暮らすべきだと言う人が居るかもしれないが、この村の人達にとって余所の家の事情に口を挟むのは自然ではなかった。

 老婆の名前はリヴィア、その孫息子の名前はタンタンと言った。

 老婆の孫息子は十に届くか届かないかという年齢で、老人や友人や近所の大人達と日々を過ごしたり、老婆から石弓の使い方と使い時を学んで生きていた。この村では言うまでもなく、それが自然だからだ。

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