Case.1 探偵なのに盗むんだゆ ②

 良成よしなり、お前何言っているんだ、気でも触れたか?

 これを読んでいる紳士淑女しんししゅくじょの皆様が俺をそうなじるのは当然だ。

 少なくとも、3週間前までは俺もそちら側の存在で、UFO未確認飛行物体UMA未確認生物も信じていなかったし、21世紀にもなってそんなもの信じるのはアニメの見過ぎだ、とか言うような奴だった。


 地球の人々がハロー、月に降り立ちました、という話が半世紀前。

 それ以降はロケットで宇宙に行き、宇宙ステーションで研究をしている、みたいな話をネットニュースでたまに見かけるくらいだ。

 何なら最近では異世界だったり、タイムスリップの方が身近に感じてしまうくらい、宇宙、ましてや宇宙人なんてものは遠いお伽噺とぎばなしの存在だった。

 はずなのに。


 と、この夏休み始まってからここまでのアレコレを思い出すだけで少し熱が入ってしまう。

 コーヒーを一気に飲み干しテーブルに置くと、見計らったかのように向かい側のヨーグルが追加でサーブしてくれる。

 老紳士の姿をしたヨーグルは、知識が豊富で人当たりも良く、さらには何でも完璧にこなしてしまう存在で、この事務所ではコンシェルジュという役割で、やま田のしないこと(つまりほぼ全て)を担っている。

 ただし、この方も宇宙人なわけだが。


 何はともあれ。


「へぷば! にゅゆ!」

「ヨーグルさん、おかわりありかとうございま「ゆ?」」


 お礼を言う俺のすぐ目の前を、銀色の刺突剣フルーレが横一直線に過ぎ去っていった。


「すうううういいいいいいいいいいいいいいい!?!!!」

「ふ、こんな感じでいいかゆ。あれ、ヨシナリ、どうしたゆ」

「@おじえええいguよわあえjjj@よわp! まけいい@pまけええ@!!!」

「落ち着くゆ、興奮のあまり言語が蠍座さそりざのメスガキ語になってるゆ」

「はあ、はあ、はあ」

「どうどうどう、うぃんうぃんうぃん。はい、いい子でちゅゆー」

 

 やま田はマスクを脱ぐと、目の前5センチのところまで顔を近づける。

 目を合わせられ、その奥に広がる青い小宇宙コスモがぐるぐると回転しだし、半ば強制的に俺は我に返らされた。

 こいつの能力には恐れ入る。本当に。マジ怖い。

 と、冷静になると、にぶい痛みが鼻頭はながしらにある。

 これは……、またもや、かすったな。


「痛い」

「んー? あー、やっちゃったゆ。ルーじい、アレ持ってくるゆ」

「は、既に用意してございます」

「んゆ」


 やま田はうなずくと、謎の軟膏なんこうを俺の鼻頭に塗り始める。

 これは俺もいい加減見慣れたいつもの品で、この宇宙的軟膏を患部かんぶると痛くなくなるどころか傷も治るし、なんなら傷が深いとその分、気持ち良くなってしまうというとてつもなく危険な代物だ。

 前に聞いた話だと、あまりの気持ちよさに自らを傷つけては塗りたくるという変態宇宙人の記事が定期的に宇宙週刊誌をにぎわせるらしい。

 やま田の小さな指先にこうしてでられるのもお約束になってきたのだが、くすぐったいような、それでいて複雑な気持ちになってくる。

 こうして顔が近いからというのも、ある。

 一見すると、幼さが残る地球人の少女の顔だ。

 明るいサンゴ色をした髪は肩にかかるくらいのセミロングの長さで、内に外にと無造作に跳ねている。

 深い青のひとみはそれこそ満天の星空のようにきらきらと輝いていて、一言でいえば、とんでもない美少女、というやつだ。


「おしまい! さて、シャワー浴びるゆ」

「準備してございます。お着替えも」

「んゆ」


 そのまま奥にある階段を上がると、ほどなくしてシャワー音が聞こえ始める。

 勿論もちろん、こういった行動もただの地球人と変わらない。

 というより、出会いと一連の騒動さえなければ、あとやま田の顔が「あの顔」でなければ、本人が宇宙人だと主張しても、そうは思わなかったかもしれない。

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