ネット探偵!

夕日ゆうや

前編 事件編

『妻の浮気調査をしてほしい』

 そう訊ねてきたのは中年の男。小太り気味で額には脂汗を浮かべている。

「それで後悔しませんかね?」

 浮気の調査依頼。

 浮気していることが真実であれば、夫婦間の信頼関係は崩れる。子どもでもいれば、その親権や財産について争う覚悟が必要だ。

 逆に浮気していなかった場合、妻を疑う目を一度持ってしまった以上、夫婦円満とは言えない。どうしても疑ってしまうものだ。

『後悔は、しません。きっと妻は浮気をしているのだから』

「ならお任せを。我らネット探偵に解けない謎はない!」

『あの、本当に大丈夫なのですか? ネット探偵・伊達だてって』

「はい。大丈夫ですよ。わたくし、伊達がどんな謎も解決してみせます」

 そう言ってかたかたとキーボードを動かす俺。

 伊達正宗からその名をとったらしいが、一発で覚えられる名前なので名付け親には感謝している。

 キーボードの操作を終えると、妻・好子よしこの居場所が分かる。GPSで位置を特定。

 その近くにある防犯カメラにハッキング。幸い、初期パスワードだったので攻撃プログラムは使わなくてすみそうだ。

「きたきた」

『何がきたんですか?』

 依頼主が不安そうに呟く。

「今、奥さんと男性が接触しています。お茶を飲んでいるようですね。画像データを送ります」

 依頼主のスマホに画像を送ると、妻と男性の後を追う。

 お茶を終えると、ラ〇ホに向かう二人。

「あらら」

 これは依頼主さんも大変だ。裏切られたのだから。

「今、ラブ〇にいきましたよ」

『なんだと!』

 依頼主は激高し、その場を立ち去ろうとする。

「まってください。料金は?」

『ああ。そうだったな』

 依頼主は振り込みを終えると、〇ブホに向かって走り出す。

「これで一仕事終わりだな」

 入金されたうん万円を確認したあと、飲むヨーグルトを口に運ぶ俺。腸内環境は良いほうだ。

「こちらも終わり。少し休もうか。伊達くん」

「そうだな。松尾まつお

 全身ブルーの格好をした松尾がにへらと顔をほころばせる。

 松尾亜衣あい。水色の長い髪と、サファイヤを思わせる大きな瞳が特徴的な女の子。その見た目に反しえげつない行為をしていたところ、俺と組むようになった。

 可愛いし、柔和な笑みを浮かべることが多いが、その腹は黒い。

「えへへへ。今日はどんなパンツはいているのかな? 伊達くん」

「いいだろ。別に」

 まあ、こいつと出会ってからずいぶんとなつかれたようだ。

「えー。気になる~」

 口元に指の腹を当ててあざといポーズをとる松尾。

 そんな姿も可愛いが、仕事に支障がでるので恋愛はしないことにしている。

「いいから。今日の会計を済ませるぞ」

 会話するのが面倒になり、無理矢理にでも話を変えようとする俺。

「その前に一件。依頼がきているよ」

「こんな夜に? 誰だ?」

 もう夜八時を回っている。先ほどの依頼で最後にしようと思っていたが。

「警察から」

 無表情で淡々と言う松尾。

 その言葉に驚きを隠せない俺。

「マジか」

「マジよ」

 松尾がそう言い放ち、内容を確認する。



 午後六時頃、一条いちじょうほたるさんがビジネスホテルで死亡しているのを確認。ダイイングメッセージとして血のついたアイナの文字を確認。すべてカタカナだったらしい。

 容疑者はアイナ、亜衣、祐介の三人。

 死亡推定時刻は午後三時。

 その際のアリバイがアイナは飲食店でのバイト中。目撃者複数人。

 亜衣はネットカフェで一人でいたが、詳しい確認はとれていない。

 祐介は一条の近くでうろついていたところを職質されていた。

「こんなのアイナがやったんじゃないの?」

「お前はあたまを使え。複数人の目撃情報があるんだ。アイナがやったとは限らないだろ。それよりも……」

 警察側には画像を要求した。

 いくらなんでも文章だけでは犯人を特定できない。

「死後硬直を偽装したか、あるいは……」

 俺にはもうすでに謎が解けている。だが、最後の一押し。それに物的証拠も必要だろう。

 被害者の死因は出血性ショック。

 何度も刺された包丁により、出血多量になり死亡した、とのこと。

 母が死亡時刻に電話をかけている。

 犯人なら気がついているはずだが。

 しかして、物的証拠を見つけるが大変か。

 警察から画像データが送られてくる。その画像を見て確信する。

 誰が犯人なのかを。一条さんを殺した犯人が。

 ちろりと舌を出し、俺はハッキングを開始する。

「俺らハッカーをなめるなよ」

「へへ。伊達くん、何か思いついたんだね」

「ああ。飛びっきりのショータイムさ!」

 俺が犯人のスマホにハッキング。そしてGPS、位置情報を引き出すと、確信する。

「こいつが犯人か。しかし、どうやって物的証拠を出すか……」

「証拠があればいいんだよね? 伊達くん」

「そうだが? 何か手立てがあるのか?」

 俺には思いつかない何かを思いついた松尾。

「えへへへ。それは直接対面してから、だよ」

「いや、俺たちは対面しないのだが?」

 俺たちはネット探偵。表に出ることはない。

 裏でちまちまとハッキングや情報を引き出すことで、真実を見いだすのだ。

「ちなみに、動機も探っちゃいましょう!」

「そうだな。それがいい」

 俺の抜けた穴を埋めるように松尾は働いてくれる。

 この関係が心地良い。

 まるで映画に出てくるバディ感があるのだ。

 俺のミスを埋めてくれるのが、松尾。

「さあ。本気でいきますよ!」

 張り切った声を上げる松尾。

 こうなったら止められない。

 松尾はやるときはやる女なのだ。

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