第18話 夏休みの始まり

 目を覚まし、枕元のスマホで時間を確認すると九時ちょっと前だった。


「もうこんな時間か……」


 そう思いながらもすぐには起き上がれない。

 今日から夏休みだ。少しくらいだらけてもバチは当たらないだろう。


 夏休みが始まれば、『負けヒロイン』たちの相手をするのも楽になる。

 学校生活がないので展開が少ないからだ。


 もう一眠りするか、それとも起きてゲームでもしようか?

 微睡みながらそんなことを考えているとインターフォンが鳴った。


「ん?」


 宅急便でも来たのだろうか?

 この時間だともう親は仕事に行っていていない。

 仕方なくベッドから起きて部屋着のまま玄関へ向かう。


「はい」

「よお、鈴木!」

「ア、アーヤ!?」


 扉を開けるとそこにはアーヤの姿があった。

 両肩が露出しただるーんとしたニットの中にレオパードのタンクトップを来て、脚は剥き出しだ。

 一瞬下半身裸なのかと焦ったが、ゆるゆるニットに隠れてデニムのホットパンツは履いているようだった。


「どうしたんだよ、こんな朝から」

「宿題教えてー」

「あ、ちょっと」


 アーヤはズイッと勝手に玄関に入り込んでしまう。


「てか寝てたの? もう九時だよ」

「夏休み初日くらいゆっくり寝るだろ」

「寝癖ついてる。かわいいー」


 アーヤは笑いながら僕の跳ねた髪を手櫛で撫でてくる。

 寝起きから密着されてドキドキしてしまった。


「ちょっと待って。着替えてくるから」

「いーじゃん、そのままで。Tシャツにハーパンの鈴木なんて新鮮だし」

「せめて顔洗わせて」


 アーヤを僕の部屋に案内して洗面所に向かう。


「はぁ……まずいことになったな」


 まさか家に押し掛けられるとは思わなかった。

 夏休み期間中は距離を置いて『負けヒロイン』たちが冷めるのを待とうと思っていたのに。


 ザブザブと顔を洗い、その流れで跳ねた髪を濡らして整える。

 しかし頑固な寝癖はなかなか寝てくれない。


『寝癖ついてる。かわいいー』


 先ほどのアーヤの笑顔を思い出してまた胸がドキッとした。

 寝癖を押さえる手を離し、そのままキッチンへと向かう。

 麦茶とお菓子を持って部屋に戻るとアーヤは勝手に僕の中学校の卒アルを見ていた。


「わ、ちょっと! 勝手に見るなよ」

「中学の時の鈴木ってかわいいね」

「そ、そう?」

「で、どの子が好きだったの?」


 ぶっちゃけ高校からこの世界に転移しているから中学の時の同級生なんて見ず知らずの奴らばかりだ。

 思い出なんて、当然一つもない。


「勉強しに来たんだろ。ほら、宿題を出して」

「えー? いきなり? 焦らなくても今日は夏休み初日だよ」


 自分から宿題教えてくれと来たくせになんという言いぐさだろう。

 でもまあ、それが彼女らしくてなんか笑えた。


「アーヤはどんな中学生だったの?」

「うち? 興味あんの?」


 柄にもなくちょっと照れ笑いするアーヤが可愛い。


「興味というか、まあ……」

「中学の時からギャルだったよー。校則とか厳しかったから髪染めたりはしてなかったけど」


 しばらくアーヤの昔の話を中心に雑談をした。

 保育所の頃両親が離婚し、母に引き取られたそうだ。

 小学校高学年の頃に母が再婚して新しいお父さんが来た。

 ノリがよくて嫌いじゃないらしいが、よくも悪くも父親というよりは友達という感じなのだそうだ。


 これまで個人的な付き合いなどなかったので知らなかったが、アーヤにはそんな生い立ちがあったらしい。


「ママが忙しそうにしてたし、いまのパパには甘えづらいし。だからウチはちょっと寂しがり屋なのかも」


 なるほど。寂しがり屋が転じてあの凶行に及んでしまうのか。

 そんな失礼なことを思い、妙に納得した。


「アーヤの将来の夢ってなに?」

「夢? 夢かぁ……別にないなぁ」

「お洒落だからショップの店員さんとか、美容師さんとかは?」

「ないない。ウチ、不器用だから美容師とか無理だし。愛想も口も悪いからショップの店員も無理じゃね?」


 なにか打ち込めるものがあれば恋に依存しないはずだ。

 なにかないのかと気が焦る。


「モデルさんとかは? アーヤきれいだし、スタイルいいし」

「き、きれい? ふぅん。鈴木にはそう見えるんだ?」


 急にアーヤは顔を赤く染め、もじっとニットの裾を引っ張って脚を隠す。


「あ、いや、それは……」


 功を急ぎすぎ、地雷を踏んでしまう。

 鈍感難聴クソ野郎の道のりはまだまだ険しく遠い。


「てかモデルとかなれるわけないでしょ」

「そんなのやってみなきゃ分かんないって」

「じゃあ練習してみる。写真撮って」

「へ?」


 立ち上がったアーヤは机に腰かけて脚を組む。


「ほら、スマホでいいから撮って」

「お、おう……」


 カメラレンズを向けるとアーヤはニコッと微笑む。

 大きな目を少し細めた柔らかな表情に、心臓を掴まれたような動悸を覚えてしまう。


 唇を尖らせて怒った顔、会えて視線を外す流し目とコロコロ表情を変えていく。

 立ち上がり振り返ったり、床に座って見上げるなど、ポーズも変えてきた。


 これではモデルというよりアイドルの撮影会だ。

 的確にアーヤは僕の心を揺さぶってくる。


「ちょっと! エッチな目してる!」

「し、してないから!」

「パンツとかブラとか見えてないでしょうね?」

「見えてないって!」


 チラッとしか。


 アーヤは疑わしげに僕の瞳を覗き込む。

 瞳で助かった。

 股間の辺りを見られていたら、嘘をついているとバレていただろう。


「あー、なんか暑いからこれ、脱ごうっと」

「ちょ!?」


 アーヤはゆるんとしたニットを脱ぎ捨ててしまう。




 ────────────────────



 相変わらず『ヤッてる』鈴木くん

 見てられませんね!

 そしてもちろんこの後の展開は──


 次回をお楽しみに!

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