第8話 ソフィアの本領 ~前編~


「それは?」


「御飯です」


 ソフィアの目の前には野菜スープと果物バー。ついでにお握らず。


 思わずジムサの眼が据わった。


 他が干肉や焼きしめた保存用の黒パンなどをスライスしているなか、優雅な晩餐を用意した彼女に、ジムサのみならず周り全ての視線が集まっている。

 近場ならば調理道具を持参し現場で作る事もあるが、何日かかるか分からない依頼や遠出の場合は、どうしても日持ちする携帯食料になりやすい。

 そういった品物は全般的に味より保存を優先し、乾燥させた物が多く味気無いものなのだが.....

 目の前の少女はお湯だけを沸かし、そのお湯をボウルに注いだ途端、熱々の具沢山スープが現れたのである。


 ジムサはソフィアがボウルに入れた物の包み紙を摘まみあげ、その表面に着いているぬめりに指を滑らせた。

 何か粘着質な物だったようで、着いたぬめりを彼は口に運ぶ。

 そして軽く眼を見張った。


「これ..... しょっぱいな。何が入っていたんだ?」


「煮こごりです。肉の筋をトロトロになるまで煮込んでから具材を入れて水気を飛ばし、放置しておくとゼリー状に固まります。それを小分けして切り、さらに水魔法で余分な水分を抜いて防水紙で包みました」


「煮こごり.....? とは?」


 ああ、そこからか。


 訝しげなジムサに、ソフィアは懇切丁寧に説明をした。


 スジ肉はゼラチンの塊のような物。煮込むとそれが溶けだし、簡易ゼリーになる。料理のゼリー寄せなどにも利用される手法だ。

 溶けたスジ肉を味付けして野菜等を加え、さらにそこから水分を抜けば即席スープの素の出来上がり。

 濃い目な味付けなので、塩気が保存料になり、お湯を注ぐだけでゼラチンが溶け、簡単にスープになるのである。


 魔法様々よね。煮こごりでも持ち運べなくは無いけど重いし。水分を抜けるだけで、すっごく軽くなるもの。


 ついでに水気が少ない方が保存にも都合が良い。


 にぱーっと説明するソフィアと呆気に取られるジムサ。

 その顔は、如何にも理解し難いという顔で、二の句が次げなくなっている。


「あ~、俺は料理には疎いが。つまり、肉の原理を利用した保存食か?」


「肉に限りませんが。鳥の皮とか、魚以外の大きな海洋生物の皮やヒレとかでも出来そうです、うん」


 むか~し、駄菓子屋で鮫の煮こごりとか売ってた記憶がある。ゼラチン質なモノなら、なんでも使えるはずだ。


 あっけらかんと話すソフィアだが、本人はその特異性に気がついていない。


 海洋生物だと? 海は魔物の縄張りだ。浅瀬近辺しか漁は出来ない。魚や貝以外の海の生き物は稀にしか手に入らない。そんな知識をいったい何処で?


 つ.....っと冷や汗を垂らすジムサ。


「じゃ、こっちは?」


 上擦った声で明らかに挙動不審なジムサを怪訝そうに見上げ、ソフィアは説明する。


「簡易フルーツバーです。ブドウや木苺、リンゴなんかを各々煮詰めて干して、蜂蜜で固めたモノですの。疲労回復に効果があります」


 これまた常軌を逸したモノだった。思わずジムサは片手で眼をおおう。


 果物はともかく、蜂蜜だと? 超高級品ではないか。どれだけ含有しているのかは分からないが、表面は確実に蜂蜜でコーティングされていた。


 これもソフィアの自作である。薬草採取中に見つけた蜂の巣。地下一面に巣を張っているらしく、足を踏み込んだ瞬間、うわんっと大きな蜂が飛び出してきて驚いた。

 頭がソフィアの拳ほどもあろうかという大きさの蜂だ。そんなのが何十匹も出てきたのだから堪らない。


 こんなガクブルなシチュ、望んでないのにーーーっ!


 ひーっと声もなく顔面蒼白なソフィア。しかしその蜂らは狂暴でもなく、彼女の持つ薬草に興味津々。

 すんすんと薬草の籠に群がる蜂らを見て、彼女の前世で培ったスルースキルが発動。さっくりと恐怖を乗り越え、好奇心が頭をもたげた。


 欲しいのかな? と思い、ソフィアは蜂らの群がる薬草を巣の傍に置いてやる。


 すると蜂達は喜ぶように薬草を巣に運び込み、代わりと言わんばかりに差し出してきたのが、蜂蜜ボール。

 掌大のボールを幾つも転がしてきて、何か物言いたげに彼女を見上げる。


「これ?」


 件の薬草を持ち上げてみせるソフィアに、喜色満面に見える蜂ら。


 こうして、ソフィアは物々交換で蜂蜜が使えるようになったのだった。


 地下に巣を作るなんて、大スズメバチかと思い慌てたけど、よく考えれば地球じゃないものね。それを別にしても、あの大きさはビビるわ。


 苦笑いする彼女が、帰宅してから図鑑で調べた処、あの蜂らがキラービーと呼ばれる恐ろしい魔物だと知り、再び声のない雄叫びを上げたのは言うまでもない。


 キラービーらは子供を丈夫に育てるため、滋養のある薬草を好む。たまたまソレを所持していたのがソフィアの幸運だった。


 運と根性だけで生きている最近のソフィア。そんな彼女に、もはや貴族の御令嬢な片鱗は欠片もない。


 ちょいと思い出に眼を馳せるソフィアから、こちらは眼が離せないジムサを余所に、周りの冒険者らがソフィアのスープを見て喉を鳴らした。


「なあ、嬢ちゃん。そのスープの素とやらは、まだあるのか? 良かったら譲ってくれよ。お金は払うから」


 そう言って銀貨を出すおっさん。


「売り物じゃないんだけど.....」


 念のために持ってきたスープの素は十五個。万一動けなくなったり、予想外の出来事が起きた時用の非常食だ。

 難しい顔でカバンを見つめるソフィアだが、ジムサがココンっとそのカバンを叩く。


「またぁ。あるかどうか分からない有事を考えてるな? 平気だから。この森でそんなんは起こらないし、起こったとしてもこれだけの冒険者が徘徊してるんだ。すぐに助けが来るよ」


 周囲にたむろう十数人の大人達を見渡して、にっと笑うジムサ。


 しかし、それに対するソフィアの返事は予想外のモノだった。


「その冒険者らでも、どうにもならない状況になったら? 手札は多い方が良いもの」


 いったい、どんな最悪を考えているのかなっ? 君はっ?!


 思わず笑顔のまま固まるジムサ。

 そして彼は、おもむろにソフィアのカバンを取ると、大きな声で叫んだ。


「即席スープの素と携帯用の御飯、どれも銀貨一枚だっ! 早い者勝ちなーっ!」


「ええええっっっ?」


 あわあわ狼狽えるソフィアを余所に、我も我もと群がる冒険者達。

 あっという間にカバンは空になり、悲愴な顔でソフィアはジムサを睨み付ける。


「半分以上無くなっちゃったじゃないですかぁぁぁっ!」


「ちゃんと二日分は避けといたから。荷物が軽くなっただろう?」


 あーんっとカバンに突っ伏した彼女は、つと、心地好い金属音がカバンから聞こえる事に気づいた。

 

 ちゃり.....


「あ.....」


 あらためてカバンを確認すると中には銀貨が数十枚。


「たった数分で金貨二枚以上か。良い稼ぎだな」


 澄まし顔で呟くジムサ。


 確かに良い稼ぎかもしれない。あらやだ、これも使えそう?

 

 新たな商売の予感に眼を煌めかせるソフィア。


 そんな無邪気な彼女を、別の意味で心配げに後ろから眺めるジムサである。


 この少女は水属性を持つだけだ。そのはずだ。

 なのにあらゆる知識を網羅し、新たな何かを披露する。それも常に。

 何処かしらで仕入れた発想を現実に持ち込む力を持つ。これはもはや才能だ。

 しかも多分だが、その殆どは理屈さえ理解出来たら誰にでもやれる事。


 この重要性と危険性に彼女は気づいていない。聞けば答えてくれるあたり、これを特別だとも思っていないようだ。

 そしてバースやラナみたいに、似たような感性を持つ者であれば、それを漠然とだが理解してしまう。


 .....危うい。


 ジムサはソフィアを自分のテントに連れ込み、コンコンと御説教する。


 目新しいモノは人前に出さない事。その作り方を尋ねられても答えない事。もし、商品にするのなら、秘密ですと答えを貫く事。


「なるほど。競争相手を増やさないためにも、そうした方が良さそうですね」


 どこまで分かっているのか。トンチンカンな返事をして、明後日な方向に納得したらしいソフィアに、ジムサは頭痛を禁じ得ない。

 だが今はまあ、それで良い。まだまだ子供なのだから、察しろと言う方が無理だろう。

 彼女が成長すれば、あらかたの問題は解決するに違いない。

 そう楽観的に考えていたジムサ。


 彼は知らない。


 ソフィアの中身が既に成人済みな妙齢の女性であることを。つまり、この先も彼女が変わることはない。これが彼女の素であり、持って生まれた性格である。


 この先も破天荒な事をやらかすソフィアに、盛大に右往左往させられるジムサの苦労性な人生の始まりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る