Case.1 探偵なのに盗むんだゆ ⑬

 作業は意外なほど順調に進んだ。

 事務所のものに比べこの氷の塊ははるかに溶けやすく、20分もしないうちに全体が1割ほど小さくなる。

 

「縦穴のサイズが80cmくらいだから、全体をもう少し溶かしたら穴に落とせそうだな」

「うゆ。ペースを上げるゆ!」

「おう!」


 しかしこの状況、はたから見るとどう思われるのだろう。

 若い男女が意気軒昂いきけんこうとした表情で氷をこすり続ける……、お巡まわりさんがいたら間違いなく職務質問ショクシツされるだろうな。


「よし、これでどうだ!」


 最後のひとこすりで、がこん、と大きな音がする。

 氷は見事穴に、……ハマって停止した。

 俺とやま田は顔を見合わせる。


「……」

「ぴったりゆ」

「いや、どうするよ、これ」

「大丈夫ゆ。衝撃しょうげきを与えればすべって落ちていくゆ。ヨシナリ、ハイジャンプして直下型ドロップキックを決めるゆ」

「よし、やるか!」


 正直に言う。俺はこの時、ちょっと楽しんでいたのだ。

 一見、だるい単純作業のようにも見える氷溶かしタイムを。

 だから、この状態で真上からドロップキックなんて決めたらどうなるかなんて、子どもでも分かることがなぜか抜け落ちてしまっていた。

 要するに、こういうことだ。


「おりゃ! あ、あ、ああ、あああああああああああああああ!!!!」


 氷、滑り、落ちる。

 縦穴、深い、俺も、落ちる。

 重力加速度、すごい、というか何この、深さ。


「ぎゃあああああああああ!!!!!!!!!!」


 死を直感する自然落下というものはある。

 様々な思い出がスローモーションでけていく。

 初めて逆上がりをした時。

 初めて亀に触った時。

 初めて女子と手をつないだ時。

 ぞく走馬灯そうまとうと言われるような、瞬間の映像が重なるのをたりにしながら、一つ、どうしようもなく強い心残りがあることに気づく。

 妹に、もう一度だけでいいから会いたかったなって。

 大好きな、妹に――。


「ヨシナリーーー!!!!」


 その時、頭上から声がした。


 見上げると、両手を差し出して、すさまじい勢いでせまってくる影が一つ。

 その「宇宙人」は、記憶の中にある大好きな妹と全く同じ顔をしていた。

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