第5話 ハンター登録

 警察署から出てきた明日斗は、ガシガシと頭をかきながらあくびをした。


「ふわぁ……やっと出てこられた」


 グレイウルフの氾濫(後に第二次アウトブレイクと定義される)を無事乗り越えた明日斗は、その足で警察署に向かった。


 街中での戦闘行為による器物破損を自首したのだ。


 五年前、第一次アウトブレイク発生後に、急遽ハンター法が作られた。

 ハンター法は覚醒者の武力を縛りながら、一般人を助ける民間戦力として位置づけたのだ。


 当然ながら、魔物との戦闘はゲートの内側だけではない。

 外で戦闘が行われた場合、必ず周囲に被害が及ぶ。


 一般人を救うために戦ったハンターが、器物破損で訴えられ、さらに多額の賠償を押しつけられては、誰も一般人のために戦おうなどと思わなくなる。


 なので、救済法が整備された。


『民間人を救うために戦い、かつ器物破損させた者が自首した場合は、罰則は与えない』

 他にも細かい要件はあるが、大まかにはこの通り運用されている。


 大量のグレイウルフを討伐するために、明日斗は廃業したガソリンスタンドにて大爆発を起こした。

 結果、近隣住宅の窓ガラスが割れ、隣のビルに大きな被害を与えてしまった。


 なので明日斗はハンター法に則り自首した。

(自首しなければ通常通りの罰則が待っている)


「救済法を使うのは初めてだったけど、まさかここまで時間がとられるとは思わなかったな」


 取り調べは夕方の六時から、朝の六時――十二時間にも及んだ。

 これだけ時間がかかったのは、明日斗がまだハンター登録を済ませていなかったためだ。


「今すぐ帰って眠りたい……」


 しかし、睡眠欲を振り切って、明日斗はハンター協会へと向かう。


「なんだよ、寝ないのか?」

「ハンター登録しないといけないんだよ」


 基本的に、未登録の覚醒者は法律に守られない。

 今回はアウトブレイクの最中――緊急時であったため難を逃れられたが、次はない。

 なにかあってからでは遅いので、すぐに登録するべきだ。


 新宿の一等地にある、巨大なビルがハンター協会の本部である。

 1階は受付フロアで、二階から十階まで武具やアイテムショップが入居している。まるでショッピングモール。ここにはハンターに必要なものがなんでも揃っている。


 新規覚醒者受付カウンターには、すでに覚醒者とおぼしき人達が列をなしていた。

 普段は希にしか新規覚醒者が現れない。ここまで多いのは、アウトブレイク直後だからだ。


 受付を終えると、明日斗は指示通り地下に向かった。

 地下には覚醒者の能力を判定するシステムがある。

 このシステムを使って、本当に覚醒したかどうかを確かめるのだ。


「面倒な法律だな」

「そうしなきゃ、覚醒してない一般人が嘘をついてハンター登録する可能性があるからな」

「それがどうした? 力がない奴が登録したって、魔物に殺されるだけだろ」


 命が失われることをなんとも思っていない発言に、明日斗はため息をつく。

 こいつにとっては、人間が何人死のうと構わないのだ。


「……それを防ぐんだよ。それに、ハンター証はかなり強力な身分証だ。一般人にハンター証を作らせて、それを他人に売却するとどうなると思う?」

「金になるな」

「間違いないが、それだけじゃ0点だ。答えは『他人になりすませる』だ」


 ハンターになれば、ハンター法の恩恵が受けられるようになる。

 もし他国の工作員がハンター証を手に入れたら?

 ハンター法に守られながら、破壊活動が可能になるのだ。


「人間の世界って面倒くせぇんだな」

「言ってろ」


 能力判定ルームに入り、己の順番を待つ。

 新規覚醒者のほとんどがGランク登録から始まる。

 覚醒した直後は、全員一律レベル1だからだ。


 そこから実戦を経験し、レベルが上がると徐々にランクが上がっていく。ステータス画面のランク表示と同じだ。

 しかしステータス画面は他人に見せられないので、こうしてハンター協会が能力を測定する。


 測定されたランクはハンター証に印字される。

 ハンターとしての能力を、協会が保証してくれるのだ。


 ランクが印字されるメリットは無数あるが、デメリットもある。

 ランクが低いとパーティの募集申し込みで断られることが多い。

 弱いハンターに人権はないのだ。


『調子に乗ってんじゃねぇぞゴミが!』

『お前みたいなガラクタが、うちのパーティ募集に応募してんじゃねぇよ!!』


「――い、どうした。おいっ」

「ん?」

「ん、じゃねえよ。どうしたんだよ突然、すげぇ怖い顔して」

「いや、なんでもない」


 明日斗は首を振る。


 かつてあったことを思い返しても仕方がない。

 過去は変えられないのだ。


 検査の順番が回ってきた。

 巨大な魔石に手を置き、能力チェックを行う。

 検査は何事も問題なく終了。

 ランクの欄に『F』が印字された、真新しいハンター証を胸に、明日斗はハンター協会を後にしたのだった。



          ○



「予想通り、新規覚醒者の数が多いですね、主任」

「ああ。やっぱ、覚醒者数とアウトブレイクには相関関係があるようだな」


 能力測定室の裏側では、ハンター協会の研究員が慌ただしく動き回っていた。

 普段なら測定にやってくるハンターが、ランクの更新も含めて五名いればいい方だ。しかし今日は既に新規測定者だけで百名を超えている。


 完全に、アウトブレイクが原因とみて間違いない。


「主任、私たちのルームに回されてるハンターって、新規登録者だけですよね?」

「そうだが、何かあったのか?」

「はい。これを見てください」


 後輩が指をさしたモニターには、覚醒者の名前とランクが乗っていた。


「結希明日斗、Fランク……?」

「変ですよね。レベル11以上じゃないとFランクにならないはず。でも新規覚醒者って、全員レベル1からスタートですから――」

「たった一日でレベルを10も上げた?」

「そうなるかと」


 これが本当なら、とんでもない奴だ。

 覚醒したてのハンターがFランクに至るまでは、平均で3ヶ月かかると言われている。


 無論、一ヶ月以内にFランクに到達したハンターは、わずかではあるがいるにはいる。

 しかしたった一日でFランクに到達するなど、もはや人の域を超えている。


「今回アウトブレイクで出現したモンスターって、グレイウルフでしたよね」

「ああ」

「レベル1のハンターがFに至るまで、何匹くらい倒せばいいんですかね?」

「……そこまで詳しくは知らんが、二百から三百体くらいか」

「それを一日で?」

「今回のアウトブレイクは日が沈む前に鎮圧完了したから、実質十二時間はかかってないな」

「ハンター一人が一日で倒せるモンスターの最大数って、どれくらいですかね?」

「たしか、100体くらいじゃなかったか?」

「……」

「……」


 計算すればするほど、不可能に思えてくる。

 管理室の中には、しばし重苦しい沈黙が流れた。


「……測定ミスでしょうか?」

「いや、システムに不具合はないから、その可能性は低い」

「だとすると、未登録ハンター!?」

「その可能性はある」


 通常、覚醒した者はすぐさまハンター協会に届け出て、ハンター登録を行わなければならない。

 しかし何かしらの理由から、登録をしないハンターが存在する。


 協会員からすると、デメリットしかない選択のように思える。

 しかし、未登録ハンターは足が付きづらい。それは裏世界の住人にとっては、最大のメリットになり得る。


「まさか、犯罪専門のハンター……」

「早合点するな。本人が自力でレベルを上げた可能性だってあるんだ」

「その可能性、低くありません?」

「……ギルドが関係してるかもしれない」

「ああ、それはありますね」


 大型ギルドなら、新人を一日でFランクまで育成することも可能だ。

 ソロでFランクに至るより、そちらの方が現実味がある。


「もし犯罪者だった場合どうします?」

「この情報を上に報告しておけば問題ない」


 自分たちの仕事はあくまでシステムを管理し、ハンターの能力を測定することだ。

 決してハンターの素性を暴くことではない。それは、上の人間に任せればいい。


(もし、結希という奴が本当に、たった一日で、それも自力だけでFランクに至ったのなら――)


 主任は椅子の背もたれに体を預け、ぬるくなったコーヒーをすする。


(――この国で最強ハンターの一人になるだろうな)

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