第3話 街へ

 街の中を並んで歩くふたり。美しい魔女と少しだけ可愛らしい顔をした少年。幹人の顔は赤くて熱を持っていた。周りの人々の視線が気になって仕方がない。黒のレースのついた服はひらひらと揺れ、ズボンは膝の辺りが緩やかな力で締まっていて違和感がどこまでも付きまとって離れなかった。

「私の趣味だから違和感少なめで済んだね」

 周りの視線の意味は恰幅のよい男の言葉で伝わってきた。

「リリ嬢じゃねえか、弟いたのか」

 リリはスッキリとした笑顔を浮かべる。

「いたの、服が私のおさがりしかなくてずっと恥ずかしがって出てこなかっただけでさあ」

 男は幹人の肩に手を置いた。

「恥ずかしがることはないぞ、金がなきゃお姉ちゃんのおさがりを着る弟もお兄ちゃんのおさがりを着る妹もこの街じゃ普通だからな」

 この街はあまり裕福ではないようで、見渡す限り苔むした岩やヒビの生えた地面が広がっていて、建ち並ぶ家々からはツタが生えていた。

「ね、言ったでしょ」

 貧しい街の中、地面に座る少女がナイフで雑に髪を切り、中がむき出しの建物で鍛冶屋が必死に赤く輝く鉄を打っていた。

「ここには家すら持たない人もいてね。だから私たちはこれでも幸せな方よ」

 揺らめくレースの付いた黒い服、この街ではきっとすごく高級な一品なのだろう。人々の視線はそのような事実も含まれているのかも知れない。周囲を見つめて混ざり込んでしまった異物のような気まずさを感じる幹人の頬を両手で包んでリリは顔を近付ける。

「ごめんなさい、昔お母さんがいっぱい贅沢してしまったせいで幹人に男物買ってあげられなくて……許して」

――そういう設定で行くんだ

「ええと……いいって。リリのせいじゃないから」

 全ては架空の母親に押し付けられてしまっていた。進み続けてたどり着いた家はひび割れが酷く今にも崩れてしまいそう。幹人はそれを目にしてただ黙り込んでいた。

「うふふ、いいとこの出のキミには想像も付かないよね。これがこの街の普通の家よ」

 そう、日本のぼろ家など寂れ切ったこの街では立派なものだろう、手入れはできないことが容易に推測できてしまうためすぐにダメになる姿が思い浮かぶが。

「いいところの出の俺を連れ込んでどうする気?」

 リリは幹人をしばらく見つめて家の中へと招き入れる。そこはふたりきりの甘い空間。リリの甘くない話は幕を開けていた。

「で、どこ出身? 善良な魔女さんは幹人にはなにも求めずに送り届けるよ」

 それは感情すらこもっていないただの言葉、甘いはずもなかった。対して頭を掻きながら答える。

「ええと、日本」

 その言葉を耳にした途端、魔女は幹人を睨みつけて即答した。

「嘘。日本って『日ノ出ル東ノ国』のことでしょ? あそこの服の文化じゃない」

 貧しい魔女がなに故にそのことを知っているのか、それを訊ねたくて仕方がなかった。

「そうね、肌の色は日ノ出ル東ノ国のようだけれど、服は……西洋? にしては少しおかしいねえ。私が旅で訪れて二年そこら、変わったのかな、文化」

 異世界から来ました、言えるはずもなく幹人は黙り込む。この世界とは違った世界があり、そこにも日本と呼ばれる国があるなどと言っても通用しそうもなかった。とはいえこのまま突き通したところで旅をしたことのある魔女が再び日本を訪れてしまったら無実の罪が形を創り上げてしまう。


 考えろ


 考えて


 そうして幹人は完全なる嘘で口を染めた。

「実は、未来から来たんだ。洋も和も混ざり合って個性と個性が混ざり合った新たな個性生まれし国、新たなる文化が日とともに昇る東の国」

 通じるか、通じないか、嘘は真となり得るか。

 リリは、微笑んだ。

「なるほー、未来ね。確かに魔法の素質があるし、時渡りの石なんて話も隣りの村には残ってるし、やれるかもね。で、帰れないの?」

 幹人は息を飲む。予想だにもしなかった回答、返す言葉が出てこない。頭の中では混乱と焦りが渦を巻いてなにも考えられなくて。

「どうしたの」

 しばらく様子を見ていたリリは突然なにかを思いついたような表情を浮かべた後、激しくニヤついて言葉を紡ぎだす。

「分かった、使いこなせていないから帰れません、でしょ。私も恥ずかしいわそれ」

 どうにか誤解が生まれて助かったようで、幹人は湧き出る安堵に表情を緩めた。

「安心して、魔法なら私と練習すればいいし、時渡りの石も必要なら一緒に探しに行ける」

 とても協力的な魔女を心強いと思い、出会ってから日も浅いにも関わらず完全に信用しきっていた。


 そうしてひとつ、ふたりの間で嘘が風聞という形となってこの世界に生まれ落ちた。

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