第11話

水戸涼花——。今年の春から×××高校に通う高校一年生。入学試験で全教科高得点を叩き出し、特待生で入学できた。

自分で言うのもあれだが、私は他の人と比べて優秀な方だと思う。勉強は勿論のこと、運動も生徒の中では頭一つ抜けている。特に足は女子の中では誰よりも速いと自負できる。

中学時代、私は陸上部に所属し数々の名誉ある賞を手に入れてきた。全国大会は常連。それもトップを争うほどの実力。三位以内に入るのは当然だった。

私の目標は常にトップに立つこと。そのため勉学も部活も死に物狂いで“努力”し、一位を勝ち取ってきた。だが、人を上辺だけしか見れない人たちは水戸涼花を親の金でのし上がってきたお嬢様だと蔑み、僻む――。醜い嫉妬だ。

高校でも陸上部に所属することになった。部員数は中学時代の倍。名の知れた強豪校とあって人気が高い。

先輩も同級生も私より少し上の実力者。ちょっとでも努力を怠れば忽ち引き離されるに違いない。私はいつも以上に練習をハードにして、皆の背中を追った。

入部してから一ヶ月後。日々の努力が無事実り、他の部員と引けを取らないところまで成長できた。練習ではたまに先輩達に勝てた時もあった。

練習はしんどかったが、極めて順風満帆な生活。高校生らしく青春を謳歌していた。しかし——。


「アンタさ、最近偉そうじゃない?」


ある日私は先輩に呼び出され、そう説教された。

先輩の名は藤春海凪。私を陸上部に誘ってくださった恩人だ。普段は明るくて愛嬌のある彼女。

部内で一番人気の藤春先輩が鬼の形相で私を睨みつける。


「何様のつもり?」

「何様というか……、単純に練習してただけなのですが」

「ふーん、あっそ」

藤春先輩の豹変っぷりに場が凍りつく。


“私、先輩に怒られるようなことしちゃった——?” 


いくら考えても思い当たる節がない。しかも、今の説教に中身がなかった。ほぼ八つ当たりに近い。

眉間にシワを作ったまま藤春先輩はその場を立ち去る。

今日はたまたまイライラしてただけかな——。当時の私の考えは甘かった。まさかここからあんな地獄が待っているとは想像もつかなかった。


◆◆◆


翌日——。更衣室に置いてあった自分の着替えがなくなっていた。誰に聞いても首を横に振るだけ。一人で更衣室を隈なく探すが一向に見つからない。

仕方なく藤春先輩に着替えの在り処を聞く。すると——、


「ああ、あれ。デカいゴミかと思って捨てちゃったわ。ゴメ~ンw」

「え……」


私の着替えを、ゴミ箱に捨てた——? 

上手く状況が吞み込めず、全身が硬直する。訳が分からず、ただ恐怖を覚えた。自然と涙が頬を伝う。視界がぼやけて前が見えない。


「——なに、泣いてんの?これぐらいで泣くとかマジウケる」


ショックだった。藤春先輩がこんな人だとは思いもしなかった。私のメンタルは一瞬でズタズタになった。

物陰に人の気配。そこには他の先輩と仲良くしていた同級生の姿。彼女たちは助けるわけでもなく傍観者に徹していた。おまけに顔が笑っていた。不当に𠮟られている私を見て、嘲笑っていた。いつも優しく私に接してくれていたのは全部偽りだと察する。

私にはもう味方がいない。たった一日で絶望の淵に突き落とされた。あとは自分の力だけで地上に這い上がるしかない——。


「あ、ゴメ~ン。下駄箱にあった上靴どっかにやっちゃったw」

「あ、ゴメ~ン。水かかっちゃった」

「あ、ゴメ~ン。教科書全部、捨てちゃった」

「あ、ゴメ〜ン。手が当たっちゃった――」


これが世間で言う『イジメ』——。イジメは日に日にエスカレートしていき、私の精神を容赦なく貪っていく。

藤春先輩だけじゃない。他のメンバーも次第にイジメに加入。奴らは怒りと痛みに苦しむ私を見下ろし、腹を抱えて笑っていた。

これは恐らく嫉妬だ。成長速度が速い私を羨み恨んだ結果、イジメという手段を選ぶしかなかった。それしか勝ち目がなかった。客観的に見たら、奴らは酷く滑稽だ。裏で努力していることを知りもしないで私を天才だと勘違いしている。


「——ハァ」


いつまでもこんな事で頭を悩ますなんて馬鹿馬鹿しくなってきた。イジメが始まって一か月後。とうとう堪忍袋の緒が切れた私は、先生にありのままを伝えた。

そこからはあっという間だった。私へのイジメはピタッとなくなり、藤春先輩はそれなりの制裁を受けた。

全て一件落着。これでやっと平穏な生活が戻ってくる——。しかし、人生というのはそんな上手くいかないものだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る