高千穂峰登山

 高千穂峰は標高一五七四メートル。登り口は高千穂河原にしたからここで標高五〇〇メートル、標高差は千メートルちょっとだね。だけどカケルは嫌がってたな。


「山登りですか!」


 カケルの歳ならそういう反応になるはわかるよ。カケルはツーリングをするぐらいだからアウトドア派になるだろうけど、


「そやろな。アウトドアいうたら山か海やが、山と言ってもキャンプぐらいやろ」


 キャンプに伴う軽いハイキングぐらいはありでも、山を登るとなれば話は別になるもの。カケルの表情に、どうしてわざわざそんなシンドイ目をしないといけないのかって出てるもの。


「なに言ってるの。たったの標高差千メートルじゃない。六甲山に毛が生えたぐらいだよ」

「えっ、六甲山」

「カケルかってバイクで上がったことあるやろ。それを今日は歩いて登るだけや」


 バイクと歩くでは話がまったく違うとカケルは言いかけたけど、


「つべこべ言わずに付いて来る」


 コトリと二人で踏みつぶしてやった。あきらめなさい、誰を相手にしてるのかってことだよ。まずバイクで向かったのは高千穂河原。ここは霧島神宮の三度目の移転地であり、高千穂峰への登山基地にもなってるところなんだ。


 駐車場も整備されてるし、ビジターセンターみたいなのもあって、常駐職員もいて登山道具もそれなりに売ってるし、高千穂雌登山のアドバイスや入山記録も管理しているところなんだ。


 高千穂峰は標高差千メートルとはいえ六甲山より厳しい山になるのよ。六甲山だってちゃんとした装備で登るべきだけど高千穂峰はそれ以上で良いと思う。もちろん日本アルプスに登るわけじゃないけど、登山靴、リュック、飲料水、お弁当、雨具や防寒具ぐらいは必要。


「手袋も用意させといた。岩場が多そうやからな」


 杖もあったほうが良いかもしれないから、カケル用の分は準備させたそう。わたしもコトリもいらないけどね。そういう装備はかさ張るのよね。というか、そんなもの載せてツーリングは無理だから高千穂河原に運ばせといたの。


「そやから手配したのはコトリや」

「実際に手配したのはミサキちゃんでしょ」


 ワゴン車で持って来させて、中で着替え。ライディングスーツで登るのは無理あるからね。相変わらずシブシブのカケルを引き連れて、


「いざ天逆鉾に御対面」


 最初は林の中のハイキング・ロードかな。


「古宮址や」


 霧島神宮二度目の移転地だけど、ここでも噴火の被害に遭うのよね。さらに林の中を抜けると本格的な山登り。カケルがもう顎を出してるよ。あれは体力がないのじゃなくて、足が歩くのに慣れてないからだよ。


「まだ始まったばかりよ」

「ここでヘバッてどうするんや」


 とは言うものの甘くないね。高千穂峰は火山だからハゲ山で木どころか草も殆ど生えていない。登山ルートはあっても、六甲山みたいに踏み固められた登山道があるわけじゃない。とにかく岩がゴロゴロしているガレ場がずっと続いてる感じだよ。


「岩場もあるけど、土のとこがえらい柔らかいな」


 火山灰とかが降り積もって出来てるはずだから、踏むとめり込むどころか、沈んでしまうとこも多いのよね。


「ハイカットにしといて正解やったな」


 沈むと言っても場所によっては靴ごと埋まりそうなところもあるから、スニーカーどころかトレッキングシューズなら大変なことになりそう。足場はそんな感じで良くないけど、木が生えてないから景色はとにかく良いのが気持ちイイ。あははは、カケルの顔が死にそうだよ。


「コトリ、ペースを落としてあげて」

「そやな。ほいでもカケル、これぐらいで情けないで」


 わたしもコトリも女神の体力もあるけど、歩きなれてるんだ。古代はとにかく歩くしかなかったからね。


「これぐらいの山、完全武装で三十キロぐらい担いでも鼻歌まじりやろが」


 それは言い過ぎ。あの頃の兵士はそう出来るように鍛え上げてたし、これが出来ないものは落伍して殺されていた。当時ならそれだけ背負っても駆足で登れたものね。いや登れなかったら待っているのは死だからそれこそ必死で鍛えていたぐらい。


 カケルは悪戦苦闘してたけど、その代わりにわたしたちは余裕があり過ぎたから景色を楽しめたよ。こうやって見ると、霧島連峰を神聖視した気持ちが良くわかる気がする。これで噴火でもしていれば、まさに神々の地って雰囲気は確実にあるもの。


「天逆鉾やけど、なんかエクスカリバーと似てへんか」


 アーサー王伝説に出てくる神剣ね。この伝説はモチーフとしてあれこれ世界中に広まってるよ。古代神話は同心円状に広がるって法則があったはずだけど、日本にも来てたのかな。


「その辺は諸説紛々や。解釈なんてやりようでいくらでもできるからな。シュメール語と日本語の類似なんかもそうやんか」


 たとえばシュメール語で水害の合った年をム・エカシって言うのだけど、これが日本語の昔になったとかね。他にも牛とか手もあったはず。だけどね、逆に言えば似てるのはそれぐらいで、


「あれぐらいは偶然の一致とする方が妥当やろ」


 全然違う言葉だものね。それでも突き刺された剣が天逆鉾に通じるものがありそうな気がする。


「天逆鉾もあったんかもしれん」


 そりゃ、今でもあるだろうけど、最初は神の怒り、つまり噴火だけど、これを鎮めるために鉾を突き刺したぐらいはあっても良さそう。なんか逆に怒りを買いそうな気もするけど、


「神の怒りを鎮めると言うより、侵略の成功の象徴みたいなもんや」


 なるほど! 高千穂峰を神として崇める部族と争い、これに勝った部族が、敗北部族の神聖存在の高千穂峰に鉾を突き刺して征服宣言したぐらいか。それが邇邇藝命で天孫降臨伝説の源流みたいなものとか。


「負けた方は鉾をもっとらへんどころか、見たことも聞いたこともない新兵器やったかもしれん」


 青銅製の武器を持つ邇邇藝命軍にこん棒で立ち向かって負けたぐらいかもね。そんな事を話しているうちに御鉢に到着。カケルは完全にグロッキー状態で座り込んじゃったけど、


「カケル、座ったら余計に疲れるで。こういう時は立って休んだ方がラクや」


 コトリもキツイこと言うよ、御鉢は高千穂峰の噴火口。ここが何度も噴火を繰り返してる。かなりのもので直径が六百メートルぐらい、深さが二百メートルぐらいかな。なかなか迫力があるね。へばってるカケルを駆り立てて、御鉢の北側を歩いてく、


「馬の背の名前の通りやな」


 右側が御鉢で、左側も絶壁になっていて、落ちたら這い上がれないどころか大怪我は確実だよ。実際にも事故は起こるそう。そりゃ、そうだろ。手すりもなんにもないから、霧が出たり強い風でも吹いたら落ちても不思議無いよ。この馬の背を越えたら、


「背戸丘や」


 霧島神宮の元宮になってるけど、元の創建地点。さらには邇邇藝命が天下り、宮殿を営んだところともされてる。


「神社はまだしも、宮殿立てて暮らすには無理あるな」


 だって吹きさらしだし、食糧どころか水だって麓から担ぎ上げないとないところだものね。


「せいぜい見張り台ぐらいやろ」


 現実的にはね。


「カケル、ここまで来たらもうちょっとよ」


 疲労困憊って感じのカケルは、


「もうちょとって、まだあれを登るとか」

「それ以外にあらへんやろ。そやけど、ここまで来て天逆鉾まで行かれへんかったら死ぬまで後悔するで」


 カケルの尻を叩きながら最後の急な登りに。


「ほら、あそこよ。見えて来たよ」

「もうちょっとや、男の根性見せてみい」


 じゃ~ん。ついに到着。想像はしていたけど大きなものよね。


「これがもし六世紀から、大きさが近いものがあったら凄いこっちゃやな」


 鉾は日本に入ってから巨大化して、実用武器から祭祀用に変わって行ったのは事実なんだ。あれこれ発掘されてるからね。それでもここまで巨大な鉾を作れたのかな。


「作れる技術はあったはずや。その証拠に飛鳥大仏あるやんか」


 そうだった。大きな仏像を作れてたんだ。でも技術的には可能でも、


「そういうこっちゃ。これだけの鋳造品を作って、高千穂峰の頂上まで引っ張り上げてるからな」


 宗教的情熱の産物は、後世の人の想像を遥かに超えるものを産み出してるものね。それはわかるけど、どうしてここにあるのかは説明は難しくなってる。


「それだけの熱気がこの地にあったとしか言えへんわ。当時は巨大プロジェクトもエエとこやったんやろけど、伝承も途絶えてもたんやろ。ストーン・ヘンジみたいなもんかもな」


 ストーン・ヘンジだけでなく世界には謎の巨大石造物が残されてる。でも誰が、なんのためにどころか、どうやって作ったのかさえ分からなくなってる。天逆鉾もその一つにしても良いと思うわ。

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