第22話 テーブルの下の攻防

 日が沈む頃に夕飯となった。

 大きなガラス戸には日が沈む眩い海が見えている。

 赤や黄にこれほどまで様々な色合いがあるのかと驚かされる景色だ。


「うわっ!? おいしー! これ、心晴が作ったの?」


 驚いて目を丸くするのはアーヤだ。

 他のみんなも口々に美味しいと感動している。


「みんな大袈裟なんだから。市販のルーで作っただけだよ」

「これで市販なの!? 心晴、天才じゃね?」

「アーヤ、褒めすぎ」


 心晴さんは照れ笑いを浮かべながらチラッと僕を見た。

 陰山やアーヤならことさら僕と作ったんだと自慢するだろうが心晴さんはそれをしないのでほっとした。


 アーヤも陰山も僕に気があると勘づいているから無駄に刺激しないのだろう。

 そんな彼女らしい奥ゆかしさも好感が持てる。


「ん?」


 ふくらはぎ辺りに擽ったい感触が走った。

 ちらりとテーブルの下を覗くと、隣の席の陰山が素知らぬ顔をして足の裏で僕のふくらはぎを擦っていた。

 もちろんそれに気付いている人はおらず、みんな料理の美味しさや海の美しさについて歓談していた。


「鈴木くん、どこ行ってたの? せっかく泳げるようになったところ見せたかったのに」

「ごめん。ちょっと疲れて部屋に帰って寝ていたんだ」

「ふぅーん……」


 陰山は不服そうに僕を軽く睨む。

 机の下で足ではしたなくいたずらしているようにはとても見えない。


「陰山、泳げるようになったんだ。えらいな」

「五城くんには溺れてるみたいとか言われたけど。あの人デリカシーないから好きじゃない」

「そんなに嫌ってやるなよ」


 アーヤや心晴さん同様、陰山も賢斗には興味の欠片も持ち合わせていないようだ。


「明日は一緒に泳ごうね」

「わかった」


 陰山の足は甘える猫のように僕の足をスリスリスリスリし続けてくる。

 素足ならまだしも靴下を穿いているから余計擽ったい。


 そのとき──


「ッ!?」


 ピトッと新たな感触が加わった。

 これは間違いなく素足の感触だ。


 驚く僕を見て、向かいの席に座っているアーヤがニヤッと微笑む。

 足の指を上手に使い、僕の足のすね辺りを弄んでいた。


 もちろんアーヤも陰山も同じいたずらを僕に仕掛けているなんて全く気付いていない様子だ。


 スリスリにぷにぷに。

 その両攻撃に耐えながら平然を装う僕の身にもなって欲しい。

 次第に二人の足が近づいていく。


(ヤバいっ……このままじゃ二人の足が触れ合ってしまう!)


 危機感を抱き、チラッとテーブルの下を覗くと、アーヤの足が陰山の足を捕らえていた。

 そして次の瞬間、ずりゅんっと陰山の靴下を引き抜いてしまう。


 アーヤはおそらく僕の靴下を脱がせたと思い込んでいるのだろう。

 ニヤニヤしながら抜き取った靴下を確認していた。


「はぁ!?」


 それが陰山のものだと気付くと鋭い視線を陰山に向ける。

 当然陰山もジトーッと睨み返していた。

 夕食ですら落ち着けないとは、この先の合宿が思いやられてしまう。


 そんなテーブルの下の攻防を知らない他のメンバーは相変わらず楽しそうに談笑していた。

 食事が終わり、デザートを配るタイミングで優理花がみんなに説明をする。


「さっきも話したけど、この家には湯船がないの。シャワーでごめんね。でもベランダにはジャグジーがあるからお湯に浸かりたい人はそっちでお願い。あ、もちろん水着着用でね!」

「俺、素っ裸で入ろうかなー」

「変態さんは即退去処分ですので」


 優理花が賢斗に冷たくツッこんでややお愛想じみた笑いが漏れる。

 賢斗と優理花はまぁまぁ仲良くなっているようではあるが、相思相愛にはまだほど遠いようだ。


 いつもなら二人の仲がどれくらい進展しているかにヤキモキしていたが、今回に関してはどうでもいいことだ。

 あの二人がどうなろうが知ったことではない。

 今はもっと具体的に自分の身がヤバいのだ。


 食後はトランプをするとのことだったけど精神的に疲弊した僕は自室に戻らせてもらった。


「あー、疲れた」


 ベッドに倒れこみ、全身脱力する。

 こんなことをあと2日もすると思うと気が遠くなりそうだ。

 家庭的な心晴さん、甘え下手の癖に甘えたがりの陰山、いたずら好きで水着姿もセクシーなアーヤ。

 このままでは誰かに本気で惚れてしまいそうだ。


「なにも考えるな。なにも感じるな。無になるんだ……」


 呪文のように唱え、頭の中を空にする。

 そんなことをしているうちに、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。



「んあっ!?」


 なにかとても不健全な夢を見て飛び起きる。

 覚醒しきれてないままスマホを手繰り寄せる。

 ちなみにこの島は圏外ではないので通信の問題はなかった。

 時刻を確認すると既に午後十一時を過ぎていた。


「やば……寝過ぎだろ」


 いつの間にか部屋の電気は消えている。

 誰かがやって来て、寝ているのを確認して消してくれたのだろう。

 暗闇の中で耳を澄ますが、もうトランプも終わったようで辺りは静かだった。


 窓から差す月明かりを頼りにテーブルの上のミネラルウォーターを飲む。

 感覚がゆっくりと戻ってくると、今さらながら身体のべたつきに気付いた。


「あー、シャワー浴びてなかったもんな」


 海から帰ってそのまま料理の手伝いをしたので髪はゴワゴワだし肌はベタベタだ。

 タオルを手に部屋を出る。

 みんなも長時間の移動と海水浴で疲れたのか、別荘内は静まり返っている。


 シャワーに向かおうとしてベランダに出るドアの前に差し掛かった。


「そういえばジャグジーもあったんだっけな」


 景色を眺めながらジャグジーに浸かれるなんて最高だ。

 疲れもあるのでシャワーではなく湯船に浸かりたかった。

 そろりとドアを開けて確認する。

 幸い誰も利用していないようだ。

 僕はそのままベランダに出てる。

 薄暗闇の中で静かに波の音が聞こえていた。




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 これ絶対アレだよねと予想された方、正解です。

 次回、アレになります。

 乞うご期待!

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