第6話 10~12月
十月に入って最初の部活。俺は誰よりも早く部室に入った。
俺は自分をレベルアップさせるため、自主練習にさらに力を入れていた。そのためか、最近は一番早く部室に入ることが多い。
まだ足りない。
もっと。うまくなりたい。
その一筋の思いが俺をこうして動かしている。
こんな向上心にあふれる自分は初めてだった。
そしてその日、部の連絡用ホワイトボードに新たな内容が書かれていることに気付く。
書かれていたのは功補が頑張るべき次のコンサート。三月の歌唱部主催、歌唱部と合唱部、そして吹奏楽部のコラボ開催コンサートについてだった。
三月のコンサートは、市が運営しているホールで行う。毎年歌唱部の単独コンサートだったが、今年は元部長の働きかけのおかげで、音楽関係の部活によるコラボを開催するに至ったそうだ。
現部長の二年生の先輩は、合唱部と吹奏楽部の有志と組んで、バンドをやるらしい。先輩はボーカルだと、ホワイトボードで大きく書き出されている。今回は一人で一曲、全部で三曲歌わなければならない。しかし、残りの二曲は別に一人で歌う必要がない。先輩のこの宣言は、そんなルールからできることだ。
俺には、楽興部にも吹奏楽部にも知り合いはいないので、一人で頑張らなければならない。しかし、その分プレッシャーもあって、やる気が出ると言うものだ。
俺はそんな感じで気合が入っていた。
十一月になり肌寒くなってきている。朝起きるのが辛いという言葉が四方八方から聞こえてくる。そして、そう嘆いているのは俺も例外ではない。
日の出が遅くなり始めた季節でも、この学校の先生の中にはとても勤勉な人がいるらしく、学校は必ず六時から開いている。俺は毎日五時には体を無理に覚醒させては、部室に足を運ぶ毎日を送っている。
そして今日も、まだ日が出始めたばかりの外を俺は歩く。ここ何週間で俺とすれ違う人間の服装は、もうすぐ来るだろう冬に着るような暖かそうな服装を多く見ることが出来た。
俺ももちろん眠いのではあるが、文化祭の悔しさが俺を動かしていた。
最近では俺が一番乗りで音楽室に入ることが多くなった。誰もいない静かな部屋に入ると、この広い部屋を一人で独占している優越感みたいなものがある。
しかしその優越感は五分程度しかもたない。彼女が来るからだ。
「……いたんだ」
あいさつにしてはそっけないものだったが、俺は、手を挙げてそれに応えると、早速基礎トレーニングから始める。もう腹筋も背筋も腕立て伏せも、その他の体操もほぼ息切れなくこなせる自分を見て、成長したもんだと自画自賛。
「まってよ。一緒にやる」
そして最初の頃より一番変わったのは、由佳里との仲だと思う。相変わらず口は悪いが、それでもかなり物腰柔らかくなった。俺の慣れと相まって、今では特に気になることもない。
「あんたこんな時間に来て眠くないの?」
「いや、俺は練習あるのみだからな。できる時間はしっかり練習しないと」
「基礎練でヒィヒィ行ってた頃が懐かしい」
「そんな話引っ張り出すなよ」
由佳里はそれをみて意地悪に笑う。これを見るだけでも、あの頃に比べだいぶ良くなったなと思う。
少しは由佳里と仲良くなれたのだろうか。
「まあ、練習始めるか」
と、いつものように、歌の練習を始める。
しかし、季節は冬。最初から思うような声は出ない。体は温まっているが、どうにもおかしい。
由佳里はそんなことない。不思議だ。
「何でそんな朝っぱらから声出るんだよ」
「君と違ってバカじゃないから。出るように工夫してるの」
「教えてくれよ」
「ヤダ。バカには教えない」
たった、会話の往復二回でバカと二回言われた。
「バカバカバカバカって……さすがに傷つくぞ」
「うるさい、練習中」
と、睨まれそれ以上何も言えなくなってしまった。
もしかしたら、仲はあまりよくなっていないかもしれない。
いよいよ一年の締めくくりの月である十二月となり、冷えはさらに厳しくなってきた。
一方で歌唱部は、熱い盛り上がりを見せている。部員全員、といってもそんなに多いわけではないが、年度最後の大舞台に向けて、練習に集中している。
コンサートは生徒だけでなく、街の人も招待してとても大きなイベントになる。それだけ俺達もしっかりとした準備をしなければならない。
そして今俺は歌う曲が二曲決まり、それを猛練習している。しかし部員の中ではかなり遅れている方だった。他の人はもう三曲決まっていて、決まっていないのは俺だけだ。このまま決まらないと、後の影響に支障が出る可能性がある。
町に出て、いろいろなレコード店を巡っては考えを巡らせている。
しかし、なかなか決まらない。三曲目は俺の最後を締める曲、大事に選びたいという思いが俺を苦しめていた。
年末最後の練習である今日も結局決まらず、家に帰って、自分の部屋のベッドにある毛布にくるまる。
もこもことしたあったかい毛布は俺の疲れ切った体をやさしく包んでくれる。
つい三十分ほど目を閉じてしまうほど心地よい。
夢の中で、音楽室で練習していた俺は由佳里にバカと永遠に言われ続けた。俺がいったい何をしたというのだ。そう大声を出したくなる。
悪夢から目が覚めた時、ふと思いつく。
由佳里とコンビを組めばいいのではないか。
曲は誰かと歌うことも可能だ。三曲目として、向こうの決めた曲に乗っかり、一緒に歌えば見事問題なし。
しかし、二つの大きな障害がある。
第一の関門として、由佳里が俺の誘いを了承してくれるか。
第二の関門として、彼女の歌についていけるか。
別に由佳里じゃなくてもいい。
そうは思ったが彼女と俺は同級生。組むなら一番自然だ。そう思い、俺は由佳里に向かって、メールでその旨を伝えたところ。その返事は俺が想像するよりはるかに早く返ってきた。
あんたなんかと組むわけないでしょバーカ。
何の容赦もない返信。
早速第一の関門を俺は乗り越えることが出来なかった。
ちょっと落ち込む。
しかし、落ちこんでいる暇はない。
ないのだが。
「どーしよ……」
と天井を見上げる。
このままではいまやっている曲にも集中できず、今後の練習にも影響が出てしまうだろう。文化祭のような気持ちになるのは二度とごめんだ。聴衆のみなさん全員に認めてもらえるような完成度を今回は求めているのだ。早々に不安要素は取り除きたい。
だったらさっさと適当に決めれば良いのにと言う悪魔的な自分がいるのだがそうはいかない。
この三曲目。先輩からのお達しで、コンサートのフィナーレを飾る歌なのだ。さらにリクエストとして、テンポ遅めの感動的な曲にしなさいとのこと。
自分が今まで決めてしまった二曲は残念ながら最後にはふさわしくないアゲアゲな曲ばかり。その流れで俺がいきなりそんなスローテンポの曲を歌い始めたらどう思うだろう。
明らかに違和感がある。
故に俺はじっくり曲選びをする。多少古い歌でも別に練習するから問題ないと言い訳して、二十年前の歌とかも見ている。
しかし、フィナーレとして納得できる曲がさっぱり見つからないのだ。
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