第45話 もうひとつの物語

 ──僕はよく頑張った方だと思う。

 約束通り全員と平等に彼女として接した。


 さすがに匂いフェチは心晴さんだけだったけど、他の人もそれなりにフェチはあった。

 かなり際どいものもあったので、それぞれのことをここで細かく書くのはやめておく。


 ハロウィンも、修学旅行も、クリスマスも、なんとか乗りきった。

 心が休まる日なんて一日もなく、毎日彼女たちに尽くした。

 心の支えはタクマだけだった。


 初詣も、バレンタインも、それはそれは大変だったけど乗りきった。


 今回の成功の要因のひとつは負けヒロインたちの助け合いだった。

 驚くことに負けヒロイン同士は牽制し合いつつも、助け合いもした。

 誰かが落ち込めば誰かが助ける。

 僕一人で庇いきれない場面も彼女たちが互いを励まし合ったのだ。


 一見大失敗だったと思われた『負けヒロイン互助会』は意外にも有効だったということだ。

 なにが功を奏するのかわからないものである。


 そしてようやくゴールの年度末が近づいてきた。

 女川先生のプログラム修正も順調らしく、このままなにごともなく過ぎるはずだった。

 あの瞬間までは──



「鈴木先輩いますか!」


 放課後の教室に血相を変えた一人の女の子が飛び込んできた。

 メガネとお下げ髪が印象的な女の子だ。


「君は確か……中庭で毎朝本を読んでいる女の子」

「はい。田中舞衣です! 大変なんです! 助けてください!」


 ほぼなんの面識もない彼女だが、ただならぬ雰囲気を感じて僕はすぐさま彼女と共に教室を飛び出した。


「いったいどうしたんだ?」

「『闇落ち』です!」

「闇落ち? 闇落ちってまさか!?」


 田中さんの突然の発言に度肝を抜かれた。

 僕は抜かりなくやって来たはずだ。

 爆発寸前の『負けヒロイン』はいないはずだった。

 そもそもなぜ田中さんがそれを知っているのだろう?


「先生、鈴木くんを呼んできました!」

「女川先生!? いったいなにが起こっているんですか!?」

「闇落ちバグの発生よ」

「でも『負けヒロイン』たちはみんな明るく生活してますよ?」

「『負けヒロイン』ちゃんたちはね。問題は『負けヒーロー』の方なの」

「『負けヒーロー』!?」


 聞き覚えのない単語に胸がざわつく。


「内緒にしていたけど、実はこの世界は鈴木くんがメンタルケアをしている『ギャルゲー』の他に、田中さんがメンタルケアをしているも存在してるの」

「なんだって!?」

「二つの世界は交わらないのでこれまで内緒にしていたの。ごめんなさい」

「つまりその『乙女ゲー』の世界で闇落ちしてしまった男がいると?」

「そういうこと」


 目の前が真っ暗になった。

 せっかくここまで一年間、死ぬ思いで『負けヒロイン』のメンタルケアをしてきたのに、『乙女ゲー』の方でバグが発生してしまったのだ。


「そ、そんなこと知りません! 僕は順調なんですから元の世界に返してください!」

「それは無理。世界が壊れたら、また四月に巻き戻されるの」

「そんなめちゃくちゃな!」

「ごめんなさい。私のせいで」


 田中さんは目に涙をためて謝ってくる。


「鈴木くん、あなたは今までずっと田中さんに迷惑をかけ続けてきたのよ」

「僕が?」

「乙女ゲー上級者の田中さんはこれまで毎回上手にこなしてきた。でもあなたが『負けヒロイン』を闇落ちさせるから毎回やり直しをさせられてきたの」


 衝撃的な事実を知り、理不尽だと感じる怒りが霧散した。

 むしろ迷惑をかけ続けてきたのは、僕の方だったのだ。


「それでも田中さんは泣き言ひとつ、恨み言ひとつあなたに言わずに堪えてきた。今こそ田中さんに恩返しをするときでしょ!」


 女川先生のいう通りだ。

 田中さんは僕と同じ被害者なんだ。

 一番の加害者である女川先生に叱られるのは納得行かないけれど、今は共に力を合わせてピンチを乗りきる時だ。


「分かりました。今の状況は?」

「乙女ゲー側の主人公は貴船梨乃」

「あー! あの生徒会のやり手一年生か!」


 派手な美人ではないけれど可愛らしく、男性に媚びない努力家というのは、確かに女性から共感を得られそうな設定である。


「この学校のイケメンたちはみんな貴船さんに夢中になっているの。そして今回、野球部のキャプテンが闇落ちして貴船さんを拉致した」

「くそっ! ふざけやがって! どこにいるんですか?」

「それが分からないの。そんなに遠くには行ってないはずだけど」


 早くしなければ貴船梨乃は殺されてしまう。そうなったら全てが水泡に帰す。

 でもどこにいるのか分からなければ助けようもない。


「今回の鈴木くんの活躍はすごかった。あなたならきっと乗りきれるわ!」

「いやあれはタクマの協力とか負けヒロイン同士の助け合いとか──」


 言い終わる前に僕は駆け出していた。


 そうだ。僕には仲間がいる。

 タクマや負けヒロインたちだ。

 みんなのお陰で僕は今年一年を乗りきることが出来た。


 このピンチも仲間の助けがあれば乗りきることが出来るかもしれない!



 ────────────────────



 突然の展開にてんてこまいの鈴木くん!

 果たしてこの大ピンチを載りきれるのでしょうか!?

 いよいよクライマックス!

 次回に続く!



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