第16話

 ここはノブレス帝国帝都、キャレット城。


 現皇帝、ミダス・ロン・キャレットは部屋の中を忙しなく歩き回っていた。


(アイリスは大丈夫だろうか⋯⋯。魔物避けの魔道具、道標の魔道具、真実の魔道具、眠りの魔道具など持たせたが⋯⋯心配だ⋯⋯)


 ミダスは子煩悩だ。特に、殺伐とした性格の我が子達の中で、一番純粋な性格をしているアイリスは、ミダスのお気に入りであった。


 ノブレス帝国が抱えている魔道具職人に多額の金を渡し、アイリス専用の魔道具を幾つも作らせた。その中でも特に強力な真実の魔道具は、世界でアイリスしか持っていない。


 アイリスがゴーヌ山脈で行方不明になった。その報せが届いたのは昼食を摂った直後。既に陽は沈みかけ、帝国騎士団の決死の捜索も徒労に終わっている。

 ミダスは今すぐ城を飛び出して捜索したい気持ちをグッと堪え、アイリスの帰りを待つ。しかし、不安が大きすぎて仕事にならないため、こうして部屋の中をウロウロと徘徊しているのだ。


(アイリス⋯⋯無事に帰ってきておくれ⋯⋯。アイリスが戻ってこなければ、私は何をするか分からぬ⋯⋯)


 子煩悩ではあるが温厚ではないミダスは、執務室に飾られているに目をやった。ノブレス帝国皇帝のみが所持を許されている『五魔装具』のひとつ、『魔剣オール』は決して壊れず変化しない素材で出来た魔法の剣である。


 アイリス専用の魔道具として『真実の魔道具』を作らせたミダスは、その後魔道具を作った竜族の末裔である職人を、この魔剣オールで斬り殺していた。彼とは旧知の仲であり、自分専用の魔道具を幾つも作ってくれた恩人であり親友だった。そんな彼を、自分の都合ひとつで斬り殺したのだ。


 理由は単純であり、真実を見抜く力というのが非常に強力だから。特に、嘘で塗り固められた貴族社会や周辺諸国との外交の場において、その存在はたいへん価値のあるものだ。更にあの魔道具はアイリスしか使えない。ならばアイリスの価値はどんどん上がっていき、世界中から狙われることになってしまう。

 かといって誰でも使えるように量産してしまえば、その魔道具がいずれ敵の手に渡り、悪用される可能性もあるだろう。


 故に、その情報を知る者と作れる者を同時にこの世から消した。アイリスとノブレス帝国のため、恩人で親友の職人を斬り殺したのだ。


 なお、皇帝であるミダスの魔道具が無いのは、素材にユニコーンの角が必要だからである。ユニコーンは処女にしか力を貸さない。この魔道具は、処女にしか効果を発揮しないのだ。そもそも男であるミダスでは使えない。


 閑話休題。


 帝国では、民を思いやり全てを見通す賢帝として知られているミダス。それは真実であるが、帝国の皇帝というのは甘く優しいだけでは務まらない。


 もしアイリスに何かあれば、まずはアイリスを見失った騎士団に責任を取らせる。次はゴーヌ山脈を徹底的に調べあげ、魔物の仕業ならその魔物がこの世から絶滅するまで追いつめ殺す。ここまでは、アイリスという愛する娘を失った父親の感情だ。


 ノブレス帝国の皇帝としての感情は、アイリスの死を最大限に利用しろと囁く。国内情勢も外交問題も、いたいけな姫の死を利用してあらゆる成果を出す。このグラン大陸全てを支配し、人類史上最後の覇権国家として名を残すのが、ノブレス帝国王族きっての野望。


 優しい父の側面と、どこまでも計算する冷徹な王の側面を併せ持つ。それがミダス・ロン・キャレット。3000年の歴史を誇るノブレス帝国が107代目皇帝。


 そして、この二面性がミダスを永遠に苦しめている。愛する者や宝物の利用価値が高くなればなるほど、自分の王としての側面が抑えきれなくなり、自分の大切なものを傷つけてしまうのだ。


 大事な大事なアイリスを、死んだ途端に国家繁栄の道具に利用したくない。しかし、皇帝である自分は間違いなく利用してしまうだろう。だからこそ、アイリスに生きていて欲しい。アイリスが生きていれば、そこまで外交的な価値は無い。むしろ生きて国民の理想として君臨し続けた方がよっぽどマシだ。


(また⋯⋯またアイリスを『モノ』として見ている⋯⋯自分がいる⋯⋯!)


 ふとした瞬間に、全ての存在をノブレス帝国繁栄のための『モノ』として見てしまう。もはや別の人格だといえるほど、ミダスの親と皇帝の心は乖離してしまっていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「アイリス殿下ぁーっ!」


「殿下ぁーっ!どこですかー!」


 ゴーヌ山脈。ノブレス帝国騎士団は、第二王女であるアイリス行方不明事件を解決するため、必死の捜索を続けていた。


 事の発端は、ゴーヌ山脈の地質調査と魔物の生息状況調査、また最近ゴーヌ山脈で起きている行方不明事件の調査をするため、自ら志願したアイリスと共に騎士団が山入りしたことだった。

 山入りしてから数分後、周囲を囲んで護衛していたはずのアイリスが突如として消えてしまい、しかもどこにも形跡すら無く見つからない。


 この調査を担当していた分隊長は、急ぎ騎士団と皇帝に報告をした。その際の二人が放った殺気は、数々の修羅場をくぐり抜けてきた分隊長も一撃で失禁するほどのものだ。

 このままであれば間違いなく自分たちは処刑される。恐れた騎士達は、疲れなど気にする素振りも見せずにアイリスを探し続けた。


「良いか!他の何よりもアイリス殿下の捜索を優先しろ!!見つかるまで眠れると思うな!草の根分けてでも探し出せ!!」


 瞬く間に失禁の噂が駆け巡った分隊長が、松明片手に大声をあげる。一国の王女が行方不明となり、その責任を負わされるとなれば、一族郎党皆殺しで住むかどうかといったところ。最悪、地元の村まで滅ぼされてもおかしくない。彼らは、ミダスの冷酷な王としての部分を嫌というほど見てきた故に、少しも手を抜けないのだ。

 なお、自分が分隊長の立場なら自分も失禁してしまうだろう、と考えている騎士達は、失禁した分隊長に対して同情しか感じていない。


 陽は沈み、夜となった。魔物が活発に動き出す時間だ。地の利もあれば夜目もきく魔物たちは、その種族優位性の高さから夜に行動する者が多い。急がなければ、たとえ魔道具があろうと幼い少女であるアイリスでは夜を超えることなど出来るはずがない。


 魔物避けと道標の魔道具があることは、騎士団も承知している。魔物避けの煙も無く、道標の魔道具に従って帰ってこないということは、間違いなくアイリスの身に何かが起きているのは明白だ。分隊長は、既に死を覚悟している。

 今こうして捜索しているのは、一縷の望みに賭けているのもあるが、こうして最大限の責任を取らなければ家族まで殺されるからだ。最悪、アイリスの死体だけでも見つけ出し証拠を掴まなければならない。


 最悪なのは既に魔物に食い散らかされ、死体すらも回収できないパターンだ。そうなればあらゆる真実は捻じ曲げられ、自分の家族も村も何もかもが滅ぼされてしまう。どうしても、何かアイリスが居なくなった証拠を掴む必要があった。


 そんな時、一人の騎士が悲鳴をあげる。


「うわあああっ!?」


「どうした!?」


「敵襲!敵襲です!ナイトメアゴブリンが現れました!」


「くそっ!こんな時に!総員、抜剣!第一戦闘態勢を取り、各個撃破せよ!ゴブリンごときに構っている時間は無いぞ!」


『はっ!抜剣!!』


 ナイトメアゴブリン。通常のゴブリンよりも夜目がきき、暗闇の中で身体能力が上昇する魔法を宿すゴブリンだ。通常のゴブリンと昼間に戦えば、騎士団なら簡単に倒すことが出来る。しかしナイトメアゴブリンと夜に戦えば、魔法の能力上昇と種族能力の差で厳しい戦いとなる。


 分隊長は戦闘態勢をとるように部下の騎士達に指示した。騎士達は、分隊長の指示に従って抜剣する。さすがにノブレス帝国騎士団といえど、消耗品かつ大量に必要な剣まで魔道具では揃えられていない。


 魔道具の剣は魔剣として扱われる。魔剣を始めとした、武器として活用出来る魔道具を作るには特殊なが科せられており、魔道具を作るより遥かにコストがかかるのだ。故に、騎士団が持っているのは鍛冶師が作った普通の剣だ。それでも巨大国家であるノブレス帝国の一流鍛冶師が作っており、並の剣より性能が高い。

 また魔石が素材に使われているため、鉄だけで作った剣よりは性能が高くなっている。魔石によって得られる力は魔剣には少し及ばないため、制約が無くとも作ることが可能だ。騎士が持っているのは切れ味と耐久度の向上、さらに切った部分の傷を広げる効果が宿っていた。


 騎士達は、それぞれの背中を守るように円形に陣を組む。ナイトメアゴブリンは、錆びた鉄剣を構えてその陣に突撃をしかけた。


「ガガガガガ!」


「ギガーガガガギギギ!!」


「来るぞぉ!!」

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