第16話 アーヤの加入
間もなく夏休みということは、期末テストも目前に迫っている。
先生は「二年の一学期の期末テストは重要だ」などと言って脅かしていた。
それに感化されたわけでもないだろうが、クラスの空気はテストに向けて引き締まっていた。
そんな日の朝でも僕は校内の巡回を欠かさない。
どうせこの世界で大学受験をすることはないのだから、赤点だけ取らないように適当にやり過ごせばいい。
(それにしても今回は『負けヒロイン』候補が少ないな)
バレー部の先輩も、一年のわがままお嬢様も、優理花が転校してくるまで二年生で一番可愛いと評判だった女子も絡んでこない。
とはいえいつ誰が『負けヒロイン』になるか分からないので気は引き締めていた。
中庭の前を通ると今朝も眼鏡をかけた一年女子がベンチに座って本を読んでいる。
テストに向けて勉強しそうな雰囲気なのに意外だ。
こちらの視線に気付いた彼女が顔を上げ、視線があってしまう。
軽く会釈すると向こうも軽く会釈する。
面識はないのだけど感じの悪くない子だ。
なぜか彼女だけは負けヒロインにならない。
根拠もないけどそんな気がした。
「中庭にいる眼鏡っ娘?」
「そう。朝はいつも一人でそこにいて、他の時も一人でうろうろしてるんだけど」
タクマならなにか知ってるかと思い訊ねてみた。
「あー、
「おー、それそれ。その人。さすがタクマだな」
タクマは手帳を捲りながら答えてくれた。
「あの子ってどんな子なの?」
「なに? 興味あるの?」
「興味あるっていうか、まあ、なんか気になって」
「へぇー」
タクマはにやにやしながらペラペラと手帳を捲っていた。
「んー、ごめん。あんま情報はないな。特に目だった動きもないし、仲の良さそうな子も分からない」
「そっか」
タクマの情報網を持ってしても謎とは、相当だ。
「気になるなら調べておくよ」
「いや、それほど気になるって訳じゃ」
「なに?女の話かよ?」
不意にべちんっと背中を叩かれ、「ひゃ!?」と情けない声を上げてしまった。
六回も殺されていると妙に臆病になってしまう。
振り返るとアーヤが不機嫌そうな顔をして立っていた。
「ビビりすぎだし。疚しい話してたんだろ」
「ただの世間話だから」
「変な部活にも入って優理花とか心晴と仲良くしてんじゃん」
「あれは純粋に遊んでるだけで」
「うっさい。鈴木の女好き!」
「そういうのじゃないから」
「なんか清純そうな子ばっか好きだよね……ウチも黒髪にしようかな……」
アーヤは唇を尖らせながら髪先を弄る。
普通に考えたら拗ねてて可愛らしい仕草だ。
しかし失恋すると闇落ちして凶行に走ると知っている僕には恐怖しかなかった。
「ア、アーヤはその髪とメイクが好きなんだろ? 男受け狙って変えるとか、アーヤっぽくないよ」
「そっか……そうだよね」
「自分の生きたいように生きる。他人に影響されない。それがアーヤだって」
「うん」
なんとか機嫌は直してくれたようだ。
こんないつ爆発するか分からない子たちと関わって、よく賢斗はやり過ごせていたな。
はじめて彼を尊敬する気持ちになった。
「じゃあさ、ウチも鈴木の部活に入っていい?」
「そ、それはどうかな? みんなに聞いてみないと」
今でさえ心晴と陰山の対応に追われてるのにこれ以上増えたら手に負えない。
せめて陰山と心晴が仲良くなってからにして欲しい。
「なに言ってるの。いいに決まってるでしょ」
「ゆ、優理花」
どうやら僕らの話に聞き耳を立てていたようだ。油断も隙もない。
「アーヤ、大歓迎だよ! 是非我が『エンジョイ勢帰宅部』に入部して!」
空気を読まない優理花はアーヤの手を握ってブンブン上下させる。
おかしなテンションにさすがのアーヤもビックリしていた。
放課後、校門の前で新入部員であるアーヤを優理花が紹介する。
「今日から仲間入りした猪原さんです!」
「知り合いだしいちいち紹介するな」
迷惑そうなアーヤ。
そして心晴と陰山は困惑した顔をしていた。
なんか嫌な空気だ。
「ど、どうした、心晴さん、陰山?」
「別に。ただ男目当てで入ってこられると迷惑かなって」
「ちょ、陰山! 口悪いぞ」
陰山はプイッとそっぽを向き、一人で駅の方へと歩きだしてしまう。
「ごめんな、アーヤ」
「別に。嫌われるの慣れてるし」
アーヤも陰山に続いて歩きだす。
優理花はどういう神経なのか、この状況なのに「今日はなにしよっかなー」とニコニコ顔だ。
みんながそれぞれの歩調で駅へと向かう。
一番後ろを歩く僕の隣に心晴さんが近付いてきた。
「ごめん、心晴さん。なんか変な空気にしちゃって」
「ううん。でも陰山さんの気持ち、分からなくもない。アーヤが入部したのって鈴木くんがいるからじゃない?」
「そ、そんなことないでしょ?」
鈍感な振りをすると心晴さんはため息をついた。
「アーヤって最近あからさまに鈴木くんにすり寄ってるでしょ。気付いてないわけないよね?」
「そ、それは、まぁ、ちょっとくらいは」
厳しめに指摘され、思わず小さく頷いてしまう。
やはりにわか仕込みの鈍感では通用しない。
賢斗のように天然じゃないとすぐに見透かされてしまうのだろう。
まだ一学期も終わっていないのに、このまま一年逃げ切れるのか、不安で胸がいっぱいだ。
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ついに三人が部活に揃ってしまいました!
この状況で鈴木くんはどのように立ち回るのでしょう?ワクワクですね!
他人事だと思って皆さんはニヤニヤしながらリラックスしてお楽しみください!
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