第7話 ゲート出現

「ヘンテコってなんだよ」

「前みたいに無駄アイテムを有効活用するんじゃないかって、楽しみにしてたんだよ」


 一瞬、アミィの瞳に不穏な光が見え、すぐに消えた。

 もし天使を信頼しているハンターならば見逃していただろう。

 だが、彼らの狙いを知っている明日斗が、見逃すはずがなかった。


(もしかしてこいつ、俺の行動を天使間で共有するつもりか?)


 もし天使間で情報が共有出来るのだとすれば、面倒だ。

 将来開発される特殊チート戦法を不用意に試せば、一気に他のハンターに拡散されてしまいかねない。


 他のハンターが真似をすれば、明日斗の強みが消えてしまう。


(気をつけないとな)


 その方法でしか解決出来ない問題でない限りは、普通に戦った方がよさそうだ。


「グレイウルフを倒した時の爆発を使えば、楽にモンスターを倒せるぞ」

「あればっかり使ってたら、レベルは上がっても中身がスカスカになるだろ」


〝中身がスカスカ〟とは、レベルに対してスキル熟練度が著しく低い者を指す。

 パーティにレベルを引き上げてもらったハンターに多い状態だ。


 そのようなハンターは、レベルが半分以下の相手に負けることがある。

 レベルも大事だが、スキルの熟練も同じだけ大切なのだ。


 準備を整え終えた頃だった。

 ふと、周囲の空気が変化した。

 ――ゲートが出現する予兆だ。


 バチッ、と一度光が弾けた。

 次の瞬間、何もない空間に青色のゲートが出現した。



 ゲートはそのサイズから、大まかにランクが推測出来る。

 今回出現したゲートは、人が2人並んで入れるくらいのものだった。


(よかった。予想通り、Fランクっぽいな)


「な、なあ、もしかしてこれ、ゲートじゃねぇか!?」

「ああ、そうみたいだな」


 アミィが突然のゲートの出現に目を白黒させている。

 対して明日斗は冷静に、携帯電話を取りだし、ハンター協会に連絡を入れた。


「……おい、お前、何か知ってただろ?」

「何をだよ」

「ゲートが出るってことだよ!」

「知らないさ。ここにいたのは偶々だよ」

「嘘をつけ。お前、ゲートが出現してもちっとも驚いてなかったじゃねぇか」

「驚いたさ。でもたぶん、この前ゲートがたくさん出てくるところを見たから、少しは冷静で居られたんだろうな」

「……ぐぬぬ」


 アミィに睨まれ、肩をすくめる。


(自分が欺いている側だから、何かあるとすぐに相手が欺いてると思うんだろうな)

(まあ、欺いてるのは事実だけど……)


 これまで明日斗は、未来の情報を駆使して、新しく出現するゲートの権利を得て、次々と攻略していこうと考えていた。

 だがアミィに疑われた今、その方法が採りづらくなった。


 まさか、たった一度ゲートの出現現場に居合わせただけで、ここまで疑われるとは思ってもみなかった。


 もしこの疑いが確信に変わった場合、アミィがどういう行動に出るかが予想出来ない。


(もしかすると、あの姿になって殺されるかもしれない)


 東京が崩壊したあの日、空に浮かんだ無数の敵を思い出し、明日斗の背筋が冷たくなった。


 あの敵の身体能力は、わからない。

 だが、トップクラスのハンターですら、あっさり退けられたことを思うと、最低でもSランク以上の実力があるに違いない。


 今の明日斗では、塵すら残らず一瞬で消えるだろう。

 あるいは、殺さずともこちらの手札を完全に封じる方法などいくらでもある。


(こちらの手札が相手にバレていいのは、最低でもSランククラスの実力が付いてからだ)


 幸い、システム上ロックがかかっているのか、人間だろうと天使だろうと、他人のステータスは覗き見れない。


(俺には、切り札がある)


 切り札を上手く利用すれば、いつかは必ずアミィを出し抜ける。

 それまでは、注意深く立ち回るのが吉だろう。


 三十分ほど後、ハンター協会の職員が訪れ、ゲートの権利が正式に明日斗のものになった。

 手続きを終えて、明日斗は軽く体を温める。

 これから、初めてのゲートでのハントだ。


 心拍数が上がる。

 指先が、冷たい。

 対して胸の奥は、熱い。


 深呼吸をして、気持ちを整える。

 意識が深く集中した、その時だった。


「――ッ!?」


 明日斗は、それを初めて掴んだ。


>>メモリポイント設定

>>新たにメモリポイントを設置しますか?


・ポイントA 2030年4月5日12:00

・ポイントB ――――


(これは、リターンスキルか?)


 ポイントAはおとといの午後――明日斗が覚醒した瞬間だ。

 十年後の未来で死亡し、戻ってきた時間でもある。


(なるほど、おとといはこのポイントAに戻ったのか。Bがあるってことは、新しくポイントを設置出来るってことか)


 一度設置したら動かせない可能性がある。

 ポイントの設定にわずかに躊躇したが、それよりも、警察署での取り調べやハンター登録などの疲労感が勝った。


(もう一度あれを経験するのは面倒だ……)


>>現時点をポイントBにセットしました。


・ポイントA 2030年4月5日12:00

・ポイントB 2030年4月7日12:51


「おい、何やってんだよ。さっさとゲートに入ろうぜ?」

「――ん、あ、ああ。そうだな」


 これで、本当に準備が整った。

 明日斗は短剣を抜き、ゲートの中へと足を踏み入れた。



          ○



 ゲートの中は、洞窟だった。


 壁は普通の岩だが、所々二・三センチほどの綺麗な石が埋まっている。

 この石は魔結晶といい、ゲートの中を照らす照明代わりになっている。


 温度が低い。春の陽気に暖められた体が、急速に冷えていく。


 体が冷え切らないうちに、明日斗は歩みを前に進めた。

 少しの異変も見逃さないよう神経をとがらせる。


 ふと、前方に気配を感じた。

 即座に構える。


 じっと向こう側を伺う。

 するとほの暗い通路の向こうから、一体の魔物が現れた。


(――コボルト。よかった。Fランクモンスターだ)


 敵を発見した瞬間、明日斗は足を強く後ろへ蹴り出した。


〈跳躍〉

 一息で十メートルは進んだ。

 恐ろしいほど跳躍力が上昇している。

 ステータスを割り振ったおかげだ。


 明日斗の接近に気づいたコボルトが、戦闘態勢をとる。

 幸い、武器は持っていない。

 四つん這いになり、明日斗を迎撃するつもりだ。


(そうはいくかッ!)


 明日斗はさらに速度を上げる。

 たったの三秒で、三十メートルの距離をゼロにした。


 短剣を振り上げ、


「――ッ!」


 急停止。

 体をひねり〈回避〉。

 明日斗がいた場所を、コボルトの爪が通り抜けた。


 もしコンマ一秒でも判断が遅れていれば、今頃物言わぬ骸になっていたに違いない。


 だが、危険な攻撃は回避した。

 相手はわずかに体勢を崩している。

 ――チャンスだ。


 ひねった体を元に戻す。

 その勢いを使って、攻撃。


 コボルトの胸に、深々と短剣を突き刺した。


「――ッ!!」


 ビクビクビク。

 コボルトの体が激しく痙攣。

 十秒経った頃、動きが止まった。


 さらに十秒数えてから、明日斗はやっと戦闘態勢を解除した。


「…………ふぅ」


 戦闘時間はわずかだった。

 しかし、額には玉のような汗が浮かんでいる。


 日常と戦場は違う。

 いくらイメージトレーニングをしようと、実戦は想像以上に体力を消耗する。


 血振るいをして、短剣を鞘に収めた。


「コボルトを瞬殺するなんて、凄いじゃねぇか」

「いや、そうでもない。コボルトとの差は僅かだった」

「いやいや、自信を持とうぜ? 初めての戦闘でここまで戦えるなんて、ほんと凄いことなんだからよ!」

「……」


 やけに持ち上げるな。

 明日斗は内心訝った。

 前回なら少しは勇気づけられたかもしれない。だが今回、明日斗はアミィたちの狙いを知ってしまっている。


 彼らの狙いは、人類を滅ぼすことだ。

 ならば、明日斗が戦えることを、純粋に褒めるはずがない。


 では何が狙いか? さっぱりわからない。

 いちいち言葉の裏を考えだすとドツボにはまりそうなので、思考を一旦打ち切った。



○名前:結希 明日斗(20)

 レベル:11 天性:アサシン

 ランク:F SP:10

 所持G:164

○身体能力

 筋力:15 体力:12 魔力:1

 精神:1 敏捷:25 感覚:6

○スキル

 ・初級短剣術Lv1(0%→1%)

 ・回避Lv1(0%→1%)

 ・跳躍Lv1(51%→52%)

 ・記憶再生Lv1(5%→6%)

 ・リターンLv1(0%)



「おっ、熟練が結構上がってるな」


 たった一度の戦闘で、これほど熟練度が上昇したのは、同格のモンスターとソロで戦っているからだろう。


「これなら、すぐスキルレベル2に上がりそうだ」


 一人でも、なんとかなりそうだ。

 そう思った次の戦闘の時だった。

 全く予想していない事態が発生した。

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