第4話 9

 ルーシオの転移で降り立った先は真っ暗で。


 けれど、ルミアがなにか言うより先に、ルーシオは魔法で光球を浮かべて辺りを照らし出してくれたわ。


 彼が抱えたヘリックがぐったりしてるところを見ると、暴れないように眠らせたみたいね。


 本当にお義兄様は気が利くわ。


 一方、一緒に連れてきたオズワルドはというと……


「――ル、ルミア。ここは!?」


 怯えたような声をあげて、せわしなく周囲を見回しているわね。


 本当に小さい男。


 アンジェラ様も、よくこんなのと婚約していたものね。


 ルミアだって、目的がなかったら、こんな男はごめんだわ。


 思わず漏れるため息を抑えて、ルミアは光球に照らし出された、この部屋の中央にある台座に手を乗せる。


「――目覚めてもたらせ。エリュシオン」


 ルミアの喚起詞に応じて、台座から魔道が通って室内に明かりが灯る。


 前方にいくつも光板が開いて、のステータスが表示された。


「――エリュシオンだと? お伽噺の!?」


 オズワルドが驚いて声があげる。


 そうね。


 この場所の事は、この国ではもうお伽噺としてしか知られてないのよね。


 でも、シルトヴェールの王族が――王太子が知らないのは問題でしょう?


 本当にオズワルドは、貴族達の都合の良いお人形だったのね。


「ねえ、殿下。果ての魔女が実在したのよ?

 ……伝説の舟が実在したって不思議じゃないと思わない?」


 まともに王太子として教育を受けていたなら、王族が霊脈浄化の儀式にこの場を使っていると教わっていたはずなのよね。


 ルミアがちょっと城の図書館で調べただけでも、すぐにこの場所の事はわかったくらいだもの。


 城の地下大深度に眠る神話の舟。


 かつてこの地の始祖達を乗せて、世界の果てから逃れてきたのだと伝えられるこの舟は、魔道帝国よりさらに古い時代の探査艦なのよね。


「……ルミア、おまえはいったい、何者なんだ?」


 いまさらそんな事?


「――魔女よ。

 土地を追われた、哀れで惨めな貴属の娘。

 ……それが今までのルミア」


 そうしてルミアはオズワルドに笑ってみせる。


「でも、これからは違うわ!」


 ルーシオが抱えていたヘリックのシャツのボタンを外し、胸元を露わにさせる。


 そこには虹色にきらめく刻印――盟約の詞。


 ルミアはオズワルドの手を引いて、その刻印に触れさせる。


 弱いオズワルドの魔道に、ルミアの魔道を上乗せして通せば、刻印の転写は完了した。


 ヘリックの胸から刻印は消え、今はオズワルドの右手の平にそれは移っている。


「おめでとう、殿下。

 これであなたは正真正銘、この国の王よ」


 ルミアは再びオズワルドの手を引いて、台座の中央にその手を乗せさせたわ。


「――アクセス。ソーサル・スフィア・コラム」


 途端、さらに多くの光板が現れて、エリュシオンが完全に目覚めた事を報せる。


「やったわ! ついに霊脈を押さえた!

 これでこの地はルミアの領土よ!」


 ママ! ルミアはやったわ!


 ……長かった。


 本当に長かったわ。


 でも、これでようやくローデリアのクズどもに復讐できる。


 古き者を廃して、人属を至上とするあの国は絶対に赦さない。


 ママを、村のみんなを焼いたあいつらを、同じ目に――いいえ、もっとひどい目に合わせてやる。


「――ルミア! 説明してくれ!

 おまえはいったい、なにをしようとしているんだ!?」


 人がせっかく感慨にふけっているっていうのに、オズワルドは空気を読まずにルミアの肩を揺さぶってきたわ。


「うるさいわねぇ。

 ――お義兄様」


 ルミアが声をかけると、ルーシオは即座に動いてオズワルドを眠らせる。


 光板に視線を向けると、エリュシオンは霊脈から魔道を取り込んでいて、稼働するまでもう少しかかりそう。


「さて、それじゃあ待ってる間に……」


 台座――コンソールに触れると、光板が浮き上がって地上の様子が映し出される。


 そこには変貌を果たして怪物となったジュードと。


「あら、アンジェラ様もひよこちゃんも、まだ生きてたのね」


 増えまくった<解き放たれた獣>が城を飛び出して、王都をパニックに陥れてると思ったのに。


 城門は閉じられていて、その前の広場で一騎の<兵騎>とジュードが戦闘を繰り広げているわ。


 前にこっそり遠視で見たから、ルミア知ってるわ。


 あれはアンジェラ様の<古代騎>で、確か名前は<闘姫>だったかしら。


 あれだけイキってたクソ漏らしのグレイブが、あっと言う間にやられちゃったのよね。


 ジュードの膨れ上がった身体からは、まるで触手みたいに無数の手が伸びて、<闘姫>を捕まえようとした。


 けれど、<闘姫>の肩に掴まったひよこちゃんが、光閃銃でそれを打ち払って、道を作っていく。


 ……ずるいわよね。


 本当にずるいわ。


 あのふたりは、まるで世界に祝福されたように見える。


 アンジェラ様には特別な<兵騎>があって。


 ひよこちゃんは様々な鬼道具を先代から引き継いでる。


 ルミアはローデリアの所為で、ママからほとんど引き継げなかったっていうのに。


 ――光板の中で。


 <闘姫>の四肢が輝いて、その騎体を包む装甲服が真紅に染まる。


「……EC兵装。

 アンジェラ様ったら、本当にずるい……」


 地位も、美貌も、そして準神器なんて武力まで持っていて。


 ひよこちゃんの光閃銃に、すべての腕を落とされたジュードは、最後のあがきとばかりに腹の大口をこれでもかと開いて、<闘姫>に突進する。


「……終わりね」


 結果がわかって、思わず呟いちゃったわ。


 <闘姫>の四肢の輝きが、右手の甲に集まって。


 ひよこちゃんが<闘姫>の肩から宙に逃れ。


 ひどく無造作に突き出される<闘姫>の拳に、まるで吸い込まれるようにジュードは突っ込んだ。


 <闘姫>の上体がジュードの大口の呑み込まれ。


 けれど次の瞬間――ジュードの身体が一際大きく膨れ上がったかと思うと、その内側から真紅の輝きを放って爆散する。


 まるで噴水みたいに鮮血が飛び散って。


 後に残ったのは、巨大に膨れ上がったジュードの魔道器官を掴んだ<闘姫>で。


 ルミア、思わず声を出して笑っちゃった。


 そうよ。


 そうじゃなくっちゃ、アンジェラ様!


 この国でルミアの前に立ちはだかるとしたら、きっとあなただと思ってたわ。


 だから、真っ先に排除しようとしたんだもの!


 ジュードなんかじゃ役不足よね。


 ……そして、もうひとり。


『――見ているんだろう、ルミア・ソルディス!』


 霊脈を通して、ひよこちゃんが遠話を寄越してきたわ。


 そうよね。


 今、この地は二重領主状態。


 果ての魔女の盟約はまだ破棄されてないものね。


 ルミアが霊脈に干渉できるようになったのは、あの娘にも伝わったはず。


「ええ、見ているわ。

 お陰様で、ルミアもこの地の領主よ」


『……ヘリックを返せ』


 怒りを押し殺した声がおかしくて、笑いが抑えられないわ。


「ん~、もう用済みだからそうしてあげても良いんだけど、ただ返したらつまらないでしょう?

 せっかくだからゲームをしましょう?」


 領主はふたりもいらないもの。


「今からを浮上させるわ。

 それから民をみ~んなルミアの兵にするの。

 リミッターを解除された無敵の軍隊よ」


 そしてローデリアに攻め込む。


 霊脈が閉じられたあの国では使えない手よね。


 ルミアの言葉の意味を正確に理解したひよこちゃんが、息を呑むのがわかったわ。


『……外道め』


「そう思うなら止めてみなさいよ。

 貴属の戦いってそういうものでしょう?」


 ママも言ってたわ。


 争いは、どんな手段を使ってでも勝たなければならないって。


「……先手はルミアね」


 さあ、ひよこちゃん、アンジェラ様。


 ルミアを止めてごらんなさい。


「――エリュシオン、浮上!」





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここで4話は終了です。

 次回から5話。

 最終章となります。

 ご意見、ご感想をお待ちしております。

 「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、ブクマや評価をお願い致します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る