第3話 プロローグ3

 アミィの逼迫した声を聞き、明日斗は視線を上げた。

 屋上から見える街の中に、次々と赤い光が出現する。


 ――ゲートだ。


 ゲートは、異界に通じる次元の裂け目だ。

 ゲートを抜けると、別の世界か、はたまた次元の狭間に侵入する。

 中には地球にはいない生命体――魔物が生息している。


 出現したゲートを放置すると、一週間ほどでゲートが完全に繋がり、中から魔物が溢れ出す。

 そうならないよう、ゲートに足を踏み入れ魔物を殲滅、ゲートを消滅させる。

 それが、ハンターの主な仕事だ。


 現在出現しているゲートは、即時ブレイク型のもの。

 その総数は百を超える。


 このように、一度に大量のゲートが繋がる現象を、人類はこう名付けた。

 ――アウトブレイク。


 アウトブレイク時は、覚醒者が出現しやすくなる。


 第一次アウトブレイクは、現在から五年前。そのタイミングで、世界中で次々とハンターが生まれた。

 今、明日斗が覚醒したのは、この第二次アウトブレイクによるものだ。


 さておき、もうすぐゲートから魔物が現われる。


(たしか、第二次アウトブレイクの魔物は……グレイウルフだな)


 鋭い牙と爪を持つ犬型の魔物が、もうすぐゲートから解き放たれる。

 前回は多くの市民が犠牲になった。きっと、今回もそうなるはずだ。


(――でも、犠牲者を少しでも減らすことは出来る!)


 明日斗はすぐさまステータスボードを横にスワイプした。

 すると画面が切り替わり、ゴールドショップが表示された。


「あ、あれっ、なんでゴールドショップを知ってんだ?」

「ネットに情報がアップされてるからな」

「なるほど。んじゃあ今すぐ武器を買えよ。武器がないと魔物は倒せねぇからな! ちなみにオイラのおすすめの武器は――」

「いらん」

「ぐぎぎ……なんて傲慢な奴なんだ……」


 つぶやきを無視して、すらすらとショップ内を検索する。


 アミィが薦める武器は非常に有用だ。切れ味が鋭く、また明日斗の天性に合っていて扱いやすい。


 しかし、その値段は1000G。

 一度にすべてのゴールドを使い切れば、他の商品――スキルが購入出来なくなる。


 武器があっても、スキルがなければハンターとしては致命的だ。

 それを、前回の人生で痛いほど思い知った。


 だからこそ、明日斗はアミィの声に耳を塞ぐ。

 今必要なのは、天使の言葉ではない。先人の知恵だ。


 ショップには非常にたくさんの商品が並んでいる。

 武器や防具から、スキルまで。その総数は数百万と言われている。


 その中からお目当てのアイテムを探すのは至難の業だ。

 しかし商品検索を使って、明日斗は唯一記憶にあるアイテムを素早くカートに放り込んでいく。


○インベントリ・カート

 ・スキルスクロール996425番 900G

 ・スキルスクロール023514番 50G

 ・犬笛 10G

 ・ランタン 10G

 ・水 10G

○合計 980G


>>購入しますか?

>>YES/NO


「えっ、なんでそのスキルなんだよ? いやいや、もっと有用なスキルが……じゃない、番号を見ただけじゃ、何のスキルなのかわからないだろ! なんでそれを選んだんだよ!?」

「顔が崩れてるぞ」

「黙れ。そんなことより、答えろ。なんでそんな博打みたいなことをするんだ! 武器を買わなきゃ、魔物は倒せないだろ!?」

「さて、それはどうかな」


 アミィの忠告を無視して、明日斗は『YES』ボタンをタップした。


「ああ、やっちまったな……」


 すぐにカートを開き、スキルを使用した。


>>スキルスクロール996425番を使用

>>〈記憶再生〉を習得しました


>>スキルスクロール023514番を使用

>>〈跳躍〉を習得しました


「これでよしっ!」


 人間、誰しも時とともに記憶は薄れていく。

 その記憶を、はっきり思い出せるようになるスキルが〈記憶再生〉だ。


 これは過去を思い出す効果しかなく、ハンターにとっては優先度の高いスキルとは言えない。

 これを購入するくらいなら、もっと別の有用なスキルを購入する。


 だが、明日斗にとっては違う。

 これがあれば、現在はまだ知られていない情報や、確立されていない戦闘方法など、詳細に思い出せるようになる。

〈記憶再生〉は、今世で明日斗が生き抜くためには絶対に欠かせないスキルだった。


「〈記憶再生〉と〈跳躍〉なんて。これはもう、詰みだな……」


 まるで、受け持った取引先が不渡りを出した営業マンのように、アミィは青ざめた顔で首を振った。

 その態度には嘘はないように感じられる。


(もしかして、これがアミィの素の表情なのか? ……いいや、考えるのは後だ)


 今は、人的被害を食い止めるのが先決だ。

 明日斗はステータスを割り振りながら、素早く階段を駆け下りる。



○名前:結希 明日斗(23)

 レベル:1 天性:アサシン

 ランク:G SP:5→0

 所持G:20

○身体能力

 筋力:2 体力:2 魔力:1

 精神:1 敏捷:2→7 感覚:1

○スキル

 ・跳躍Lv1(0%)

 ・記憶再生Lv1(1%)

 ・リターンLv1(0%)


「くっ、体が重たいな……」


 十年後の明日斗は、レベルが9だった。


 決して怠けていたわけではない。

 自分に出来る最大の努力をした。

 それでも、十年間でたった8つしかレベルを上げることが出来なかった。


 上位ハンターは、レベル70を優に超えていたというのに、だ。

 上と比較すると、恥ずかしくなる。


 ――自分はいったい、何をしていたんだ!


 黒い感情がもたげるのを、必死に振り払う。

 今は鬱屈している場合じゃない。


 明日斗は目的地に向かい、緊急事態警報がけたたましく鳴り響く街中を全力で走る。

 同時に、ショップインベントリから犬笛を取り出し、力任せに吹いた。


○犬笛

 説明:犬を呼び寄せる魔道具の笛。ひとたび吹けば、たくさんのワンちゃんに囲まれること間違いなし! ワンちゃんにもふもふされたい方は是非購入を!


 するとすぐに、様々な方向からグレイウルフが明日斗に襲いかかってきた。

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