出会い編

第十二話『ヒナ』

 アイが死んでから一年半が経った。

 

 高校を卒業した中山陽菜(ヒナ)は、ギターケースを担いで家を出た。

 ライダースにマーチンの8ホール、緑色のショートヘアをスプレーで逆立てていたヒナは、典型的なロック少女だった。


 ヒナが小学3年生の時だった。押入の中で、段ボールに入った大量のCDを見つけた。 

 ヒナは、それを床に広げて並べた。CDのジャケットはカラフルで、見てるだけでなんだか楽しい気持ちになった。

 金髪の少女の顔が描かれたジャケットが目についた。なんとかBOYZと英語で書いてあるが、読み方は分からなかった。  

 家にあった古いステレオにそのCDを入れ再生ボタンを押すと、突然スピーカーを壊すような大音量のノイズが飛び出した。ヒナはビクッとして、慌ててツマミを絞った。ステレオが壊れているのだと思った。

 でもしばらく聴いていると、狂ったように激しく鳴り響く爆音の中からボーカルの歌声が聞こえた。

 そこだけが切り取られ、耳のそばで優しく語りかけてくるようだった。ヒナはその時、パンパンに膨れ上がった不安や恐怖が霧散していくのを感じた。


 それから毎日、同じCDを繰り返し聴いた。

 下の部屋から聞こえる怒声や、何かを叩き割る音を掻き消すように、何度も何度も聴いた。

 しかし、ある日を境に下から聞こえる音がピタッと消えた。

 お父さんは家の中からいなくなり、ヒナが学校から帰るとテーブルの上に五百円玉が置かれるようになった。お母さんは深夜に酔っ払って帰ってくるようになり、何日も帰って来ないこともあった。


 家の中は急に静かになった。

 それでもヒナはそのCDを繰り返し聴いた。今度はその静寂を紛わすように、何度も何度も。




    『ヒナ』


 ヒナは地元の赤羽の小学校に通っていた。駅前の商店街のすぐ近くだった。

 教室では、ヒナの席はいつも同じ場所だった。窓際の一番後ろ。そこがヒナの定位置だった。席替えでその席に当たった子は、黙ってヒナに譲った。


 休み時間になると、ヒナの周りにはみんなが集まった。

 髪の毛を茶色に染めていたのはクラスの中ではヒナだけだったし、中学生とか高校生みたいな短いスカートを履き、薄いリップを付けてくることもあった。

「ヒナちゃん、カッコいい」と、よくみんなから言われたヒナは、みんな自分に憧れているのだと思っていた。

 しかし、アイドルに群がるファンのようにヒナを取り囲む子達の行動心理は、強い同調圧力、それだけだった。


 ヒナの一言。

「あの子、ウザくない?」

 その一言で、次の日からその子は孤立した。誰にも話しかけられなくなり、話しかけても返事をされなくなった。

 クラスの子たちは、ヒナを恐れ、競うようにヒナのもとに集った。


 見せしめのように、毎日ある女子が虐められていた。

 放課後、校舎の裏でヒナの取り巻きの一人が、その子のランドセルを開けてひっくり返した。教科書やノートや、筆箱から鉛筆や定規が、バラバラと床に落ちた。

「やめてよ!」と、その子が言うと「喋んな、ブタ」と誰かが言った。

 その中に板チョコが一枚混ざっていた。

「あ、いけないんだ!」と一人が言い「チクっちゃおうよ」と一人が言った。

 その子が屈んでチョコを拾おうした時、誰かがチョコを蹴り飛ばし、肩を押した。

 その子はドシンと大きな音を立て尻もちをつき、目の前にいたヒナを見上げた。


「そりゃ、太るわ」と、ヒナが言うと、みんなが笑った。


 その子は悲しそうな顔で、いつまでもヒナを見上げていた。

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