第6話 ハンター


 時は、少々遡ること約十分ほど前。ここの件りの会話は日本語吹き替え版だ。

 

 まだFBIチームが集結する前、日本報道クルー中継現場近くの交差点から約500m北側の通り沿いに建つ、ホテルの屋上南東部に二つの人影があった。

 26階建て、高さ114m、部屋数1600、数々の著名人やVIPも利用した歴史ある高層四つ星ホテル。

 一応ホテル警備には、警察関係者として入館の許可はもらってあるようだ。


「あー、ゲートカラーはコバルトブルーか?でかいな…猪?何あのサイズに二本角?エグいな……なあ、あれ知ってるか‶リディ〟?」


 黒パーカーにカーゴパンツの男は、ライフル用であろう単体の長距離用スコープを覗き、事の騒ぎの様子を窺いパートナーに呟き問う。

 鍛え抜かれた身体に、髪はグレー系マッシュウルフ、琥珀色の瞳に欧米、東洋ハーフ顔のクソイケメンだ。


 その両手には、杭で打たれたような傷跡が刻まれている。

 キリスト教圏の者が見れば「それって【聖痕スティグマ】じゃね?ヤバくね?イケてね?」と、やんややんや言われることであろう。 


 【聖痕】ラテン語で『スティグマータ』とは、イエスキリストが磔刑にされた際の傷跡。釘で打たれた両手両足と、ロンギヌスの槍によって貫かれた脇腹の傷跡が由来とされている。

 稀にその傷跡が、原因不明で身体に現れる現象があり、カトリック教会では「奇跡の顕現」と見なされている。



「目標までの距離1260…あれは『ボア・グランデ』ね。別名『ベヒモスモドキ』とも呼ばれる種よ。ゲートカラーはコバルトブルー、カテゴリーは【アウターゲート】で間違い無いわ」

 

 冷淡にそう答える「リディ」と呼ばれる女性は、165cm前後。

 黒地の所々に金色の刺繍で装飾模様が入ったレザー系フード付きのハーフコート。タイトパンツにロングレギンスの装い。

 見た目的には、まだ10代後半のティーンエイジャーだが、かなり大人びいてる印象。


 白銀色の肩に掛かるか程度のショートめの髪に、透き通るような白い肌。

 その顔立ちは超黄金比率で幻想的。この世の者と思えないクっソカワ美形。

 

 その距離を、正確に計測し見据えるその鮮やかなグリーンの瞳は淡い光を放っている。

 比喩表現では無く‶発光〟しているのだ。

 更に驚くべきは、風で靡いたその髪の隙間から見えるのは、控えめだが尖った耳。

 それは、ご存じTHEファンタジー、メシウマ生物人種版。


 ──エルフだ。

 

 漫画やアニメでのエルフの種族特徴と言えば、分かりやすく長く伸びた耳だが、彼女曰く「あんなに長かったら、枝葉に引っ掛けてもげるわ」と、森人には致命的だそうだ。

 

 その存在は、多くのフィクション作品には登場するものの、現在の地球には生存し得ない、神話や伝承で確認される程度の幻想人種が何故にここに居るのか?

 

「そのボア・グランデだかベヒモドキだか知らんけど、あの分厚い体毛が厄介そうだが、どうなんだあれ?」 

「かなりの耐性があるけど、額の部分は薄いからそこを狙えばいい……いける?

‶トール〟。一応『精霊術』で補助はするけど?」 


 リディは風で顔に掛かった髪をかき上げ、何やら中二ワードを言い放つが、どこぞの神話の雷神かのような名で呼ばれる「トール」には日常ワードのようだ。


「あー助かる。図体はでかいが角は邪魔だし、ピンポイントとなるとかなりシビアだな、しかも2頭はエグイな」

 

 高スペック超スポッターのサポートに感謝を述べながら、トールはガンケースから各パーツを取り出し、手際良く銃を組み立ててゆく。

 

 フィクションでの狙撃手は、単独が主で孤高のスタイルが印象だが、実際の軍での作戦行動中においては、狙撃手は観測手スポッターとのペアで行動するのがセオリーだ。

 スポッターは、狙撃に必要な情報を的確に伝えると同時に、狙撃手が目標だけに集中できるよう、視覚外の他の脅威や問題にも対応するのが主な役割である。

 

「標的距離600。あ、FBIチームも来てるようね。けど、一般人が多すぎる。その辺りの処理も頼んであるんでしょ?」

「‶ギルド〟から、その辺も含めて協力と支援要請は行ってるはずだが、うちは特殊なだからな。公の機関と上手く連携が取れるかどうかだ」

 

 隠語か何か新たに匂うワードが飛びだす中、FBIチームが現場の整理に当たっており、トールも銃の組み立てが終わったようだ。

 

 ショートリコイル、セミオート式、対物狙撃ライフル『M107改』。

 バレット・ファイア・アームズ社製『M82A1』の軍用カスタムモデル

『M107(M82A1M)』を、更に独自の謎な改良を加えたものだ。

 弾薬は12.7x99mmNATO弾(.50BMG弾)を、謎な特殊加工をした物を使用。

 因みに「.50」とは、0.50インチのことである。


 余談になるが、実戦でアメリカ軍が、М82による対人狙撃をした際は、2km先の敵兵が真っ二つに両断…と言うエっグい威力だ。


「ねぇ‶ルドルフ〟から持ってきたプレゼントってそれだけ?」

 

 リディは何気なく屋上手すりから下を退き込み、ホテル傍に駐車している黒塗りのウォークスルータイプのバンを見下ろし不備が無いか確認する。


 どうやら「ルドルフ」とは、作戦物資運搬の手段であり「プレゼント」とは、作戦に必要な武器、弾薬、装備類などの隠語のようだ。

 仮に不測の事態となれば速やかに下に降り、再びルドルフへと向かい秘匿性満載の完全フル武装が可能な状態だ。


 因みに「ルドルフ」とは、サンタクロースのソリを引く赤鼻のトナカイの名から引用したもの。

 

 それとは別に、トールはいつ何時起きるかに備えて、常時臨戦態勢とばかりにハンドガンとナイフは常に携帯している。

 

「十分だろ。スポッターに我らがマスターリディ様がいるなら、もう勝ち確決定の事案だろ、フォースが共に在るのに他になんか必要か?」

「……別に必要無いならそれでいいけど。って、私はどこのジェダイマスターかしら?」

 

 某宇宙戦争映画ジョークに、冷やかながらもノリツッコミで対応できる万能エルフ、中々のカルチャー好きのようだ。

  

「あーあ、車両バリケードがすっ飛ばされたよ…でかいバスがすげー勢いで転がってるし…」 

 

 屋上の手すり部分にライフルのバレル部分を乗せ、スコープ越しで状況を見定めながら呟くトール。

 バイポット(二脚)を手すりの内側に当て、銃身が動かないようロック代わりにしているのだが、手すりの高さが微妙。膝を曲げるか伸ばして前のめりかと、中々居住まいが定まらない様子だ。


「……変なかっこうね」

「やかましい!」


 トールは狙撃手としては腕は良い方ではあるが、専門と言うわけでは無いようだ。

 そしてトールは、イヤホンタイプの通信機を耳に付け、事前の作戦打ち合わせ通りに通信を始めようとする。

 

「んー、チャンネル幾つだったか?…ん?あのFBI、ドゲットのおっさんか?」

「知ってる人?」


 FBIチームを指揮する、やたら賑やかなブロンドオールバックが乱れて、ちょい前髪垂らしのナイスミドルガイが目に留まる。

 

「あー、ジム・ドゲット特別捜査官?前に関係の案件で、ちょい仕事を共にした、尻フェチの元気なおっさんだ」

「ふーん、エイリアン?……最近、悪魔祓いとかもしてなかった?それで今度は害獣退治……ずいぶんと、愉快な人生を楽しんでいるようで良かったわね」

「やかましい!」


 ブラック企業どころかダーク企業、奇妙奇天烈バリエーション豊富な業務内容のようだが、馬車馬の如く、忙しく走り回る同僚に、リディは哀れみの眼差しで皮肉を塗りたくる。

 

「あー、エージェントへこちらクーガー。レディオチェック、オーバー?」ガッ

 

 まずは、FBIチームとの通信状況の確認からだ。

 作戦行動の通信には自分、相手の呼称に「コールサイン」が用いられる。

 トールのコールサインは「クーガー」通信相手の、ジム・ドゲット特別捜査官は「エージェント(代理人)」である。


『こちらエージェントだ!ああ、はっきりとよく聞こえるよ!オーバー!』ガッ

 

 ようやく待ちかねた者からの通信が、短い間とは言え、共に戦った顔見知りとは、青天の霹靂である。

 嘗ての戦友の声に、ニヒルにナイスガイ スマイルを零す、ドゲット特別捜査官。仮に犬であれば尻尾がガン振り状態であろう。

 

「今、LZに到着 配置についた お疲れさん。後は任せてくれ ブレイクオーバー」ガッ

 

 ナイスな尻尾をぶん回すニヒルなゴールデンレトリバーのおっさんとは温度差があるようで、トールは無である。無だ。

 LZとはLanding Zone(着陸地点)で、軍事作戦中ヘリなどが着陸のため一時的に確保した地点のことであるが、今回は狙撃用地点として確保した場所である。


『エージェントよりクーガーへ!!感謝する!!ラジャーアウト!!』ガッ


「うっせ!圧、強よっ!あのおっさん声がでかいんだよ!あー耳が痛ぇ…」

 

 日本あるある風に言えば、居酒屋での飲み会で皆出来上がって泥酔状態の場に、シラフのまま遅れて来て、場の盛り上がりに付いて行けない状態である。


「…その「クーガー」ってコールサイン?コードネーム?は通り名にもしてるみたいだけど、元々は本名のミドルネームから引用してるのよね?」


「ん?ああ、お前が呼ぶ「トール」もだが、元々の本名「トオル.クガ.クレイン」は、とっくにだからな、亡霊にも世間をうろつくには名前が必要ってわけだよ」


 どうやら、トールの本来の名前「トオル.クガ」の部分で察するに、日本人の血が流れているようである。どう言う訳なのか、戦死者扱いと言う事は彼は以前軍人であったことが明らかだ。


「フフ、それで名乗るにしても「トール・クーガー」って文字っただけで安直すぎよね」

「やかましい! んなの適当でいいんだよ!! お前の「リディ」はそのまんまじゃねーか! 死人がプラプラ歩いてんじゃねーよ!」


「フフ、私の方は別にいいのよ。ファミリネームの方は借り物だったし、エルフだし」

「あー元々、政府公認で経歴詐称しまくりだから、その辺はどうにでもなるってか?はぁ、さすがファンタジーVIPは違うねぇ」


「まぁ、そんなところかしらね」


 リディに限っては人種も国籍もだが、そもそも地球人ですらないが故に、トール以上に色々と複雑極まりない事情が隠されているようだ。



「んなことより……ん?あのベヒモドキって、番いだよな?……あいつら…なんか探してねーか?」

 

 名前云々の話はさておき、ベヒモドキの行動に訝し気な表情を浮かべ、何か妙な違和感を感じるトール。


「……まあ、そう見えるけど……それがどうかしたの?」


 番いの巨猪は一旦猛進を止め、周囲の匂いを嗅ぎ何かを探ってるようだ。そして北側にある自然保護区セントラルパークに向けて歩みだす。


「……ん、セントラールパークへでしょ?…元々は森に住む生物だから、とりあえず森を目指そうとするのは当然じゃない?」


 彼らの行動を見る限り、誰しもがそう思うであろう。例えあのような巨大な怪物だろうと、野生の獣であれば至極当然の行動原理。



「……ちっ、そういうことかクソっ」


「!?……どうかした? 何か分かったの?」


 ふと、その違和感に気づき左手で顔を覆い、苦々し気にそう呟くトール。

 普段は表情が乏しい冷淡なリディも、さすがに不安気な表情でトールに問いかける。


 そして、ゆっくりと顔から手を下ろし、こう告げた。



「あいつら……‶ガキ〟を探してるだけだったんだ──自分らのな」

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