第20話 合宿開始!

「風がちょー気持ちいい! あがるー!」


 アーヤがクルーザーの船首に立ち、手を広げて風を浴びている。

 大きなサングラスをかけて髪を夏の青空になびかせている姿は映画のワンシーンみたいに美しい。

 ちょっと危なっかしいけど。


「落ちるぞ、アーヤ」

「鈴木もこっちに来なよ」

「僕はいいよ」


 苦笑いで断ると、賢斗が「ノリ悪いなぁ、勇太」と言いながらアーヤの背後に近付く。


「女子がこのポーズなら男はこうだろ」


 賢斗は背後からアーヤの腰に腕を回す。

 映画タイタニックの有名な場面の再現だ。


「ちょ!? やめろよ!」


 アーヤはすぐさまエルボーを賢斗の顔面に食らわせ、賢斗は「ぶはっ!!」と呻きながら後ろに吹っ飛んだ。


「勝手に身体に触るな! キモい! マジ無理」

「ごめん」


 賢斗に惚れていた回のときは自らベタベタ触りにいっていたアーヤなのに、今回は触られただけで嫌悪感むき出しだ。

 ちょっとだけ『ざまぁ』とか思ってしまう。



 僕たち『エンジョイ勢帰宅部』は夏の合宿のため、優理花の両親所有の無人島別荘に向かうところだった。

 もちろんこのクルーザーも優理花の親の所有物である。


 倒れた賢斗に肩を貸して船内に戻ると、優理花と心晴、タクマの三人が合宿の予定について打ち合わせていた。


「でね、でね! そこからの見晴らしがサイコーでさ!」

「それは見てからのお楽しみにしよう。じゃあ部屋割りはこんな感じにして」


 放っておいたら雑談ばかりする優理花を巧みにいなしながら予定を決めていくのは意外にもタクマだった。

 さすがは僕の心強い参謀だ。

 彼を仲間にしたのは正解だった。


(ん? 陰山がいない。どこに行ったんだろう?)


 もう一度外に出て船の後部に行くと柵を掴んでしゃがみこむ陰山の姿があった。


「大丈夫? 酔った?」

「す、鈴木くん。来ないで」

「ほら、水飲むか」

「大丈夫だから。お願い。向こうに行ってて」


 吐くところを見られたくないのだろう。

 その気持ちは分かるが、この状況を見て放っておけない。


「無理せず吐きなよ」

「汚いからあっち行ってて……お願い」

「汚くなんてないよ」


 微笑みながら陰山の背中を擦る。

 サラリーマン時代は酔い潰れた同僚や後輩の介抱をしたものだ。

 こんな美少女の嘔吐おうとなんかで引くほどやわじゃない。


「ほら、目的の島が見えてきた。心配するな」


 涙目で陰山が顔を上げる。

 島に着くまで彼女の背中を擦ったり、水を飲ませたりした。



「本当に無人島なんだ! すごい!」


 船を降りると心晴ははしゃぎながら辺りを見回す。

 普段落ち着いている彼女でも真夏の無人島はテンションが上がるのだろう。

 僕は自分の荷物の他にも花火やら浮き輪やらの遊び道具が入った鞄を持って別荘まで歩く。


 クルーザーを運転してきてくれた人は仕事があるらしく、そのまま帰っていった。

 三日後にまた迎えに来てくれるそうだ。


「落ち着いた?」

「うん。ありがとう。大分ましになった」


 まだ多少顔色は優れないが、陰山も回復しつつあるようだ。


 目的の別荘は島の少し小高いところに建てられていた。


「おおー!」


 別荘に到着するとみんなからどよめきがあがった。

 青い空と海を背景に白亜の豪邸が映えていた。

 真っ白な壁や屋根が強烈な存在感を放っている。


「すごい!なんか地中海にあるお屋敷みたい!」

「さあ、早く入ろ!」


 目を輝かせる心晴の手を取り、優理花が駆け出す。

 みんなもそれに続いて別荘へと駆け出した。

 外観だけでなく、内装も白で統一されていた。

 壁も、天井も、窓も、階段やその手摺まで鮮やかな白だ。


「うわぁ、すご……セレブじゃん」


 アーヤはぽかんとしながら独り言のように呟く。


 床も白いのだが部屋ごとに赤やら青などの絨毯が敷かれていた。

 置かれた家具は木目を生かした落ち着いたデザインで、嫌味な金持ち臭さはなく、センスのよさを感じさせられる。


 ひとまず僕らは決められた自室に荷物を運んで一休憩することとした。

 ちなみに僕の部屋は一階の一番奥の部屋だ。

 ドアを開けると窓からは海が一望できた。


「いい景色だな……」


 荷物を置き、窓際に置かれた椅子に座って海を眺める。

 この辺りはここ以外にも大小様々な島が多く、青い海原にぽつぽつと緑が点在していた。


 のどかで美しい風景を眺めていると、久々にのんびりとした気持ちになる。


(こんなにゆったりと落ち着いた気分になるのはいつ以来だろう?)


 サラリーマン時代は毎日が忙しく、休みの日も寝て過ごすことが多かった。

 こちらの世界に転移してからも文字通り命懸けの毎日で安らぐことなんてなかった。


 海を渡る鳥、常にかたちを変える波打ち際の白波、日に照らされて輝く水面。

 それらをボーッと眺めていた。


 どれくらいそうしていたのだろうか。

 ドアが開く音ではっと我に返った。


「鈴木くん、みんな海に行こうって。リビングに集まってるよ」


 水着に着替えたタクマが誘いにやってきた。


「そうなんだ。了解」


 素早く水着に着替えてパーカーを羽織ってリビングに向かう。




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 色々ありましたが、取り敢えずバケーションの始まりです!

 鈴木くんにもこの辺りで日頃の疲れを忘れて楽しんでもらいましょう!(棒読み)

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