第41話 夏季休暇登校日(またはちょっとしたザマァ回)

 八月になると登校日というものがある。

 強制ではないのだが特に用事がない人は参加するのが決まりだ。

 夏休みだからといってだらけすぎないようネジを巻くためにあるのだろう。


 面倒ながらも登校したのは、もちろん僕が真面目な生徒だからではない。

 賢斗が登校して生徒会長の雪村さんと変な感じに発展しないか見張るためである。


 しかしそれは杞憂だった。

 賢斗が登校してこなかったからである。

 陰山と心晴さんは家族と用事があるらしく欠席。

 アーヤは元々こんな日に登校してくるはずもない。

 したがってエンジョイ勢帰宅部で登校したのは僕とタクマと優理花だけだった。


 タクマにはちょっとしたお願いをしていたので、それを受け取っておく。

 これさえあればこの先ちょっと優位に進められるはずだ。


 優理花は僕を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。


「おはよー、鈴木くん。日に焼けたねー」

「まぁな。優理花は意外と焼けてないんだな」

「私は肌が弱くて。本当は日焼けするほど遊びたいんだけどね!」


 優理花は残念そうに眉を歪めて笑っていた。


「でも賢斗とは遊んでるんだろ?」

「まぁねー。でも出来ればまたエンジョイ勢帰宅部のみんなで集まって遊びたい」


 どうやら賢斗とはそれほど深い仲にはなっていないようだ。

 これならひと安心だろう。


 登校日は夏期講習という名目で授業まである。

 誰が夏休みに授業なんて受けたいだろう。

 案の定登校してきたのは半数にも満たない。

 午前中みっちりと授業を受け、登校日は終了となった。


 さっさと帰ろうと支度をしていると教室に生徒会長雪村先輩がやって来た。

 せっかく何事もなく終われると思っていたのに、と小さくため息をつく。


「仙川さん。ちょっといいかしら?」

「ごめん。ちょっと急いでるんで」

「じゃあここでいいわ。あなたの生活態度が乱れているという目撃情報が多数寄せられています」


 雪村先輩は腕組みをしたまま優理花を睥睨する。


「別に疚しいことはしてないけど?」

「ふっ……隠しても無駄です」


 雪村さんは手帳を取り出し読み上げはじめる。


「七月三十日、五城賢斗くんと街中で二人きりで歩いているところを目撃。八月一日、五城賢斗くんとカラオケ店出入り。八月四日、五城賢斗くんと二人きりで花火大会へ行く。八月六日、五城賢斗くんと喫茶店や買い物に出掛ける。まだまだありますよ? お聞かせしましょうか?」


 怖っ!

 優理花の素行問題というより雪村先輩のストーカー日記だ。

 これは思いの外、闇落ちが進行しているのかもしれない。


「別に友達と遊んでるだけです。悪いですか?」

「男女が二人きりでこうも頻繁に外出するのはよくないですね。ゆっくり話を訊かせて下さい」


 雪村先輩が優理花の手首を握る。

 その目は完全に闇で濁っていた。


 まずい。

 このままではこれまでの苦労が全て水の泡だ!


「いい加減にしてくださいよ、生徒会長」


 気がつけば僕は雪村さんの腕を掴んでいた。


「鈴木くん、離しなさい」

「生徒会長こそ優理花の手を離したらどうですか?」

「私は生徒会長として仙川さんの指導をしてるだけです。それとも鈴木くんも一緒に指導を受けたいですか?」


 常軌を逸した瞳で僕を見て微笑む。

 これは雪村先輩が悪いのではない。プログラムのバグだ。

 バグを憎んでキャラを憎まず。


「鈴木くんの素行についても噂は聞いてます。調べられたらさぞ困るんでしょうね」

「調べたければ勝手にしたらいい」

「いいんですか?あなただけじゃなくて困るんですよ? 陰山さんとか、志摩さんとか。猪原さんなんて日頃から問題があるから即刻退学かもしれませんね」


 雪村さんは厭らしく嗤う。

 サラリーマン時代にも見たことのある表情だ。

 権力に酔いしれた人特有の下卑た笑みだった。

 それを見て瞬間的に怒りが沸騰してしまった。


「ふざけたこと言うな!」

「な、なんですか、その言い方は。私は生徒会──」

「うるせぇよ。お前こそちょっとこっちに来い」

「腕を離しなさい! 傷害で訴えますよ!」

「それなら俺は迷惑行為防止条例であんたを訴えるよ」


 ストーカー行為を暗に示唆すると雪村先輩は怯んで大人しく従った。

 もしかすると従ったのではなく、優理花より先に僕を始末しようと思ったのかもしれないけれど。


「生徒会室で話しましょう」

「いや。あんたの根城には行かない」


 そう言って屋上へと連れ出す。


「ここへの立ち入りは禁止されてます。校則違反ですよ」

「そんなこと知るか。ストーカーさん」

「何を根拠にそんなことを! 名誉毀損です」

「ギャーギャーうるさいな。いい加減目を醒ませよ!」


 睨み付けると雪村先輩は少したじろぐ。

 僕も怒りが収まってきたので少し冷静になれた。


「そんなことだからあなたは賢斗に相手にされないんだよ」

「さっきからあなたはなにを言ってるんですか? 全く話の要領を得ません」

「ほら」


 僕はポケットから一枚の写真を出して地面に投げ捨てる。

 そこには賢斗を尾行する雪村先輩が写っていた。


「これはっ」

「ストーカーのくせに自分が尾行されているのは気付かないんだな」

「こんなもの……たまたま私と五城くんが写ってるだけでしょう!」


 怯みながらもまだ彼女の心は折れていない。

 さすがは氷の姫君だ。


「へぇ、じゃあこれは? これは? これも」


 次々と雪村先輩がストーキングしている写真をばらまいていく。


「ちょ、え? や、やめなさい!」


 さすがの雪村先輩も顔を青ざめさせる。


「なんでこんなものを」

「そんなことどうだっていいだろ。それよりどう言い訳するんだ?」


 これらの写真はタクマにお願いして撮ってもらったものである。

 さすがはタクマ。持つべきものは頼れる友人キャラだ。


 形勢が逆転し、生徒会長は青ざめた顔で震えていた。



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 さあ立場逆転。

 鈴木くんのザマァが発動します!

 これまでの恨みをぶつけてやれ!

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