第13話

二人で暫く他愛もない会話をした後。もうすぐ涼花のご両親が帰ってくるということで、俺は急いで靴を履く。


「うわ、今日って雨でしたっけ?」

「確か朝のテレビでは晴れの予報でしたよ」


玄関の扉を開けると霧雨がやんわりと顔にかかる。空を見上げると綺麗なオレンジ色。薄く虹がかかっていい感じなっている。


「きっと夕立ですね。私の傘、差し上げましょうか?」

「いえ、これぐらいなら傘なしでも大丈夫だと思います」

「家は近いんですか?」

「片道一時間半です」


グイッと花柄の傘をこちらの体に押し付ける。


「このまま帰ったら確実に風邪引きますよ。この傘差し上げますので、使ってください。これは強制です」

「——あ、ありがとうございます」


これ以上、断っても禅問答が続くだけだ。ここは有難くもらうしかない。


「明日、返しに来ます」

「どうせなら、そのまま貰っていっても構いませんよ」


涼花はクスッと上品に笑う。

この短時間でだいぶ打ち解けた。海凪よりも容易く仲を深めることができた。

俺は駆け足で帰路につく。


「結構、降ってきたな」


水戸宅を出て数分後。霧雨が段々と本降りへと変わりつつある。

傘を差していても、横から薄ら雨がかかる。肩の部分がしっとりと濡れてきて気持ち悪い。

両親を呼ぼうにもどっちも出勤中のため電話をかけても出ない。たとえ電話に出たとしても、仕事の途中で抜け出して貰うのは難しい――。

できるだけ早く帰れる方法を考えながらとぼとぼと濡れた道を歩く。


「――」


なんとなく横を見る。ちょうどそこは錆れた遊具がある公園だった。公園の真ん中には誰か傘を差さずに突っ立っている人がいる。シルエットからして性別は女性。よくいる変な人だろう。俺は無視して通り過ぎようとした——が、

「――あれ?」


なにか見覚えがある。目を細めて女性の正体を確認する。


「あれって――」


視力が0.2しかないが頑張る。じわじわと女性の細部が見えてきた。


「――わかった」


女性の正体はなんと藤春海凪――。物憂げな表情で天を仰ぎ、雨に打たれていた。彼氏ならもっと早く気づけよバカ。

俺は急いで彼女の元へ走る。


「そこでなにやってるんですか。風邪引きますよ」

「――チッ、アンタか」


こちらを一瞥して舌打ち。いつも通り機嫌が悪そうだ。


「なんで、まだ家に帰ってないんだ?」

「藤春さんの偽妹と話してたんです」

「あ、そっか」


海凪を傘に入れてあげる。彼女は鬱陶しそうに傘を払おうとするが、これは強制である。


「その偽妹から何を聞いたの?」

「いじめられるまでの過程です」

「そう」


雨が地面に強か打つ。海凪の声が聞こえにくい。元々、声のボリュームが小さいのも原因かもしれないが。


「家に帰らないんですか?」

「今は帰りたくない」

「そう、ですか……」


海凪のワイシャツは雨でべしょ濡れ。青い下着が僅かに見え、目のやり場に困る。


「でも、このままどうするつもりなんですか?」

「一晩、適当に街をブラブラするよ」

「それはダメです。ピチピチのJKが夜道を歩いてはいけません。変態に襲われたらどうするんですか?」

「ピチピチとか言うな、キモイ。アンタが変態だ」


雨は無慈悲に振り続ける。空は灰色の雲に包まれ、カエルがうるさく鳴き始める。


「行く宛てがないなら、俺の家に来ませんか?」

「ハァ? 急に何言ってんの」


さりげなく彼女を家に誘おうとしたが、あからさまに嫌がられた。そんな汚物を見るような目で見ないでぇ~。


「私、こっから一時間半も歩きたくないんだけど」

「じゃあ、タクシー使いましょう」

「金あんの?」

「ありません」

「じゃあ、ムリじゃん」

「藤春さんはお金あるんですか?」

「あるけど……」

「貸してください」

「絶対にイヤだ」


彼女からお金を貰おうとするクズ男。俺の好感度はどんどん下がっていく。

念の為、自分のポケットの中を調べてみることにした。


「――あ」


あった。奇跡的にに札らしきものが4枚入っている。しかもシワが増えた諭吉の顔がチラッと見えた。


「藤春さん、タクシーに乗りましょう」


この金額なら家まで余裕で足りるだろう。


◆◆◆


俺たちは公園前でタクシーに乗り、三十分で我が家に到着した。


「ど、どうぞ……」

「お、お邪魔します」


海凪は戸惑いつつも我が家の敷居を跨ぐ。緊張のせいか靴の脱ぎ方が不自然だ。

同い年ぐらいの女の子を家に連れてきたのは小学生以来。さすがの俺も緊張してきた。


「アンタの親、いつ帰ってくんの?」

「実はつい先ほど親からラインが来まして、どちらも残業で今日は家に戻って来ないそうです」


両親がブラック企業に勤めてくれているおかげで安心して彼女を泊まらせることができる。マジ感謝。


「兄弟は?」

「いません。生粋の一人っ子です」

「じゃあ、今晩は私たち二人だけ?」

「そうなりますね」

「「——」」


暫し沈黙が流れる。海凪は急に辺りをキョロキョロし始め、挙動不審になる。

家というのは学校とは違う。当然、在校生なんていない。周りの目を気にしなくても大丈夫——。だがそれが却って余計な緊張を生む。男女二人だけ。しかも相手が彼氏彼女となると、色々期待せざるを得ない。


「と、取り敢えず、お風呂に入りますか」

「そ、そうする……」


俺は浴室まで案内する。海凪はぎこちない足取りで浴室がある洗面所へ入っていった。


「一応、忠告しとくけどお風呂覗くの禁止だから」

「分かっています。俺は紳士ですから」

「どの口が言ってるんだ!」


バシッと勢い良く洗面所の扉が閉められる。暫くして扉の向こうから布が擦れる音が聞こえてきた。本当の変態は中を覗くより音だけの方が興奮する。


「着替え、ここに置いときますね」


海凪が浴室へ入ったのを音で確認したあと。カゴの上に自分が普段着ているシャツを置いてやった。


「――♪」


シャワーの音で俺の声が聞こえていないようだ。耳を澄ますと鼻歌まで聞こえる。元気になってよかった。


『――』


海凪を入浴シーンをこっそり楽しんでいると突然、スマホの着信音が耳に入る。気になった俺は洗面所を出て、音の発信源を辿る。


「これか」


場所は玄関。雨で濡れた海凪のカバンから聞こえる。


「失礼します」


恐る恐るカバンのチャックを開け、中を拝見。スマホはすぐに見つかった。


『セナお姉ちゃん♡』


スマホの画面にはそう映っていた――。


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