第10話 永遠少女、特別講師になる

 私の人生の概要を国王に話してから数日。私は普通に、そして平凡に過ごしていた。相変わらず魔法師団の人たちからは疎遠にされているからただ一人魔法の研究をしているのだが。

 今日は学園の教科書を用いてアルギアに勉強を教える予定だ。

「アルギア、入るよ」

『あぁ。入っていいわ』

 広すぎる屋敷だからアルギアにも部屋を一つ貸すことにした。私の部屋の隣だ。屋敷の従者やクラテルなどから少々妬みを受けているが当のアルギアは全くを持って気にしていない様子だったからとりあえずは考慮しないことにした。

「それじゃあ、始めよっか」

『お願いいたしますわ。それで、今日は何を教えてくださいますの?』

「今日は……魔力操作かな。聖霊のアルギアでいうと妖力かな」

『これの、ことかしら?』

 アルギアは手元に紫色の炎を顕現させた。

 妖力を持ちいた魔法は紫色系統に変わることが多い。だから失敗作と蔑まれることがあるが、私は知っている。

 妖魔法こそが魔法としての完成形の一つであると。

「アルギアは多分ある程度の操作方法は頭に入れてると思うから、今回は私直伝の魔力操作を教えてあげようかな」

『それは本当かしらっ、私の主の魔法は極地にまで到達していると言っても過言ではないもの。その人の魔力操作をみれるだなんて……、光栄だわ』

「あはは……。喜んでもらえて何よりだよ」

 妖力は普通の魔力とは明らかに違う性質を持っている。それは妖力は魔力と違って実体があることだ。

 正確には異素粒子が混ざり合ってできた力量だから目には見えなくとも物質としては存在しているということになる。

「私はとりあえず一度魔力貯蔵を空っぽにしてたかな。一応生命活動に必要最低限と回復用の残量は残すけど」

『それをしたら何が起こるんですの?』

「妖力が変化して妖魔力に変質するんだよ。私の魔力も魔力の性質の強い妖魔力だから」

 私以外誰も試したことはないだろうし、試していたとしても違いがわからなくて変わっていないと勘違いしてしまった人が多いだろうが、魔力を最大限使い込むと魔力は妖魔力に変質する。

 物質じゃなくなった妖力、と言ったらいいのだろうか。

 妖魔力は普通の魔力よりも魔力操作の自由度が上がる。

 妖魔力は物質と似た感覚で操作できるが、物質ではないから操作失敗の時の弊害が少ない。また魔力ではなしえなかった全身への魔力の均等配分も妖魔力なら叶えることができる。

『本当に魔法のことに関してだけは随一の頭脳を持っているのですわね』

「それしか森の中でやることがなかったからね」

 私は苦笑いを含ませつつ、そう言った。

 魔法と魔物討伐。それくらいしか暇つぶしはなかった——。

 ——訳でもないな。

「……久しぶりにあれもやってみるか」

『“あれ”?なんのことですの』

「気にしなくていいよ。さ、まだまだ教えることあるんだから、さっさと行くよ」

『了解しましたの』

 今回はアルギアをうまく丸め込むことができたけど……、変に探りを入れられたら隠し通せないだろうな……。


 私が実験に取り掛かろうとしていた時、急に扉のノックオンが響いてきた。

「こんな時に誰だろ……」

 煤がついた服をそのまま出ることに躊躇いなどなく、私はそのまま玄関に向かった。

「えっと、誰ですか?」

 扉を開けると、そこには管理官がいた。

「……お前に頼み事があってな」

 とりあえずは制服に着替えなければならないことがわかって少々憂鬱な気分になってしまった。

 いつも通り馬車に揺られて学園に着くと、顔馴染みのない大人が数人並んでいた。一体どういうことだろう、と私が困惑していると。

「お前たち、この少女が特別講師だ。年が離れているからと侮ったら、死ぬからな」

 その言葉を聞いてなお私を見る目はただただ懐疑的な目だった。正直ストレスだったがこれもまたいつも通りだからこそ私は何も思うことはなかった。

「それじゃあ、講習を始める……でいいのかな」

 授業を任されることなど今までに一度もなく講習進行に戸惑っていると、

「講師に選ばれたというのに進行もできないんですか?それでも特別とはいえ講師です?」

「……はぁ。五月蝿いから黙ってて頂戴。いちいち反応してたらキリがないの。だから静かにしていて頂戴?」

「子供風情が大人にそんな口を聞いていいとでも思っているのか?これは社会のお勉強をしてあげないと……」

 その言葉を言ってくれたことにありがたみを感じつつ私はこう告げた。

「あ、ありがとうございます。私がしたかったことを先にしようとしくれて」

「……は?」

「どうせ皆さん私のクラスメイトより酷いでしょうから全員でかかってきてください。講習とかはその後でいいです」

 私の挑発したような態度と口ぶりに講習生は怒りしか頭にないようだった。好き勝手暴れさせた方が体本来の性質を見抜きやすい。

 冷静でいることはそれすなわち人を欺くことと同じ。目先が狭くなるにつれて自分の癖が徐々に現れてくる。私はその闘い方の癖を見たいのだ。

(邪魔な癖は打つって考え方がいいだろうしね)

 私は一人ずつ丁寧に扱いつつ遊ばせてあげることにした。……そして圧倒的な力の差を見せつけて逆らう気をなくすまで徹底的に叩き上げることを決意した。


「う、ぐ……」

「こんなもんなの?私に威勢張ってたくせに蓋を開ければ私の圧勝でいいの?」

 結果は勿論私の圧勝。本気なんて出せるわけもなく1%も出さずに完封勝利だった。クラスメイトよりも人数は少ないとはいえ彼らよりも酷い能力だ。

「大人気ないだろ!普通これくらいは接戦になるくらい——」

「なら私に接戦にしたいと思えるくらいの攻撃で一矢報いてみれば?私がそうしないのはその価値がないと思ってるからだけど」

 そういうと講習生全員が顔の色を赤く染めて私に向き合った。

 そうだよ。そういう表情で立ち向かってくることを私は求めていたんだよ。

「なら始めようか……。接戦という名の模擬戦遊戯を……」

 講習生たちは目で示し合って、私に一人一人違う属性の魔法を連射してきた。

「面白いね……。なら、私はとりあえずこれでいいかな。〈オールイーター〉」

 全てを食らう私の攻撃魔法。攻撃魔法とはいうがこの時代では防御魔法とでしか使うことはないだろうが。

「なっ」

「これが貴方達と私との実力の差。わかった?」

 彼らには申し訳ないがこれが現実であることだけは伝えておかなければならない。私だって最初は彼らと同じ雑魚同然だったのだ。だけれど、数万年もかけた私が天才であろうと数年程度を生きたものには負けるものですか。

「にしても……、汗かかないんです?」

「え?」

 一人一人の改善点を考えていた時、講習生の一人にそう言われ私は俯けていた顔を上げた。

「さっきまで魔力とかを消費しているはずなのに……。普通は汗一つくらい流しているものだと思ってまして」

「あの程度で汗かいてたら私の最強魔法打ったら1発でくたびれちゃうよ」

 そう言って笑い飛ばす。しかし、そのことを知った彼は顔が青く染まっていった。

「ん、どうしたの?気分でも悪くなった?」

「いえ!教えてくださってありがとうございました!」

 そういうとそそくさと離れていった。

「なんだったんだ……?」


 俺は魔法学園の講師志望のエストルズ・F・ガレリア。

 将来魔法師としても有望と謳われその知識を魔法学園にて披露してやろうと、そう思っていたのに。

『なら私に一矢報いてみなよ』

 そう澄ました顔で見下したような様子で俺に口答えしてくる特別講師のオリヴィアとかいう下賎な奴だ……。

 と、さっきまでは思っていた。

 俺は改心したふりを見せてあいつに気遣っているようになぜ汗をかいていないのか、と聞いた。どうせ痩せ我慢だと、そう思って聞いたのにあいつは。

『あの程度で汗かいてたら私の最強魔法1発撃ったらくたびれる』

 そう言ったのだ。

 つまり、あいつにはまだ隠された魔法がある。

 血統魔法、聖霊魔法、もしくは俺が知らない何かしらの魔法。それらを使えるとでもいうのだろうか。

 ありえない。俺以上の魔法師の資格を持ったものがこの世界にいてたまるか。

 ——あいつを、この世界から抹消すべきだ。

 その考えだけが頭の中を支配していた。


 翌日、私は魔法師団に出向いていた時だった。

「オリヴィアさんじゃないですか」

 この前そそくさと逃げていった奴が声をかけてきた。

「あ、この前私から敵前逃亡した悲しい人だ」

「その言い方やめてください」

 そう笑うが、私は笑わず片方の手に〈フレアカリバー〉を展開する。

「どうしたんです?」

「どうもしてないよ。それで、何かよう?」

「それはですね……。講師、ここで貴方には——」

 彼は魔銃を取り出し、こう告げる。

「——死んでもらいます」

「お前如きがそんなことをできるとでも?」

 発砲する前に銃口を溶かし、そもそも発砲できないようにする。

「なっ!?」

「お前……魔獣よりも知能低いのか?この前言ったよな……」

「な、何をだ……」

「私、この前使った魔法なら1秒間に3200発は打ち込めるぞ?」

 男の顔面は歪んでいった。私は手の上にとりあえず全属性の殺傷能力のない魔法を並べてやった。それをみたら歪んでいた顔がさらに歪んで、顔面蒼白になっていた。

「この前以降で私は特別講師はしない予定だから。そう伝えておいて」

「は、はい……」

 ったく。今ここにいる時点である程度に実力があることくらいは把握できないのか……。そう思ってしまう今この頃だった。


 魔法師団での集団テストで単独行動してグループからわざと外してもらい私だけ1人陣営で挑んで全チームを遠距離攻撃だけで沈めて1位をもぎ取るというありえないことを成し遂げてから私は家に帰っていた。

 今日は久しぶりにアウリカと買い物をしにいく予定だ。ついでに今まで会わせていなかったアルギアとも一緒に行こうか、と考えていた時だった。

 グサッ。

 そんな音が近くで聞こえる。全く。私の実力を見誤って攻撃したら洗礼を受けることくらい理解して欲しいものだね。

 自分の家に戻って玄関の扉を開いた途端、

「お、おかえりなさいませ……お嬢様?」

「うん……。どういう状況?」

 内心眼福と感じつつ状況を飲み込もうとして即座に諦めた。

『主はこういうのが好きなんじゃないのかしら?』

「とんでもない誤解しないで!?!?」

 アルギアがそんなことを言い出すものだから私はそこでアルギアを問い詰めて、外に出た時に屋敷内にメイドさんが多いから私の趣味だと思ったそうで。

「全く……。アウリカは早く着替えておいで。アルギアは……、逆にきさせてあげようか?」

『やめてくださいまし。あんなフリフリした服は私の趣味じゃないんですの』

「……喋り方は完全にお嬢様系なんだけどなぁ」

『何か言いまして?』

「何も言ってませーん」

 アルギアにちょっと愚痴っているとアウリカが着替えが終わって降りてきたので買い物に3人でいくことにした。


 ——本当に、隠している。

 自分の実力も、本当に思っている感情も、全て全て。

 涙に染まってしまっている心を固く硬い鎧で覆っている。

 誰にも打ち明けられない感情に困ってしまっているけれど、誰にも話せない。『僕』も迂闊に介入ができない。

 だからこそ、『僕』こそが隣に立つべきなのに。


「貴方が思うほど、主は弱くないですわよ」

 急に話しかけられて、肩を跳ねさせてしまう。

——どういう、ことさ。

「過保護ですのよ。主は確かに心の裏でいつも暗い感情を残しているのは事実ですわ。ですけれど、それを糧に奮闘しているのも事実ですの。貴方が思っているほど弱くはないですのよ。主も、隣に立つ私たちも」

——そう、かもね。

 本当に、本当に。それが誠の言葉であるなら『僕』は信じてもいいのかもしれない。彼女を最後まで、少なくとも己の最後まで彼女をみていてくれる人ということを——。

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