第36話 『自分が一番』の世の中で。
「ひとつ言わせてもらってもいい?」
「アーヤはアーヤのままが一番とかいらないからね。そういうのじゃなくて、あざとくてもいいから好かれたいの」
あまりに必死なアーヤを見て思わず笑ってしまう。
「そういう話じゃなくて、人を信用するしないの話。アーヤは中学の時に裏切られて人を信じられなくなったんだよね?」
「うん。いきなり切り捨てられてうちだけ悪者にされた感じ」
「辛い体験だったと思う。でもそれって多かれ少なかれ、誰でも体験してることだよ。当然僕にもある」
学生時代はもちろん、社会人になったらもっとたくさん経験してきた。
「裏切られる度に『信じるんじゃなかった』とか『許せない』なんて思ってきたよ。でもさ、信じるしかないじゃない。みんな繋がって生きているんだからさ。もちろん裏切った奴とはこれから関わらなくても、それ以外の人まで疑う意味はないよ」
「そうかな? 結局みんな同じじゃね? 自分さえよければいいんだって」
「もちろんみんな自分が一番だ。でも自分さえよければいいなんて考えて他人を陥れる人なんてほとんどいない」
「いるって。絶対そう。みんな自分のために他人を利用して裏切るの」
「アーヤはどこにもいない『誰か』と戦っているんだ。身構えるより相手を信じてみようぜ」
固くなりすぎていたことに気付き、慌てて口調を軽くする。
「でも……」
「現にいま、アーヤは心晴さんや陰山を信じているからこんなヘンテコな協定を結んで日替わり彼女をしてるんだろ?」
「それは……また違わなくね?」
「同じだよ。あの二人を信用してなければこんなことしなかったはずだ。それにアーヤは月曜と水曜、僕にメッセージを送ってこなかった。相手のターンの日だと思い、約束を守ってくれたんだろ?」
それは自分でも意識していたのだろう。アーヤはバツが悪そうな顔をする。
「心晴さんも陰山もそうだ。誰かのターンの日はメッセージをしてこない。みんな不安ながらも約束を破ることはしてないんだ。すごいことだと思わない?」
「そうなんだ……あの二人も守ってるんだ……」
アーヤはふんわりと柔らかな微笑みを浮かべた。
「確かにみんな自分が一番だ。けれど相手を陥れようだなんて思っていない。少なくともあの『エンジョイ勢帰宅部』ではアーヤも見た目で判断されたり、逆に誰かを差別したりはしてないだろ」
「……うん」
普通に学校生活送っていたらまず接点などないであろうタクマともアーヤは自然に仲間として接していた。
あんなわけわかんない部活ではあるが、意外と役に立っているのかもしれない。
「だからさ、アーヤ。人を信じないとか寂しいこと言わないで、楽しく生きていこうよ。みんな一番は自分だったとしても、仲間は大切なんだから」
締め括りの言葉だったつもりだが、アーヤは急に口を閉ざし、ジーッと僕を見詰めてきた。
「な、なに?」
「鈴木は、違うよね?」
「へ?」
「なんか前から思ってたんだけど、鈴木は自分が一番じゃない」
その視線は僕の表面というより心の中を見通そうとするようなものだった。
「自分を犠牲にしてでも他人に尽くそうとしているように見える。お調子者だとからかわれるのを気にしないで他人を助けたり。損してでも人を優先してる気がする」
「んなわけあるかよ」
笑いながらもドキドキしていた。
確かにアーヤの言う通り、僕は自分の評価やらポジションを無視して『負けヒロイン』たちのメンタルケアをしている。
でもそれだって結局は殺されたくない、元の世界に戻りたいという自分の願いのためだ。
「うちは鈴木のそういうとこが好き」
「僕なんて自分さえよけりゃそれでいいって人間の典型だって! 私利私欲のために生きてるから」
「そういうの、いいから」
「ほんとだって!」
今日は嫌われようと心掛けていたのに、気がつけばなんかいい感じになってしまっている。
僕はつくづく意思が弱くてダメな奴だ。
「じゃあもっと欲深くエッチなこととかしてくれば?」
アーヤはいたずらっぽく笑って僕の腕にしがみつく。
「そ、そういう問題じゃないだろ」
ぷにっとした柔らかさにドキドキして、慌てて振りほどく。
「冗談だって。照れんなよ」
「照れてるんじゃなくて焦ってるの」
どうやらいつもの調子が戻ってくれたみたいで、アーヤはニッとはを見せて笑った。
「ほんとは今日、ゴリゴリに攻めてエッチなことしちゃってあの二人と差をつけようって思ってたんだ」
「するかよ、そんなこと」
「でも二人が約束を守ってるならやめた。ズルして裏切ったら悪いもんね」
「約束って?」
「正式に誰か一人が選ばれるまでエッチはしないって約束」
「そ、そんな約束してたのかよ!?」
「うん。別荘から帰るとに、鈴木がいないところでね」
全く知らなかった。
でもぐいぐいこられたら拒む自信がないので実にありがたい。
「よし、じゃあデート再開」と言ってアーヤは僕の手を握る。
「手を繋ぐのはいいのかよ?」
「そりゃいいに決まってるでしょ。キスとか、スキンシップもオッケー。最後の一線だけは越えないって約束だから」
「はぁ!? なんだよ、それ!」
そこまではしてくるということは、結局踏みとどまるのは僕の意思ひとつじゃないか!
「ほら、行くよ!」
アーヤは散歩に行く犬のように僕をぐいぐいと引っ張っていた。
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爽やかに青春してる場合か!
これでまたアーヤの信頼を勝ち取ってしまった鈴木くん。
なにがあっても裏切らないようにね!
夏の終わりまでに本当に一人を選べるのでしょうか?
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