第2話 5
――本当にクレアには驚かされる。
ふたりでエレナの淹れてくれたお茶を愉しみながら。
わたくしはクレアが何気なく語る魔女の知識に、そのたびに驚かされてしまうのよ。
年齢より子供っぽい印象なのは、きっと森の暮らしの中では先代魔女のエイダとイフューくらいしか関わる相手が居なかったから。
甘えられる相手しかいなかったからなのね。
そんな彼女が修めている魔道や鬼道に関する知識は、現代の常識を遥かに凌駕するもので。
落ち着いたら、城の魔道士や学者への講義を約束してくれたわ。
もちろん、教えられる範囲でという条件なのだけれど。
そもそも理解できる者がいるかが怪しい。
それくらい、魔道に関して彼女の知識は深淵に達していた。
一方で人の世の理にはひどく疎い。
知識としては知っているのでしょうけれど、経験として培われたものがないから、ズレを感じるのよね。
わたくし達との関わりの中で、クレアも成長していってくれたらと。
そう思わずにはいられない。
今のクレアの状態は……子供が<兵騎>を無邪気に乗り回しているような、そんな危うさがあるのだもの。
クレアと談笑しながら、そんな事を考えていると。
「――クレア! クレア! すンごいモノがあった!」
イフューが生け垣をかき分けて飛び出してきた。
いつも冷静な印象を受ける彼には珍しく、ひどく興奮した様子ね。
「――なに? すごいもの?」
クレアも不思議そうにイフューを抱き上げ、それからわたくしに視線を向ける。
わたくしは首を横に振ったわ。
「……あちらには兵舎しかないはずだけれど……」
「その兵舎だよ!
<兵騎>駐騎舎に――なんであんなものがあるんだい?」
「イフュー、落ち着いて。
なにがあったっていうのよ?」
興奮する彼をなだめるように、クレアはその背を撫でる。
「――これが落ち着いていられるかい!
特騎だよ、特騎!
ユニバーサルアームなんかじゃない!
――EC兵装内蔵型のロジカルウェポンシリーズだ!」
クレアの膝の上に後ろ足で立って、彼女の胸に前足をてしてし打ち付けるイフュー。
「……ええと、ウェポンシリーズって、アークシリーズの一個下だっけ?」
「そう! 特にアレ――ロジカルウェポンはアークシリーズの試作先行モデルなんだ。
――人の世に遺ってたなんて、すごい事だよ!」
ふたりの会話の意味がわからず、わたくしは首をひねる。
「――そこまでイフューを興奮させるものがあるなんて……興味深いわね。
ちょっと見に行きましょうか?」
「できれば動かして見せて!
エドワードが居たから頼んだんだけどさ、アン、キミが居ないとムリって言われたんだよ。
――はやくはやく!」
興奮冷めやらぬイフューは、ついにはわたくしのスカートの裾を咥えて引っ張り始める。
そんな彼をクレアが再び抱き上げ。
「イフューの言うのが本当なら――」
「――ホントだって!
ボクがアームとウェポンを見間違えるモンか!」
「――それなら、わたしも見てみたいかな」
「それじゃあ、行ってみましょう」
そうしてわたくし達は兵舎に向かい――来る戦に備えて訓練している騎士達のを横目に、<兵騎>駐騎舎にやってくる。
<兵騎>隊も訓練中のようで、ガランとした駐騎舎の奥手で技術者達が忙しそうに動き回っているのが見えたわ。
その一団の中にお父様を見つけて。
「――お父様!」
わたくしが声をかけると。
「おお、アンジェ。
ちょうど呼びに行かせようと思ってたんだが……イフューくんが伝言してくれたのかな?」
お父様はそう言って、クレアの腕に吊り下げられたイフューの頭を撫でる。
「――ボクもコレが動いてるの見たかったからね!」
イフューも撫でられながら上機嫌にそう答えた。
わたくしとクレアが出会ってすぐに仲良くなったように。
イフューとお父様もまた、出会ってすぐに意気投合していた。
よくわからないけれど、馬が合うのだそうよ。
「それで、なにがイフューをこんなに興奮させてるのかしら?」
わたくしが首を傾げると。
「――アレさ」
「――アレだよ!」
イフューとお父様が声を揃えて、奥の駐騎台を示す。
本当に仲良しね。
わたくしがそちらに視線を向けると。
そこには一騎の雌型<兵騎>が駐騎されていて。
「あら、<闘姫>じゃない。戻ってきていたのね」
わたくしが覚えているものと、外装が変わっていたけれど。
それは確かに、ブラドフォード家に伝わる<古代騎>だった。
現代に残された魔道技術と鬼道を用いて製造される<兵騎>と違い、<古代騎>は極稀に古代遺跡などで発見される、原型ともいえる<兵騎>の事。
目の前にあるアレは、元々はお母様の家であるブラドフォード家の三代前の当主が、領内の遺跡で見つけたのだと聞いているわ。
世の中に出回っている<兵騎>の多くが雄型なのに対して、この雌型の<古代騎>は乗り手がいなくて長い間、家の倉庫で埃を被ってたのよね。
それをお父様が見つけられて。
ちょうど武道に興味を持った流れで、<兵騎>にも興味を抱いていたわたくしに与えてくださったのよね。
そしてわたくしが学園に入学する直前――二年ほど前になるかしら。
ランベルク王国のさらに東にあるダストア王国が、雌型<兵騎>の量産を試みていて、お父様は協力を求められたのよ。
――<闘姫>を研究させて欲しいって。
あの国にも中原に名高い<銀華>という、雌型<古代騎>があったはずだけど。
騎体の差を比較したいという話だったわね。
停戦状態にあるランベルクの反対側にあるダストアが力を持つのは、シルトヴェールにとっても悪い話じゃないから、お父様はそれを受けられて。
「――ダストアでの量産が無事に成功したようでね。
礼代わりに、傷んでいた外装を新品に換装して返還してくれたんだ」
確かに以前の<闘姫>は、無骨な甲冑姿だったものね。
今の<闘姫>は胴や腰、肩や四肢の先は女性的な丸みを帯びた甲冑に覆われているけれど。
「――まるでドレスみたいだねぇ」
クレアが目をきらきらさせながら呟いたように、鋼糸を編んだと思われるスカートや袖が付けられて、ドレスをまとっているようにも見える。
「――ダストアは本格的に雌型<兵騎>に力を入れていてね。
外装の製作にも熱心なんだよ」
お父様が鼻の下のヒゲを撫でながら、そう告げる。
「――良いから、動かしてー!
アン、早くはやく!」
クレアの腕から逃れたイフューが、わたくしの足元をぐるぐる回りながら急かしてくる。
「――そうね。わたくしも久しぶりにこの子を動かしてみたいわ」
<闘姫>を見上げる。
わたくしと同じく黒いたてがみを持ったこの子は。
初めて見せられた時は、わたくしの為に造られたようにも感じたのよね。
「おいおい、その格好で鞍にまたがるのかい?」
お父様は苦笑するけれど。
「――あら、合一してしまえば格好なんて気にならないわ」
そうしてわたくしは<闘姫>の鞍へと向かう。
せっかく綺麗にドレアスアップしてもらったのですもの。
わたくしもドレスでなくてはね。
「――おかえりなさい、<闘姫>。
またよろしくね。わたくしの半身……」
胸甲を撫でて呟けば。
まるで応じるように、それが上がり開いて。
剥き出しになった鞍に、わたくしは身を滑り込ませた。
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