パーティーと悪意
第3話 1
「――おばあちゃん、舞踏会ってなぁに?」
絵本を指差して尋ねるわたしの頭を撫でて。
安楽椅子に座ったおばあちゃんは、絵本ごとわたしを膝の上に抱き上げる。
「こないだ行った、パーティーみたいなもんだよ。
まあ、年頃の男女が番う為の見合いみたいなもんでもあるね」
おばあちゃんの言葉は相変わらずむつかしい。
「男女でペアになって、一緒にダンスするのさ。
それで気があったら、お付き合いしましょうってね」
「ダンス? アレ、楽しそうだった!」
そういえばパーティーの時に、男の人と女の人が身を寄せ合ってくるくる回ってた。
楽しそうに見えたけど、どうやったら参加できるかわからなくて、ぼんやり見ているうちに、いじわるな男の子に髪をバカにされたんだっけ。
わたしはおばあちゃんの膝から飛び降りて、足元で丸くなっていたイフューの前足を掴んでくるくる回る。
「――なにっ!? なになにっ!?」
イフューが変な声をあげてる。
「なんだい、おまえ。
興味あるのかい?
じゃあ、明日から傀儡相手に練習してみようかね?」
おばあちゃんの提案に、わたしは大きくうなずく。
「たのしみっ!」
「――というわけでね、わたし、少しなら踊れるんだよ?」
与えられた私室で。
わたしはソファに座ったまま、腕組みして見下ろしてくるアンとエレナに説明した。
「それにさ、パーティーは明日でしょう?
いまさら特訓なんてしたって、無駄というか……」
そうなんだよ。
ふたりは明日のパーティーで、わたしを踊らせようとしてるんだ。
そりゃね、ちっちゃい頃は舞踏会って憧れたけどさ。
貴族じゃないわたしには不相応だって事くらい、もうわかってるんだよ。
それなのに。
「――お客様に誘われたなら、断るわけにはいかないでしょうに」
「ええ、ええ。クレア様の事です。
きっと引く手数多に違いありませんよ!」
ため息交じりのアンに、興奮気味のエレナ。
ふたりとも、どうしてもわたしにダンスの特訓を受けさせたいみたい。
「――イフュー……」
助けを求めるように出窓で丸くなってる黒猫を見ると。
「……ん~、お互い誤解があると思うんだよね。
アン、キミが特訓って言ってる内容をクレアに教えてみなよ」
「……内容もなにも。
せめて相手の方の足を踏まないように、ステップを覚えてもらおうと思って……」
んん?
「……魔法で拘束されたり、間違ったらビリビリってされたりは?」
「――そんな拷問みたいな真似、するわけがないでしょうっ!?」
アンが驚いたような声をあげて、イフューはむふふと笑う。
「それがキミらの認識の違いなのさ。
――クレア。
アンはね、ただ踊る練習をするだけで良いって言ってるんだ。
――アン。
クレアはね、完璧主義のエイダに無茶苦茶しごかれてたからね。
特訓って言葉に敏感なんだよ」
「どういう事?」
アンが不思議そうに尋ねる。
「エイダはね、クレアが興味をもった事には、なんでも挑戦させたんだ。
でね、モノになるまで徹底的に特訓という名のシゴキを施した」
わたしは思わずコクコクうなずく。
「試しに踊らせてみると良いよ。きっとびっくりするから」
そう告げて、イフューは大きく欠伸をすると、再び丸くなってしまう。
「……クレア。
試しに一度だけで良いから、踊ってみてくれない?」
「……ホントに一度だけだからね?」
そうしてわたし達は、城のホールに移動した。
ダンスのお相手は、移動中に捕まえたアルドワ。
アルドワって騎士のクセに優しくて、飴とかわけてくれるから、わたし大好き。
同じ騎士でも、グレイブのクズとは大違い!
お兄ちゃんがいるなら、アルドワみたいな人が良いなぁって思うんだ。
「――ていうか、アルドワってダンスできるんだ?」
「これでも男爵家の嫡男ですからね。
得意というほどではありませんが、人並み程度にはなんとか」
そう告げて微笑む姿もイケメンで。
「アン、アルドワみたいな人がそばに居たのに、なんであんなバカ王子と婚約したの?」
わたしの率直な疑問に、ふたりとも特に慌てる様子もなく。
「アルドワは恋人っていうより、兄みたいなものだし」
「姫様にはさんざん振り回されましたからね。
恋人なんてとてもとても」
苦笑しつつも、互いに牽制しあうみたいに視線を交わす。
「わたしはお似合いだと思うんだけどなぁ……」
少なくともあのバカ王子よりは、アルドワのがずっと良い男だと思うよ。
「まあ、わたくしの婚約に関しては、いろんな方面の様々な思惑が絡み合った結果なのよね。
それよりほら、ふたりとも始めてちょうだい」
アンは手を打ち鳴らしてわたし達を促し。
エレナが魔道器を喚起して、ホールに曲を響かせた。
わたしはおばあちゃとの特訓を思い出しながら、アルドワが伸ばした手に腕を絡めて。
抱き寄せられる手に身を任せた。
そして、曲に合わせてステップを刻む。
「――まあ……」
アンとエレナが驚いたように口元に手を当てるのが視界の隅に見えた。
「お上手ではないですか。クレア様!」
「そうなの? 人相手に踊るのは初めてだから、よくわからないんだよね」
最果ての森の館では、ずっとおばあちゃんが用意してくれた鬼道傀儡が相手だったからね。
思い出しても涙が出てくる、おばあちゃんのあの特訓。
鬼道傀儡相手に踊るのはともかく、おばあちゃん特製の養成ギブス型傀儡で身体を固定されて、ステップを間違えそうになるたびにビリビリってされるのは、本当に辛かったんだよね。
それに比べると、アルドワ相手に踊るのはすごく楽しい。
傀儡と違って、音楽と微妙にズレてたりするのに合わせて、わたしも調整したりするの。
なによりビリビリがないもんね。
「これが特訓っていうなら、やってみるのも悪くないかなぁ」
やがて曲が終わって、わたしとアルドワは繋いだ手を掲げて一礼。
途端、アンとエレナが拍手をしてくれた。
「――クレア、少しどころじゃないじゃない!
すごく上手だわ!」
「そうです! むしろアルドワの方が……ぷぷっ」
エレナが笑い、アルドワは拗ねたように顔を背けた。
「俺の本分は武なんだ。多少のミスは多めに見てくれ」
そんなアルドワが面白くて。
「ね、アルドワ。
もっと付き合って。
わたし、楽しくなってきた」
わたしがそう言って頼むと。
「かしこまりました。お嬢様。
どうぞご随意に」
わたしの手を取って微笑んだアルドワは、やっぱりイケメンだと思ったんだ。
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