28. オフィーリアの剣④

28. オフィーリアの剣④




 そして翌日。まだ日が昇り始めたばかりの時間に、私は目を覚ました。いつもならもう少し遅くまで寝ているのだが、今日はやけに早く目が覚めてしまったのだ。胸騒ぎがしたのかもれない。……何か嫌な予感がする。


 そう思った私は、身支度をして部屋を出るとそのまま外へ出た。外はまだ薄暗く、ひんやりした空気が漂っている。そんな中で私が向かったのはオフィーリアさんの家だ。


 昨日のエルメスさんの話を聞いてから彼女の事が心配になったからだ。私が家にたどり着くと後ろからエイミーとミリーナもやってくる。


「どうしたのアイリーン?こんな朝早くに?」


「おばあちゃんに何かあったの!?」


「いえ。ただ胸騒ぎがしたから、気になって。」


 私は家の中に入る。昨日エルメスさんから鍵を預かっていて良かった。中に入ると昨日は気づかなかったが一枚の写真立てがある。それを私は手に取る。そこには若い男女の姿があった。男の人は優しそうな笑顔を浮かべていて、女の人はとても幸せそうだ。こんなに幸せそうな顔をしているのに……。


 私はそのままオフィーリアさんの部屋に入るとそこには意識を失っているオフィーリアさんの姿があった。


「おばあちゃん!」


「オフィーリアさん!しっかりして!エイミー!エルメスさんを呼んできて!」


「うっうんわかった!」


 ミリーナが治癒魔法をかけていく。しばらくすると呼吸は落ち着いた。しかし顔色も悪く、一向に目を覚まさない。そしてエイミーがエルメスさんを呼んで戻ってくる。


「もう見ていられない。なんでオフィーリアさんが……。」


「エルメスさん……。」


「ねぇアイリーン。早くしないと……」


「わかってるわエイミー。森の魔物を討伐するわよ。」


 私が外に出ようとした時、ミリーナが私に話しをする。


「あのさ!アイリーンちゃん。私はここでおばあちゃんに治癒魔法をかける。私は治癒魔法士として諦めたくない!」


「ミリーナ……」


 私はミリーナのその目に治癒魔法士としての覚悟があるのが見えた。諦めることなどない。助からない命と知りながらそれでも……その思いが彼女を突き動かしている。私たちは『なんでも屋』だ。出来ないことはないから……。だから私はミリーナに伝える。


「ええ。それがミリーナの出来ることでしょ?止めるつもりはないわ。エイミー私たちで森へ行くわよ!」


「うん!行こう!あっ待ってアイリーンこれ!」


 するとエイミーはベッドの横の壁に立てかけてあるあの「剣」を私に渡す。私はオフィーリアさんの思いを叶える。その「剣」は私には少し重いが、今はそんな事を言っている場合じゃない。私はそれを腰に差して、エイミーと一緒に家を出てその森に向かうことにする。


 そしてその魔物がいる森にたどり着く。私とエイミーは森の中へと入っていく。すでに夜は明け始めているが暗い。そんな中でも森の奥へ奥へと進んでいく。魔物の領域に入っていくほど辺りは暗くなっていく。


 しばらく進むと開けた場所に出る。そこは一面の花畑だった。そしてそこにいたのは大きな狼のような魔物だ。それは普通の狼より二回りは大きく、真っ黒な毛並みをしていた。おそらくあれが目的の魔物だろう。周りを見渡しても他に気配はないし。その時エイミーが私に話し始める。


「あれ見てアイリーン!あの狼の首のところ!傷がついてるよ!」


「あの傷は……」


 間違いない。あの傷は刃物による傷だ。しかも結構深くまで傷つけているように見える。そうか、ずっと同じところをオフィーリアさんは狙って……。衰える体力を駆使して寸分狂いもなく何度も何度も。


 きっと自分が死んだ後も誰かがその傷跡を狙ってくれるように、そういう願いを込めて……。


 すると突然大きな声を上げる狼の魔物。


 《ウオオォーーン!!》


 耳をつんざくような遠吠えをあげる。そしてこちらを睨みつける。すると周りの草花が枯れ始める。これはまさか……毒!?すると狼の口から紫色の煙のようなものが出てくる。


「うっ……なにこの臭い!?しかも目が痛いっ……」


「エイミー!吸い込まないで!これは麻痺性の毒霧よ!」


「それじゃあ逃げないと!?私は戦えないし!」


「無理ね。ここまで来てしまった以上逃げるなんてできないわ。下がっていてエイミー。」


 正直この前のキングゴブリンのほうが強敵だと思う。おそらく私の魔法なら簡単に倒せる。でもただ魔法で倒せばいいって訳じゃない。それだとこの依頼は。まずはこの毒霧をなんとかするわ。


 《我は氷の精霊に願う。我が敵を凍てつかせろ!アイスフィールド!》


 私は広範囲に雪を降らせる魔法を使う。するとみるみると周囲の気温が下がる。どうやら完全に凍らせたようだ。これでしばらくは動けないだろう。


「すごい!やっぱりアイリーン強すぎ!」


「まだ終わってないわよ。」


 その間に私は剣を抜き、魔力を込める。今まで剣なんて扱ったことないけど、それでもこの剣で倒さなければ意味がない!そして私は魔法を詠唱する。


 《我は風の精霊に願う。風よ、刃となりて切り裂け!ウィンドブレイド!》


 私はそのまま狼の魔物へ走りだし、その首の傷を目掛けて一閃を放つ。それはオフィーリアさんの今までのすべての思いを込めた剣。そしてそこに私の風の魔力を込める。その斬撃は狼の首を切断する。


 血しぶきが上がるがすぐにそれも止まる。首を失った胴体はそのまま横たわるとそのまま動かなくなった。それと同時に役目を終えたのかその剣は折れた。


「ふう。終わったわね。」


「うん!オフィーリアのところに急いで戻ろう!」


「ええ。そうね……。」


 目的の魔物を倒した私たちはオフィーリアさんの家に急ぐ。心の中で「お願い間に合って」とそう願いながら……。


 私たちが村に戻るともう日は昇っていた。日差しが眩しい朝だ。そして家の前に近づくと察した。外のこの場所からでも聞こえてくる。その声は自分の覚悟で戦い続けた幼い少女の悲痛な泣き声だった。

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