第14話 蔭山のプール特訓

 雨が降ってしまうと基本野外活動のエンジョイ勢帰宅部はやれることが少なくなってしまう。

 せっかくタクマを新入部員として迎えたのに今日も雨だ。

 誰が一番でかい水溜まりを見つけるかという小学生でもしなさそうなことをして駅まで歩いた。


「雨ばっかだと気が滅入るねー」

「ほんとだな」


 ため息混じりの優理花に賢斗が頷く。

 二人はすっかりエンジョイ勢帰宅部の主力二名として意気投合していた。

 以前なら二人の接近にハラハラしたものだが、今は状況が違う。


 並んで歩く二人を特に気にした様子もなく、僕の両隣には心晴さんと陰山が歩いていた。

 その後ろをとぼとぼと新入部員のタクマが歩いている。


「そうだ! 夏になったらみんなで海にいこうよ! エンジョイ勢帰宅部の合宿!」


 優理花が振り返り、満面の笑みを浮かべる。


「帰宅部が合宿なんて……どこに行くつもり?」

「夏といえば海でしょ!」

「泊まりで海に行くの? 色々大変でしょ? お金もかかりそうだし」


 なんとか思い止まらせたくて文句を言う。


「宿泊費の心配はないよ! うちの別荘があるの! みんなで行こうよ!」

「別荘!? すごーい!」

「マジか!泳ごうぜ!」


 賢斗と心晴さんはノリノリだ。


「タクマくんもいいよね?」

「ぼ、僕もいいの? 今日入ったばかりなのに」

「当たり前じゃーん!」


 誰とも分け隔てなく接するところが優理花のいいところだ。

 すっかりタクマも合宿に行く気満々になってしまった。

 しかし陰山だけは沈んだ顔をしていた。



「陰山、ちょっと」


 駅について解散となってから陰山と二人で話すことにした。


「合宿、嫌なら行かなくていいんだぞ?」

「嫌とかではないんだけど」

「家が厳しいとか?」


 その問いかけにも陰山は首を振る。


「行きたいとは、思うんどけど……」

「何か問題が?」

「実は私、泳げないの」


 陰山は恥ずかしそうにぽそっと呟いた。


「なんだ、そんなことか」

「そんなことじゃない。大問題。海に行くのに泳げないとか絶対ダメだし」


 泳げないならビーチでのんびりしてもいいし、波打ち際で足をつけるだけでもいい。

 そう思ったが、彼女にとってはそれでは気が済まないらしい。


「鈴木くん、泳げるの?」

「まあ、一応」

「じゃあ教えて。プールで特訓して」


 あまりに真剣な表情だったので、断ることが出来なかった。

 それに出来ないことに挑戦したいという陰山の気持ちを大切にしてやりたかった。



 週末、僕たちは屋内の市民プールにやって来た。

 塩素の匂いが妙に懐かしく感じる。

 着替えてプールサイドに行き、陰山が来るまで軽く準備体操をしていた。


「お、お待たせ……」


 恥ずかしそうにモジモジと陰山がやってくる。

 中学の時のスクール水着なのか、ちょっとむちっとしていて無駄にエロくなっていた。


 それよりも特筆すべきは髪だ。

 普段瞳に半分かかった前髪もすべて水泳キャップに納められている。

 はじめてしっかりと見るその目はクリッとしていて可愛らしい。

 柔和な眉も普段のイメージとはずいぶん違って見えた。


「じ、じろじろ見ないで。急でこれしかなかったから……本番はもっとお洒落でエッチなやつ着る」

「いや、別にそんなの期待してないから」

「なんで。男の子は好きなんでしょ、エッチな水着」

「どんな偏見だよ」

「あ、分かった。私のおっぱいが小さいから似合わないって思ってる」

「そんなこと思ってない」


 確かに陰山の胸は小さい。

 けれどそれがむしろ陰山には似合ってるから可愛いと感じた。

 とはいえそんなこと言うとよくない方向に行ってしまいそうなので言わなかったけど。


「しかし僕も泳げるか心配だな。なんといっても学生の頃以来だし」

「それ、冗談? ちょっと面白いかも」


 つい口が滑ってしまった。

 気を付けなくてはと気を引き締める。




 泳げないというのも、特訓したいというのも、嘘はなかった。

 陰山は浮かぶことすら出来ずにすぐ沈んでしまう。

 キックをしたり水を掻いても水飛沫が上がるだけで前に進まない。

 むしろこれだけバタバタしてるのに進まないのは才能な気さえした。

 それでも陰山はめげることなく練習を続ける。


「ちょ、大丈夫か?」


 ブクブクブクと沈む陰山を慌てて引き上げる。

 水を飲んでしまったのか、ケホケホと咳き込んでいた。


「無理するなよ」

「大丈夫。せっかく鈴木くんが教えてくれてるんだから、頑張らないと」


 陰山はまた大きく息を吸い、顔を水に浸けて手足をバタバタさせる。

 全く進まないその隣を小学校に上がる前のような幼い子が抜いていく。


「仕方ないな」


 陰山の手を取り引っ張る。

 陰山は驚いて水面から顔を上げた。


「キックで進むんだ。大丈夫。引っ張っていくから」

「う、うん」


 本当はあまり身体に触れないようにしたかったが、ここまで真剣なら仕方ない。


「ほら、もっと脚は付け根から動かして」

「こう?」

「もっとここから」


 脚を持ってキックの仕方を教える。


「ほら、お腹が下がってる。もっと上げて」

「はい」


 痩せているけど筋肉がないせいか、お腹はぷにっと柔らかい。

 ってなに考えてるんだ、僕は。

 真面目に練習する陰山に失礼だ。


 普段のすっ飛んだイメージとは違い、練習をする彼女はとても素直で真面目だった。

 とはいえ水の掻き方はこう、息継ぎはこう、キックはこう、などと教えるのにはどうしても身体を密着させなければいけない。

 申し訳ないと思いつつも、なんだか下半身はモヤモヤしてしまう……





 ────────────────────


 真剣な陰山さんの特訓に付き合う鈴木くん。

 メンタルケア以外にもパーソナルトレーナーも始めたようです!

 立派ですね!



 そして合宿なんて行ったらどうなるんでしょうか?

 ワクワクですね!

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