鵜飼開き


 ~ 五月十一日(水) 鵜飼開き ~

 ※前程万里ぜんていばんり

  前途に無限の可能性があること




「俺たちがなりたいもの~?」

「なんか、改めて聞かせろと言われると恥ずかしいんだが」

「そこを何とか」


 恥を忍んで。

 迷惑も顧みず。


 ご存知舞浜軍団の男子チーム。

 パラガスと甲斐に進路を訊ねた放課後の体育館。


 いつもの喫茶店を一年二年に任せて。

 体育館の隅の隅で密談中の俺たちだった。


「立哉~。お前、まだ進路決まってないのかよ~」

「お恥ずかしながら」

「舞浜があれだけ甲斐甲斐しく調べて歩いてるのにか?」

「面目ない」


 そう、普段の俺ならこんな相談はしやしない。


 自慢じゃないが。

 俺は安いプライドを大事にする人間だ。


 でも、せっかく昨日。

 舞浜姉妹に背中と尻を蹴とばされた勢いを無駄にはしたくない。


 三年生になって、部活中の休憩時間に都合がつくようになったこいつらに頭を下げて。


 身近で具体的な進路というものをまずは知ろう。

 そう思ったわけなんだが。


「……生姜焼き弁当」

「から揚げ弁当~」

「まあそうなるよな。ほれ、お茶付きだ」


 仲がいい男友達ほど。

 タダで厄介ごとを引き受けるような真似はしない。


 俺の予想通りの見返りを要求してきたお前らは。

 逆に信頼に値する。


「さて教えろ」

「まあ、まずは食ってからな」

「相変わらずうめえな~、立哉の料理~」


 とんだ出費だが。

 飯を食いながらの方が話しやすかろう。


 俺は頃合いを見計らって話を振った。


「で? 甲斐はやっぱりバスケ?」

「大学まではそのつもりだ。スポーツ推薦枠をなんとかもぎ取らねえと」

「なるほど。そして卒業後は?」

「目指せ公務員」

「がっちがちだな」


 実に甲斐らしい返事だけどさ。

 お前、勉強しないじゃん。


 公務員試験に受かるとは思えない。

 きっと就職先もバスケ推薦枠になるに違いない。


 ……でも、そうか。

 甲斐の進路希望を聞いたところで参考にもならんな。


 お前の進路は高校に入ってから考えたわけじゃなくて。

 ミニバス時代から決まっていたようだから。


 きっと、望みの公務員になったとしても。

 結局バスケは続けるんだろうし。


「じゃあパラガスはどうなんだよ」

「俺のはすげえぞ~? 小学生が一度は必ず夢に見る職業だから~」


 なんだそりゃ。

 誰もがなりたいと願う職業?


「まさかお前、総理大臣とか言い出すつもりじゃねえだろうな」

「そんなのじゃないよ~。当ててみな~?」

「じゃあスポーツ選手?」

「違う違う~」

「動画配信者」

「ハズレ~」

「消防士、お巡りさん、先生、ゲーム屋、ケーキ屋」

「全部ダメ~」


 ああむかつくなその『こんなのも分からないの?』って顔。


「もう面倒だから答え教えろよ」

「いいけど、もう一個弁当くれよ~」

「しょうがねえな、ほれ」

「やった~」

「で? 何の職業に就く気だよ」

「鵜飼い~」

「バカなの!?」


 しまった、もっと考えればよかった。

 史上最強のバカに弁当を二つタダで恵んだだけだこんなの。


 ただ、唯一褒めてやる点があるにはある。

 確かに小さい頃誰だってやってみたいって思うよな、あんな面白そうな仕事。


「どうやってなる気だ鵜飼いに!」

「知らね~。でも長良川近いし、就職試験とか無いだろうし。楽勝でしょ~」

「進路希望書にもそう書いたんだよな? 先生はなんて?」

「その夢を全力で応援してやるから、親父んとこの工場で何年か働いて仕事を全部覚えろって~」

「全力で阻止されてんじゃねえか!」


 ああバカバカしい。

 でも、こいつも就職先は確定しているって訳だ。


 俺は、進路を選んだ経緯とか葛藤とか。

 そういうのを聞きたかったんだけど。


「どっちも参考にならんな……」

「酷い言いようだな」

「真面目に答えてやってるのに~」

「パラガスのが真面目だったとしたらどうかしてる」

「だったら、もう一人この場にいるやつに聞けばいいじゃないか」

「そうだ~。進路希望書、どんな感じ~?」

「ひ、飛行機……」


 パラガスからの質問に。

 意外に思うかもしれないが大真面目に答えたこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「どういうこと~? キャビンアテンダント~?」

「いや、整備士とかパイロットとかじゃないのか?」

「そうじゃねえ。こいつ、紙飛行機にして屋上から飛ばしちまったんだよ」

「回収するの大変だった……」

「あははははははははははははははは!」

「ぎゃはははははははははははははは!」

「笑い事じゃねえ」


 なにが回収するの大変だった、だ。

 俺が木に登って制服破けて。


 繕ってもらうために、春姫ちゃんに頭下げる羽目になったんじゃないか。


「まあ、その時の貯金があるからな。お前の進路教えてもらえるか?」

「ハニートースト」

「すげえインフレだな。貯金の利息が追い付かなくて赤字になってるぞ?」

「じゃあ言わない」

「この場で準備できねえだろ」

「夕ご飯で」

「親父が絶句するだろうな……」


 今夜の保坂家のメニューを決定するとともに。

 お袋さんと春姫ちゃんにも連絡入れてるけど。


 まさかパーティーが開催されることになるとはね。


「面倒なことこの上ないが、やむなしだな」

「しめしめ」

「じゃあちゃんと教えてもらうぞ? お前の進路は?」


 さんざん進路で悩んできた秋乃だけど。

 ここのところ俺の世話ばっかり焼いてたこともあるし。


 いつのまにやら。

 進路が決まってたんだな。



 一体なにになりたいのか。 

 こいつが鞄から取り出してきたのは。

 


 紙飛行機の折り目がついた。

 白紙の進路希望書。



「…………どこにだって飛べる白い切符を手にした一人の少女に、あたしはなりたい」

「うはははははははははははは!!! まだ決まってないならハニトーは無しだ!」

「ううん? ちゃんとなりたいもの教えたし……。それに、今。行き先が決まった」

「え?」

「あたしがなりたいものは……」

「なりたいものは?」

「鵜飼い」

「うはははははははははははは!!!」



 やれやれ、結局。

 なんの参考にもならなかったな。


 しかも、秋乃の進路の心配もしなきゃいけないことが分かって。


 焦りが増した一日になっちまった。

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