第2話

藤春海凪——。つい先日までクラスのカースト上位に君臨し、色んな男からモテにモテまくっていたクラスの元マドンナ。しかし、ある事がキッカケで彼女の地位は地の底に落ちた。

ある事とは一体何か——?それは部活内での”イジメ”だ。

海凪は常日頃から裏で陸上部の後輩一人に対し、卑劣極まりないイジメをしていた。イジメの期間は約一年。最初は陰口程度から始まったものがどんどんエスカレートしていき、しまいには頻繫に手を出すようになった。

イジメに耐えかねた後輩は顧問と相談。後々、海凪が主犯格だと判明し、瞬く間に校内に悪名が広がった。

海凪の取り巻きにいた女子達曰く、自分たちは彼女にイジメを強制され、断ろうにも断れない状況だった。虐めていた側も、とても辛かったと証言。こちらも被害者だと強く主張した。

ここ数日で海凪の味方は完全に潰え、学校で孤立。廊下を歩けば、生徒に後ろ指を指されるのが日課になったらしい。

あれは自業自得だ。救いようのないクズだと、委員長はそう吐き捨てる。


「だから、アイツとは深く関わるな。仲良くなってもなんの得にもならない」

「そうなんですね……」


職員室、保健室、体育館、被服室——。海凪の過去ついて話しながら色んな教室を見て回った。

そして、学校案内もいよいよ大詰め。残すはグランドのみ。グランドの場所はもう把握済みのため、わざわざ案内しなくてもいいと断ったのだが、委員長は「一応」と言って案内を続ける。


「——ここがグランドだよ。ウチの高校は私立だからちょっと面積がデカ目なんだ」

「へぇ~」


なんとなく周囲を見渡す。あの子はまだいるかな。


「——あ、いたいた!」


グランドの端っこ。木陰で涼む海凪を発見。


「行ってきます‼」

「あ、ちょ、待ちなさい‼」


海凪を見つけるや否や、俺は一目散に彼女の元へ走り出す。

背後で何やら委員長が叫んでいる。


「学校案内ありがとうございました!」

「えぇ……」


狼狽する委員長にお礼を言って、再び走り出す。


「藤春さーん!」

「——っ⁉」


俺は大きく手を振って、海凪の名前を呼ぶ。

海凪は俺の声を聞いた瞬間、肩がビクッと震え、目が見開く。


「さっきの走り見事でした。感激ですッ!」

「——」

「けっこう足が速いんですね」

「——」

「いや~、俺はこれっぽっちも運動ができないので、藤春さんが羨ましいです」

「——」


俺が何を話しても海凪は無言を貫く。死んだ魚の目で、苔むした地面を見詰める。


「それにしても、いい腹筋してますよね。触ってもいいですか?」

「——ダメ」


やっと反応してくれた。海凪はTシャツの裾を引っ張り、僅かに見えていた腹筋を隠してしまう。


「——ヘンタイ、〇ね」

「転校してきたばかりの生徒に〇ねは失礼でしょ〜。あーあ、超傷ついちゃった」

「うぅ……、ゴメンなさい」


申し訳程度に頭をぺこり。

元イジメっ子とは言いつつ、素直に謝ってくれた。先生やご両親にだいぶお灸を据えられたようだ。反省の色が垣間見える。


「そう云えば、他の部員はどこにいるんですか? みんなサボり?」


海凪以外に人の気配がない。陸上部なら当然、もっとたくさん部員がいるはずだ。なのに、一人しか出席してないのはおかしい。


「私のせいで暫く休み」

「ああ……」


どうやらイジメが原因で無期限の活動休止処分を食らったらしい。当然の報いか。


「じゃあ、藤春さんはなぜここに?」

「それは、あれよ……。コソ練っていうヤツ? ずっと休んでると体が鈍っちゃうから」


それなら学校じゃなくても他の場所でランニングしろよと言いかけたが、喉元でグッと堪える。


「——というか、"元イジメっ子"なのに意外と真面目なんですね」

「うっ……」


海凪は気まずそうに下を向く。今の発言は少し嫌味に聞こえてしまったかもしれない。今度から気をつけよう。


「で、アンタは何しに来たの? 私が元イジメっ子だからって揶揄いに来たの?」

「そんな趣味の悪いことはしませんよ。純粋に応援に来ました(下心アリ)」


海凪は疑うような鋭い目つきで威圧する。まるで人に警戒し、毛を逆立てる猫のようだ。


「心配しなくても大丈夫です。ちゃんと俺を信じてください」

「今日転校してきたばかりの奴がよく言うわ。信用するわけないじゃん」


彼女は視線を落とし、地面に置かれた可愛らしいウサギのタオルを手に取る。そのタオルで日焼けした鎖骨に付着する大量の汗を拭き取る。


「——アンタ、いつまでいんの? 邪魔なんだけど」

「邪魔とは失礼な。藤春さんがグランドにいる限り、ずっとここにいますよ」

「おい、ヘンタイ。警察に通報すんぞ」

「お好きにどうぞ」

「チッ」


ドスの効いた声で脅されるが、全く動じない。頑として彼女を見守る覚悟だ。理由は自分でも分からない。何故、こんなにも意地になっているんだ?

眉間にシワを作った海凪は、俺にタオルをぶん投げ、木陰から出る。


「まだ、走るんですか?」

「いや、今からはグランドの整地。今日も長時間使わせて頂いたから」


俺にそう言い残し、グランドの端にある倉庫へ走り出す。倉庫の鍵を開け、中からボロボロに使い古されたトンボを取り出す。トンボを持ったまま、グランドの中央へ移動。整地を開始した。


「——」


たった一人で黙々と作業を進める。これは恐らく誰かに頼まれたわけではなく、自ら進んでやっている。


「手伝いましょうか?」

「いい。サッサと帰って」

「ですが、これは一人でできる規模では——」

「ほっといて‼」


俺は海凪の元へ駆け寄り、手伝おうとするが止められる。海凪の怒声がグランドに虚しく響き渡る。


「そういうのありがた迷惑だからやめて」

「——」

「クソな私に同情なんかしないで‼」


捻り出された涙声。俺に自分の表情が見えないように顔を俯かせる。


「——すみません」


これ以上ここにいたら、本当に迷惑だ。俺は必死に一人で頑張る彼女を尻目にグランドを後にする。


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