第9話 心晴さんの夢

 逃げようと立ち上がりかけた心晴さんの手を握る。


「大丈夫。はったりだ。こちらには気付いてないよ」


 背の低い植木に隠れ、チラッと様子を疑うとあちこちキョロキョロ見回しながら歩く優理花の姿が見えた。

 徐々にこちらに近付いて来て、隣に隠れる心晴さんが息を呑むのが聞こえた。


 僕らの姿に気付いていない優理花は「そんなとこに隠れちゃって。かわいい」とか「おーい、見えてるよー」などと言いながら遠ざかっていった。


 大丈夫とか言いつつ僕も少し焦っていたので、手を繋ぎっぱなしだったということに今さら気付いた。


「あ、ごめん」


 慌てて手を離す。

 心晴さんは聞こえてなかったかのように無反応だったけど、照れくさかったのか顔は赤くなっていた。


「こ、ここは危ないかも。今のうちに移動しよっか」

「そうだね」


 音を立てないように木立から出て噴水のわきを通って児童公園に向かう。

 ここは大型遊具もあるので隠れやすそうだ。


 滑り台やらジャングルジムを複合した遊具の下のスペースに身を潜める。

 高校生二人が隠れるので子どもたちからは好奇の目を向けられた。


「もう誰か捕まったかな?」

「どうだろう? 優理花は結構こういうことには勘が鋭いから一人くらいは見つかって捕まってるかも」

「たかが鬼ごっこなのになんかハラハラするね」


 心晴さんはいたずらっぽく笑う。

 狭いからその顔は近く、身体も結構密着してしまっていた。

 僕は別の意味でハラハラしてしまう。


 心晴さんは僕の首筋に顔を近付けてきた。

 なにか内緒話かなと思ったがなにも語らない。

 たしか以前もこんなことがあった気がする。

 ていうか心晴さんの鼻息が首筋にかかってくすぐったい。

 なんか変な気分になってしまいそうだ。


(いやいや、なに考えてるんだよ。そんなことよりすべきことがあるだろ)


 緩みかけた気持ちを引き締める。

 ──いよいよ第三の作戦に移るときだ。

 第一の作戦は闇落ちしないようにメンタルケアをする。

 第二の作戦は『負けヒロイン』同士の仲を取り持ち、繋がりを作ってお互いに励まし合う。

 そして第三の作戦は恋愛以外の目標を持たせるというものだ。


 結局のところ彼女たちが『負けヒロイン』に転落するのは恋愛に比重を起きすぎ、それが打ち破れるからだ。

 その前に恋愛以外の情熱を持てるなにかを見つけさせる。

 夢に向かっていれば恋にかまけている暇も、落ち込んで病む暇もないはずだ。


「心晴さんは将来の夢とかあるの?」

「どうしたの、急に」

「いや、俺は夢とかないから他の人はどうなのかなって思って」

「夢かぁ。まあ、一応は」

「なに?」

「お菓子作るのが好きだからパティシエになりたいなって」


 心晴さんは少し恥ずかしそうにそう打ち明けてくれた。


「おー! いいね! この前もらったクッキーもすごく美味しかったよ」

「あんなの全然駄目だよー」

「夢があるなんて羨ましい。しかもその夢に向かって努力もしてるんだもんね」

「努力っていってもお菓子作ってるだけだよ。趣味みたいなものだし」

「マカロンも作れるの?」

「出来るよ。下手くそだけど」


 そう言って心晴さんはスマホの画像ホルダーから自作のマカロンを見せてくれた。


「うわ、すごっ! プロじゃん」

「見た目だけだよ。サクッとした歯触りも、ふんわり感もまるでないから」


 気をよくしたのか、心晴さんは次々と自作スイーツの写真を見せてくれる。

 出来のいいもの、悪いものあるが、どれを語るときも瞳が輝いていた。

 本当にお菓子作りが好きなんだろう。


「きっといいパティシエになるよ、心晴さんは」

「そ、そうかな? ありがとう」

「お店を開いたら一番先に買いに行って客第一号になるよ」

「別にプロになる前にも、試作品とか食べてもらいたいんだけど……」

「あっ!?」

「え、なに?」


 張り合わせの板の隙間から外を見て焦る。

 いつの間にか公園に賢斗の姿があった。


「賢斗だ」

「なんか辺りをキョロキョロしてるね」


 こそこそした動きではなく、獲物を探す肉食獣の動きだ。

 あれは間違いなく、既に捕まって鬼になっているのだろう。


「逃げようか?」

「いや。バレるギリギリまで隠れていた方が得策だ」


 辺りを見回していた賢斗がゆっくりと近付いてくる。

 バレてはいないだろうけど、念のためにこの中も確認するつもりなのだろう。


「逃げろ!」


 これ以上近づかれる前に行動を起こした方がいい。僕らは一斉に飛び出す。

 一拍遅れて気付いた賢斗が走って追い掛けてきた。


「無理! 絶対捕まるよぉ!」

「諦めるな!」

「逃がさねぇぞ!」


 賢斗がぐんぐんと距離を縮めてくる。

 ここは仕方ない──


「心晴さん、逃げろ!」


 賢斗の前に飛び出し、囮になる。


「鈴木くん!」

「いいから逃げろ!」

「でも」

「いいから!」


 心晴さんは苦しそうな顔で頷いて駆け出す。


「いい度胸だな、勇太。勝負だ」

「望むところだ」


 賢斗がタッチしてこようとするのを避けながらバックする。

 背を向けて走ると相手が見えないので対峙するしかなかった。

 とはいえそんな格好でいつまでも堪えられるはずもない。

 体勢を崩して転びかける。


「隙あり!」

「うわっ!?」


 よろけたところをタッチされてしまった。

 でも時間稼ぎは出来た。

 この隙に心晴さんは──


「志摩心晴、確保した」


 あっさり陰山に捕まってしまっていた。


「ごめんね、鈴木くん。せっかく庇ってくれたのに」


 心晴さんは汗をかき、照れくさそうに笑っていた。

 高校生でも鬼ごっこは楽しい。

 それを知った放課後だった。



 ────────────────────


 ついに鈴木くんの第三の作戦が発動されました!

 夢に向かって走り出せ作戦!

 でも心晴さんは夢を応援してくれる素敵な人という認識しかなさそうだけど……


 どんどんまずい方向へと突き進む鈴木くん。

 黒ひげ危機一髪ばりに刺されまくらないか心配ですね⭐️


 さて次回はアーヤ絡みのトラブル発生!

 負けるな鈴木くん!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る