第7話「《伝説の剣》」

 誰が言ったか《伝説の剣》。

 剣身のほとんどが巨岩に隠れて鑑定が出来ない事を良い事に、一人の冒険者が面白半分で流した酒席の噂。

 様々な尾鰭おひれを付けられ冒険者間で広く噂される様になったその剣は、今や現存する《レジェンドアイテム》として迷宮都市の象徴となった。


【英雄の素質を持つ者にしか抜けない剣。抜いた者の所有を認める】


 伝説の剣を囲う様に作られた石の祭壇──そこに刻まれた文言を改めて読み返した僕は皮肉な笑みを浮かべる。


 様々な根も葉もない噂が付いて回る《伝説の剣》。

 迷宮都市を訪れた観光者の多くはたわむれに、冒険者の多くは自分が英雄の素質を持つ事を信じて《伝説の剣》を抜こうと試みる。

 しかしながら、現状どれだけの怪力の持ち主であっても《伝説の剣》を抜く事は叶わなかった。


「英雄の素質を持つ者にしか抜けない」──その言葉だけは正しいと、今でも僕は無条件に信じていた。


 体中から血をしたたらせながら、僕は一歩、また一歩と石の祭壇を上っていく。


 英雄の素質なんて物が僕にない事は、故郷から迷宮都市に来て一日目で分かっていた。

 希望に満ち溢れ、何にだってなれると思い込んでいた駆け出し時代。都合良く剣が抜けるなんて奇跡は当然起こらなかった。


 それでも──それでもと僕はもう一度剣のつかへと右手を、折れ曲がった左手を伸ばす。


「僕は……僕は《英雄》なりたいんです」


 後世も語り継がれる冒険譚に名を残す様なそんな英雄じゃなくても良い。

 誰に馬鹿にされる事もなく、僕を守ろうとしてくれた一人の冒険者だけでも救ってあげられる──そんな英雄。


 僕は震える手に力を込めて剣を持ち上げる──が、


「どうして……」


 当然とも言うべきか、剣は微動だにしない。

 僕はその場に崩れ落ちる。血溜まりが地面に薄く広がっていく。

 もう一歩も動けない、そんな気がした。




【アイテムを収納しますか? ▷はい いいえ】


 突如──脳内に【スキル】使用の選択画面が浮かび上がる。

 本来は魔力を対価に使用する僕の【スキル】。

 既に限界を迎えている僕の体は、簡単な魔力制御すら覚束なくなっていた。


【《警告》──規定重量を超過しました。これ以上収納する事は出来ません】


「……知ってるよ」


 《伝説の剣》がこんな事で入手出来てたまるものか──そう思いながらも、僕は足掻き続ける。

 少しでも重量制限を緩和する為、【収納】していた物を全て取り出す。

 石の祭壇に、食糧や銀貨、短剣、回復薬ポーションの空き瓶が転がり落ちた。


【《警告》──規定重量を超過しました。これ以上収納する事は出来ません】


 それでも【スキル】は警告を止めない。

 警告音が僕の脳内を反響していた。


「……うるさいな」


 耳障りな警告音を止めようと、僕はごく自然にその選択肢を開く。


【現在の《保有技点》は326です。【スキル:収納】──[重量]に《技点》を割り振りますか? ▷はい いいえ】


 その選択肢を取ってしまえばもう引き返せない。

 心の奥底で良心が引き返せと訴えかける。

 三日間の死闘で手に入れた《技点》。それを全て無に帰すだけの話ではない。

 《主軍》を──【朱雀】を追放され、荷物持ちポーターから解放された僕が縛られる必要のない【スキル】。だが──


「──もう……良いや」


 後になって思えば、僕は自暴自棄ヤケクソになっていたのだろう。

 《技点》を割り振ってしまった事をあれ程後悔したその【スキル】に、僕は再び《技点》を振った。



【【スキル:収納】──[重量]level.9→MAXに上昇しました。現在の《保有技点》は146です】



 大半の《技点》を失って尚、不思議と後悔はなかった。

 未練がましく追い求めていた理想と、今ようやく決別できた様な気がした。

 僕は最後の力を振り絞って立ち上がると、祈るように剣の柄頭つかがしらを握る。


【アイテムを収納しますか? ▷はい いいえ】


 僕は一つ大きく息を吸う。そして【▷はい】を選択した。 






【収納に成功しました】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る