第26話 急展開の夜

 夕飯の後はみんなで花火。

 夏の夜のリア充の定番である。

 魔法のステッキみたいに振って宙に光の残像で呪文を描く陰山。

 人に向ける振りをして叱られるアーヤ。

 線香花火が下手くそな心晴さん。

 みんなの笑顔が 輝いていた。


 花火の後はアイスを食べながらトランプをしようと決まった。

 僕は暗闇に紛れてみんなの輪を抜け出し、ひとり砂浜に降りてきた。

 波の音しか聞こえない砂浜に座り、月明かりにほんのりと照らされる海を眺めていた。


 考えてみればこの合宿に来ているメンバーは様々だ。

 クラスの中心でキラキラしてる賢斗や優理花。

 真面目でみんなに好かれている心晴さん。

 ちょっと浮いてるアーヤ。

 孤高のボッチの陰山。

 陰キャと言われ、つま弾きにされてるタクマ。

 そしてお調子者を演じる僕。


 いわゆるスクールカーストなんてものは明白にあるわけではないが、それでも普通にしていたら交わることがないメンバーだ。

 しかもみんなが仲良くしていて、一体感まで生まれてきている。

 陰山とアーヤは相変わらずぶつかったりもしているが、本気で険悪な空気ではない。


 みんながこうして繋がりはじめているその中心にいるのは間違いなく優理花だ。

 強引でも他人を結びつけ、誰であろうが分け隔てなく接し、不思議な情熱でみんなを楽しませる。

 優理花は本当に不思議な奴だ。


「ふっ……おもしれー女」


 思わずそんな言葉が口をつき、思わず手で口を塞いだ。


「なに言ってるんだ、僕は」


 無意識で出てしまっていた。


「星がきれいだよね」

「うわっ!?」


 いきなり優理花の声が聞こえて、文字通り飛び上がってしまう。

 そんな僕にお構いなしに、優理花は人二人分ほど開けたところに腰を下ろした。


「黒い下敷きの上に小麦粉をこぼしたような夜空だよね」

「なんだよ、その独特なたとえ。全然きれいな感じしないし、イメージもわかない」

「そっかー。やっぱ私にはポエマーの才能ないかぁ」


 本気でちょっと残念そうな声色だ。

 ポエマーを目指していたことも、あの表現に自信があったことも意外だ。


「鈴木くんってみんなを上手にフォローするよね。怪我した陰山ちゃん運んだり、わざと転んでタクマくんから鬼役を引き受けたり、心晴ちゃんの料理手伝ったり」


 独り言のように優理花は空に向かって呟く。


「別に普通だって」

「普段はふざけてばっかりで人に気なんて遣ってないふりして。さりげなく優しい」

「考えすぎだから」


 心臓の鼓動が大きくなりすぎ、優理花に聞こえてしまうんじゃないかと本気で心配になる。


「だから鈴木くんの周りには自然と人が集まるんだよ」

「は?」


 それは今しがた僕が優理花に抱いていた考えそのものだった。


「ほんと、面白い人」


 優理花は僕を見て、ニコッと笑った。

 暗闇でよく見えなかったけれど、その顔は少し赤らんでいたようにも思えた。

 一秒程度の沈黙の後、優理花は立ち上がってお尻の砂をパンパンと払った。


「さ、いこう。みんな待ってるんじゃない?」

「お、おう」


 あまり長い時間優理花と二人でいたなんて思われたらろくなことにならない。

 僕は優理花を追い越し、全力疾走で別荘へと戻っていった。


「どこに行ってたの?」


 別荘に戻るとやや目の据わった陰山が静かな声で問い掛けてくる。


「い、いや、ちょっとボーッとしたくなって」

「仙川優理花と二人で?」

「違う違う! 優理花は後からやって来て、僕を呼びに来ただけだから」

「ふぅーん」


 疑わしい目で見てくるのは陰山だけじゃない。

 アーヤも、心晴さんも、ジトーッとした視線を向けてきていた。


「トランプだって言ってるのに勝手に個人行動するんだよ? そりゃ呼びに行くよー」


 緊迫した空気なんて気にしてないのか、優理花は脳天気な声で笑っていた。


「さ、トランプやろうぜー! 今日は大富豪からな」


 賢斗が待ちきれない様子でカードを配りはじめる。

 彼の陽気さが救いだった。


 ヒヤリとしたものの、トランプゲームのお陰でなんとか場の空気は和やかなものに戻った。

 タクマは昼間の鬼ごっこの鬱憤を晴らすかのように連勝し、アーヤは何度も負けてちょっと拗ねたり。

 僕もうまいこと道化を演じてみんなに笑いを提供できた。


 名残惜しみながらも十時半になったらみんな自室へと戻っていった。


「ふー……疲れた」


 ベッドで横になった僕はリモコンで照明をオフにする。

 窓の月明かりがぼんやりと暗い部屋に差し込んでいた。


 コンコン……


 控え目なノックが聞こえ、ドアを開ける。


「ちょっといいかな?」

「え?」


 やって来たのは心晴さんだった。

 失礼ながら、反射的に手に刃物が握られていないか確認してしまう。

 一気に闇落ちして『負けヒロイン』となって殺しに来たのかと想像してしまったからだ。

 しかし幸いにもその手にはなにも握られていなかった。


「ど、どうしたの」

「ちょっと眠れなくて、鈴木くんとお話ししようかなーって。迷惑だった?」

「め、迷惑じゃないけど」


 男子の部屋に訪ねてくるなら展開はひとつしかない時間帯である。

 緊張で背筋がピキッとなってしまう。

 部屋に入れてはいけない。

 頭の中で警告音が鳴り響いていた。


「わぁ。鈴木くんの部屋から見える景色もきれいだね」

「あ、ちょっと」


 心晴さんは小走りで窓辺に向かう。

 シャンプーの甘い香りが食虫植物の誘い香のように感じられた。



 ────────────────────



 さあ始まりました!

 ここから皆さんお待ちかねの修羅場展開です!


 この夜から物語は新しい展開を向かえます。

 さ

 更なるスリルが鈴木くんを待つ!

 サイコホラーとラブコメが同時に味わえるなんてお得な小説ですね!



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