§5-12. 開幕!


 ――『さぁ、今年も始まりました夏季体育祭! 最初の競技はいつもお馴染み短距離走!』


 元気な実況は2年生放送局員が担当することになっている。つまり1年生はそれを見て学べ、という話。もちろん人によって得手不得手はあると思うのだが、果たして俺たちの世代ではつれがわ先輩のようなハイテンション実況を担当できる生徒が居るのだろうか。


 誰か急激なキャラ変が出来ないだろうか。あるいはマイクを持ったらキャラが変わるとかそういうヤツ。ほら、たまにカラオケに行ったときとか、実はマイクを持ったら離さずに延々歌っちゃうタイプが居るって話を時々聞くし。


 閑話休題。


 実況にもあったように最初の種目は短距離走だが、これはあくまでも『予選』という体裁。選抜された選手はそれぞれ学級ごとにひとりずつチョイスされ100メートル走を1本走ることになっている。


 この時ゴールした順位に基づいた点数がそれぞれの学級に与えられるのだが、ここで同時にタイム計測もされている。いわゆる公式大会でも使われるようなタイム測定器が用いられているあたり本気度がヤバかったりするのだが、各学年ごとタイムの上位8人がこの体育祭のしめとして行われる決勝戦への出場権を得るという形式だ。この決勝戦ではポイント付与率が高くなるので、かなり激しい応援合戦も展開されて相当に盛り上がるというわけだった。


「あ、なんくん。データちょーだい」


「ッス。……これ、ですかね」


「ん、正解。ありがとねっ」


 実況に必要な選手データは予め各クラスでまとめて貰ったモノを提供されている。今俺が喜連川先輩に渡したのもそれだ。もちろん小ネタが多めになっている。


『第1レーンは1組、ながとう選手! ゲームが大好きということなんですが、自己紹介欄に思いっきりフレンドコードが載ってます! ……これは読み上げても大丈夫ということでしょうかー!?』


 中にはこうして自分からネタを提供してくれる生徒もいる。――あ、大きく両腕で『マル』を描いたぞ。


『選手からの了承を得たので読み上げますっ!!』


 こんな感じだ。競技時間が短いので間を保たせるという意味も持ち合わせているのだが、ちょっと大丈夫だろうか。先輩がノリノリ過ぎて早くも『巻きで』の指示が来ている。


『……と思ったのですが、いきなり時間が圧しているということなので、知りたい方は後で本人に!!』


 盛大にズルッとコケる仕草をする長瀬くん。なかなかひょうきんな人らしい。


 ちなみにこの短距離走、1レースに各クラスひとりずつの出走ではあるが男女の別は無い。タイム計測は男女別に行っているので決勝戦は男女それぞれで行われるが、予選は完全にごった煮状態だ。何故かと言えば、この出走順の妙で高得点を狙うためだ。運が良ければ圧倒的に点数を稼げる。この辺の作戦の立て方から重要なのだ。


 巻きの指示通り、しっかりと選手紹介はしつつも的確に競技は進んでいく。我らが1年8組はわりと上位を取れている回が多い。この調子でいけば差を付けての上位というのも視野に入ってくる気がする。


『第8レーン、8組からは……たかどうまな選手だー!!』


「いっぃえーい!! どーもみなさんおはよーございまーすっ!!」


「……すごいな、マイク無しでココまで声が通るのか」


「……みたいですね」


 四方に手を大きく振って挨拶も欠かさない。だけど、アイドルってこういう感じなのか――なんてかんがいふける暇なんて無かった。


 圧倒的な声量。100メートルのスタート位置から放送ブースまでなんて結構な距離があるはずなのだが、マナちゃんが何を言っているかハッキリと聞こえた。凄まじい。


「大型新人だなぁ。……なぁ、難波くん」


 部長からのフリにはどう答えたらいいのか解らず、結局物凄く曖昧な愛想笑いだけを返すことになった。よく通る声だなとはずっと思っていたけれど、まさかそこまでだなんて思わない。どこかの音楽ホールのステージで、マナちゃんならマイク無しでも1曲歌い上げるくらいのことはできてしまうのかもしれない。


 そんな彼女は、この体育祭が終われば『仲間』だ。心強いことには違いなかった。


『……さぁ、一斉に走り出すっ!』


 号砲に合わせて全員がスタート――。


 ――したのだが。


「……ん?」


「何か彼女、速くない?」


「速いっスねぇ」


「お、さすがは知ってた?」


「いやぁ、運動神経が良いってとこまでは知ってましたけど……」


 幼稚園の頃、俺といっしょに延々駆け回れたというところからの知識でしかないが。


 日頃のダンスや歌のトレーニングの賜物だというのか。


 部長と何やかんやしゃべっている間に、マナちゃんは後続のランナーを5メートルは引き離して、そのままゴールテープを切った。


『1着は高御堂選手ー!! ……ってか速すぎでしょ!?』


 実況のテンションも狂うほどの圧勝だった。男子が少なく、かつその出走者もそこまで足が速くないという幸運もあったかもしれないが、それにしても速い。


『……おっと? その高御堂選手ですが? 何やらコチラに向かってきているようで……?』


「え?」


「リョウくーん!!」


 さっきの挨拶とほぼ同じくらいの声量。それがみるみるうちに近付いてくる。


 っていうか、放送ブースのマイクがマナちゃんの声を拾ってないか?


「やりましたーっ!」


「ぅおわっ!? ちょっ!?」


 大絶叫――とともに、そのまま抱きついてくる!?


 それは、たぶんどころではなく、だいぶヤバイ!


 どうするべきかわからないけど、でもこれを拒むのも悪い気がする!


「……いぇーい!」


 こうなりゃやけっぱち。


 こちらに抱きつきにかかってきた手をがしっと握って、そのままくるくる回る。


 ほら、何て言うか。クラスメイト同士で自分のクラスの好成績を喜んでいる感じだよ。そう、そういう雰囲気で行こう。


「あたし、はやいっしょ!? スゴくない!?」


「スゴかった! あれはホントにスゴかった」


 間違いなく事実なので、これは全力で賞賛する。


「ん?」


 いつの間にか斜め前に立っていた喜連川先輩からマイクを渡された。よくわからないのでそのまま視線を返していると、先輩は『ほれっ』と顎をしゃくってマナちゃんの方を見る。


 ――あ、もしや。


 深呼吸をひとつ。


 こういう感じのアナウンスは練習したことがないけれど、テレビのスポーツ中継で見たようなことを強引に脳内で再現してそれを真似するしかない。


『ではここで、今のレースで1位となりました1年8組の高御堂愛瞳選手が来てくれたので、緊急インタビューをしてみたいと思います!』


 応援席の方からはクラスの別を問わない大歓声。


 そして、目の前のニューヒロインはその大きな眼をさらにくりくりとさせながら、俺を見つめ返してくれる。


 この緊張は、いったい何が原因なのだろうか。


 さっぱり解らないが、とりあえず続けてみるしかない。


『素晴らしい走りでしたね』


『ありがとーございまーすっ!』


 ところで、時間は大丈夫なんですかね?




     〇




 結論から言えば、だいぶ押しました。


 その結果、俺が怒られました。――何でやねん。





 ――とまぁ、そんなことがありつつも朝イチの競技である短距離走はどうにか終了。こここからはフィールド競技とトラック競技が並行で行われ、出場する競技が割り当たっていない生徒は自由にいろんなところに応援に行けるシステムに変わった。


 放送ブースでは基本的にトラック競技の実況。時々派遣レポーターのマイクに切り替わってフィールド競技を実況するという流れ。わりと世界陸上の放送にも似た様な形式になるというわけだ。


 短距離走の熱気が冷める気配のないトラックでは長距離走競技が始まる。距離が長い方から進んでいくが、これは比較的気温が高くないうちに負担の大きい競技を片付けようという方針らしい。


 つまり、まみちゃんの出場する競技が始まるというわけだ。

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