カクテルの日


 ~ 五月十三日(金) カクテルの日 ~

 ※大材小用たいざいしょうよう

  できる人材に役不足な仕事をさせること。

  大きな材料を小さなことに使うことから

  きた言葉。




 この間、初めて出会って以来。

 スーパーへ一緒に行くたびに。


 イチゴミルクのお酒に視線を向ける悪い子は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 仕方がないから。


 炭酸水と練乳、そしてイチゴの果汁をシェイカーで混ぜて。

 カクテルグラスに注いで昼飯の後に出してやれば。


「おいしい!」

「おお、もっと褒めろ」

「でもあの缶ジュースの絵の方が美味しそう……」

「ふざけんな」


 上げておいて叩き落す。

 そんな高等テクニックで低評価を貰ったわけだが。


 試飲もせずに適当に作ったんだ。

 それなりの味にできたことに感激しろ。



 ……昼休みの舞浜軍団ランチ会は。

 三年になってから出席率が上がっていて。


 今日は、団長にきけ子に王子くん。

 甲斐とパラガスと姫くん。


 最後の一年、思い出作りに慌てているのか。

 全員参加して、俺の即席カクテルを見て大笑いしていた。


「そ、そうだ……! これは?」

「どれ」

「お仕事。バーテンダー」

「いやだよふざけんな!」

「でもいい感じ」

「立ち仕事は絶対やだ! あとそもそもバーテンは職業じゃねえだろ!」

「え? どういうこと?」

「職業で言うなら酒場のマスターとか店員!」

「…………分かりません」

「いや分かるだろ! 職業は野球選手であって、ピッチャーではないと言っている!」

「ピッチャーでカクテルを作るバーテンダーなのに野球もできるの!?」

「誰か助けてくれ!」


 まるで会話にならん!


 今までの秋乃はこんな勘違いなんかしなかったのに。

 ここの所、妙なボケばかりかましてくるようになったな。


 まるで幼稚園の子供。

 今のこいつに汚職事件と聞かせたら。


 ぜったいお食事券と勘違いする。


「あ」


 そうかなるほど。

 逆に言えば、一般常識が身について来てる証拠か。


 飲み物を注ぐピッチャーを知っていないと、さっきみたいな勘違いもないわけだし。


 でもでも。

 と、いうことは。


「現在。まんま幼稚園児って訳か……」

「幼稚園児になりたいの!?」

「どうしてそうなる!?」

「じゃあバーテンダー」

「地獄の二択だ!」


 こんな大騒ぎも。

 いつものメンバーには慣れたもの。


 みんな大笑いするばかりで止めやしない。


 それどころか。


「秋乃ちゃん! そんなに保坂ちゃんをバーテンにしたいのん?」

「似あうかもって……、ね?」

「じゃあ試しにやらせてみよう」

「マスター、俺にも一杯」

「あっは! 僕にも頂戴!」

「じゃあ~、あちらの方に一杯さしあげてくれ~」

「パラガスには言われたくないのよん! でもあたしにも頂戴!」


 おいおい、お前らイチゴの値段知ってる?

 こんなの五杯も六杯も作った日にゃ大事なんだが。


「ええい、一杯ずつだぞ? あと秋乃は何してるんだよ」

「こ、こういうのは形から……」


 相変わらず、どこから資材を調達しているのやら。

 こいつは電動工具であっという間に全員分の机と椅子を足長にして。


「寄せるな一列に並べるな俺をカウンター向こうに押し込むな!」

「ほれ。早く飲み物出せ、マスター」

「そうだぞマスタ~」

「うわー! なんかそれっぽくなったね!」

「あっは! ひと芝居できそう!」

「……なあマスター。聞いてくれよ」

「いきなり場末のバーごっこ始めんな!」


 この、一瞬で最大風速に達するバカどものせいで。

 クラス全域が爆笑の渦だ。


 逃げ出したいが。

 壁とカウンターに囲まれて脱出不能。


「しょうがねえな。じゃあとっとと飲み干して解放してくれ」

「こういうのはちびちびやるのがいいんだぜ?」

「そうだマスタ~。俺の悩み、聞いてくれない~?」

「ふざけんな。……ほれ、全員分できたからすぐ飲め全部飲め」


 ほんの一分前には想像もしていなかった馬鹿げた事態。

 こいつらといると、こんなミラクルが日常茶飯事。


 でも。


 大学に進んで、もしも誰かに話したら。

 誰も信じちゃくれないだろうな。


「マスター! 俺の悩みきけ!」

「あっは! あたしも、この薄汚れた垢を落とさせてもらおうかな!」

「元気な客だな。お前らはまだ行ける」

「マスター。俺、東京に彼女がいるんだが、最近な……」

「そして対照的に重すぎるんだよ姫くん」

「あたしも……。最近、スカートにちょっぴりお肉が……」

「じゃあ飲むなそんな甘いもん!」


 四方八方から飛んでくるボケに。

 いちいち受け答えする俺に。


 秋乃は満足げに頷きながら拍手してやがるが。

 何度も言うけど、立ち仕事はやらないからな?


「あ。チャイム」

「今の本鈴だろ!? すぐ戻れ今戻れ!」

「でも、この机と椅子……」

「あとで舞浜に戻してもらえ! 急げお前ら!」


 そして、始業のチャイムと共に。

 『止まり木バー・突っ込みいらず』は惜しまれながらも閉店したんだが。



「……立っとれ」

「誰に言ってる?」

「貴様だ、保坂」

「もう立っとるがな」



 クラス中のみんなが肩を揺すって笑いをこらえる中。

 飄々とした顔で、背の高い椅子と机に腰かけるバカ五人。


 そんなバーカウンターと止まり木に使われた資材。

 つまり、バラバラに解体された机と椅子があったであろう場所を前に立ち尽くす俺に。


 先生は、仕方なしとばかりに手招きすると。

 そのまま教壇に立たせたのだった。


「……では、授業を始めます」

「立哉君の進路、先生!?」

「舞浜。立っとれ」


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